聖女と女騎士、兵士を投降させる
「なんでしょう――?」
パウラが顔を上げ、今まで大騒ぎしていた兵士たちが沈黙した。
なんだか、とても不穏な大声だった気がする。
なんだか胸騒ぎがして、私は温泉玉子を籠に戻し、山道を駆け下りた。
「あっ! コノヨ様!?」
まだ整備が終わっていない道をしばらく降りると、森の切れ目、《不帰の森》に伸びる道の真上で、数人の兵士たちが固まっていた。
怒声はそこから聞こえていて、数人の男たちが地面に倒れ込んだり、跪いたりしている。
彼らに立ちはだかり、追い返そうと躍起になっているうちの一人は、私がよく知っているエルナディアの工兵隊の兵士だった。
私は彼の背後に駆け寄り、彼に言った。
「どうしたの?」
「あっ、聖女様! ちょうどよかった! こいつらがしつこくて……」
彼は顎をしゃくって示した先にいたのは、血と泥に塗れた鎧姿の男数人。
男たちは皆一様に地面にへたり込んでいる。
彼らの身につけている鎧にあしらわれた紋章に見覚えがあった。
この獅子をイメージしたと思われる意匠は――私たちを追放した王の玉座にあしらわれた意匠だった。
と、いうことは――。
私が彼らに視線を移すと、彼らは私にすがりつくように言った。
「あっ、あんたがここの指揮官か!?」
「え? ああ、まぁ――」
「お願いだ! 俺たちはエルナディアに投降する! 捕虜にしてくれ!」
男は懇願するように私に手を合わせた。
「もうまっぴらだ! 俺たちは部隊とはぐれて、何日も何日も森の中を――! あんな戦争、もうゴメンだ! 俺は生きて家族のいるウェインフォードに帰りてぇ! どっ、どうか、ここに投降させてくれ! 残飯でも何でもいい、なにか食料を――!」
男は涙さえ浮かべながら、地面に額をこすりつけるように頭を下げた。
その余りにも必死の形相に私が気圧されていると、パウラが私に追いついて言った。
「コノヨ様、この者らはウェインフォード側のはぐれ兵のようですね」
「どうしよう、パウラ。捕虜になりたいって言ってるけど……捕虜ってどうなってるの?」
「両国の交わした条約により、捕虜交換の日まで帝都へ連行・勾留されます。しかし、ここには営倉も牢もありません。追い返しましょうか?」
それとも――というように、パウラの右手が剣に伸びた。
その所作に不穏な殺気を感じ取って、私は慌てて止めた。
「だっ、ダメダメ! 殺しちゃ可哀想だよ!」
「ですが――」
「それに、投降するって言ってるんだから! 捕虜を殺したらパウラが犯罪者になっちゃうよ! それはダメ!」
私がきつく言い含めると、パウラが不承不承というように殺気を治めた。
うーん、と唸ってから、私は土下座する兵士の肩を叩いた。
「もういいよ、頭上げて。わかった、ここに投降していい」
男は震えながら顔を上げた。
煤と泥に塗れた顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、それになにか饐えたような匂いがした。
きっと何日も湯浴みなんかしていないのだろうし、澱のように溜まった疲労が目の下に色濃い隈を作っている。
私はパウラを振り返った。
「パウラ、この人たちの武装を解除したら、温泉に連れてってあげて。あと、なにか食料を。怪我をしてるなら手当もお願い」
そう言うと、パウラだけでなく、周りの工兵隊も驚いたようだった。
「彼らをオンセンに、ですか――?」
「そうそう。疲れてるみたいだし、手を貸してあげてね」
「しかし――よいのですかコノヨ様? 敵国の兵士を収容したとなると、アダム皇子がなんと仰るか」
「大丈夫、アダムならわかってくれるよ」
私は森の中をボロボロの有様で彷徨っていたアダムを思い浮かべながら言った。
あの時、アダムは足腰も立たないほどに疲労困憊し、飢えて瀕死の有様だったのだ。
今の彼らも似たようなものなのだから、きっと私のしたことをわかってくれるだろう。
「それに、温泉では敵も味方もない。みんな服を脱いだらみんな一緒、そうでしょ?」
そう、温泉では敵味方もないし身分の上下もない。
それこそが『裸の付き合い』というものだ。
私の言葉に、パウラがはっとした顔で私を見た。
一瞬だけ、真意を探るような目が私を見たが、それも少しのことだった。
次の瞬間には、パウラはキリッと顔を引き締め、ウェインフォードの兵士たちに朗々とした声で言った。
「ウェインフォードのはぐれ兵たちよ! エルナディアは貴様らの投降を了承する! ここにおわす《シジルの聖女》様の温情に感謝するのだな! よいか!」
「し、シジルの聖女……?」
わけがわからないというように顔を上げた兵士は、それでも安心したようにぎこちなく微笑んだ。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「入浴剤もねぇ風呂に入れるか!」
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