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聖女と召喚師、温泉玉子で幸せな気分になる

「それじゃあ行くね」




私はそう言って、縄をつけたザルを湯口に沈めた。

ザルの中に転がった玉子が4つ、ゴボゴボ……と小さなあぶくを立て始める。


「よし、これであとは数分待つだけ。簡単でしょ?」


そう言うと、ハイゼンが物珍しそうに湯口を覗き込んだ。


「なんと、オンセンで玉子を茹でるとは……なるほど、こういう使い方もあるのだな」


そう、私の思いついたもの、それは温泉玉子だった。

やがてここを埋め尽くすことになる傷病者たちの食料の問題もある。

きっと戦場であるから滋養のあるものなど食べていないに違いないが、その点玉子なら保存も効くし、なにより滋養がある。

これを上手く作ることができれば……それは療養食とは別に、この温泉地の名物にもなるはずだった。


ハイゼンは興味津々の顔で湯口に手を付け、熱さに驚いたりしている。

いかにも外国人、というような顔つきも含めて、もはや日本の観光に来た外国人にしか見えないのが可笑しかった。


「さ、あとは数分待つだけ。……そこにパンあるでしょ? 貸して」

「お、おう……これをどうするんだ?」

「こうするのよ」


私は脱衣籠を逆さまに置き、地面から湯気を噴き上げる湧出口に伏せるように置くと、その上にパンを置いた。

こうすれば温泉の蒸気でカチカチになっていたパンもふっくらと柔らかくなるはずだ。


「じ、蒸気で蒸しているのか……! なんという合理的な食べ方なのか!」

「凄いでしょ? 私の世界ではこの蒸気でお菓子を蒸かしたりするんだよ」


そう、温泉まんじゅう。

北国のとある温泉に行ったときに食べた温泉まんじゅうは、甘さの底に少しだけ硫黄の匂いがまじり、それはそれは食欲をそそるものだった。


数分後、私は籠の上からパンを取り上げた。


「あちち! ……よし、もういいかな」


そう言って持ち上げたパンは、熱い蒸気のお陰で思った通りフカフカになっていた。

いただきます、もそこそこに齧りつくと、思った通りの柔らかさになっていた。


「こ、これは美味い! 硬いライ麦パンがここまで柔らかくなるとは!」

「あはは、これは思った以上にいい出来だわ」


私がそう言うと、ニュン、と視界の端にステータスウインドウが現れた。




《スキル【温泉玉子マイスター】により、玉子が半熟状態になったのを検知しました》




なんて便利なスキル……私は己のスキルの奥深さに舌を巻いた。

温泉玉子なんて、ご家庭で作れば大失敗する料理の代表格だ。

ましてやそれが温泉となると、お湯加減も満足にできやしない。

でもこのスキルさえあれば、いつでもどこでも何度でも私は美味しい温泉玉子が食べられるのだ。


「さて、玉子の方もいいみたいね」


私はザルを上げ、アダムが持ってきてくれた器に玉子を割り落とした。

スキル【温泉玉子マイスター】のスキルのおかげで、玉子は黄身の部分がしっとりと固まり、白身はトロトロの、温泉玉子として完璧な状態になっていた。


ホカホカと湯気をあげる温泉玉子を見て、ハイゼンがごくりと喉を鳴らした。


「お、おおお……ゆで卵、ではないな! 白身がトロトロで黄身が固くなって……普通のゆで卵とは逆だ!」

「おっ、よく気づいたね。普通のゆで卵は白身が固くなって黄身が柔らかいけど、低温でじっくり加熱した温泉玉子はこうなるの。ひとつ食べれば七年寿命が伸びるって言い伝えもあるんだよ」


本当なら醤油が欲しいところだったが、この世界にあるのは魚醤だけらしい。

器に魚醤を垂らし、スプーンをつけてハイゼンに手渡した。


「ほら、食べてみ」


私が促すと、ハイゼンはおそるおそるというようにスプーンで黄身を割り、口に運んだ。

しばらく神妙な顔で温泉玉子を味わっていたハイゼンは、やがて、ほう、とため息をついた。


「美味い……とてつもなく、美味い……」


ハイゼンの顔が、まるで温泉玉子の黄身のように蕩けた。

私は抑えきれないおかしさに震えながら、自分も温泉玉子を口に運んだ。


「あぁ……おいしい……!」


このトロトロの白身と、ふくよかな黄身の甘み。

魚醤と言うからある程度の匂いは覚悟していたのだが、全く気にならない。

心が芯からあたたまるような味に、思わず顔がほころんだ。


「全く、お前には驚かされっぱなしだなコノヨ。たかが玉子ひとつでこんなに幸せな気持ちになるなんて俺は知らなかった……」


ハイゼンがしみじみと言った。

何故だか、その言葉が無性に嬉しかった。


温泉玉子の味がよかったから、ではない。

きっと私は、食べ物を食べる喜びを思い出したのだ。

自分のためだけに作り、自分の思う通りの味付けで、自分の思う通りの時間に食べる食事。

それがこんなにも美味しいものだとは――きっと何年も忘れていた。




その後、私たちは心ゆくまで温泉玉子を堪能した。




「面白そう!」

「続きが気になる!」

「温泉行きたい!」

「おい! 温泉玉子が固茹でになってんぞゴルァ!」


そう思って頂けましたら【★★★★★】で評価お願いします。

何卒よろしくお願い致します。



【追伸】

3/6ランキングで11位を頂きました!

なんとかの『転生したらスライムだった件』のひとつ下に当作品があります!

なんだか夢みたいです!

この調子でこの作品をよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 温泉卵まいすたー [一言] テラ羨ましい。いっそ妬ましいぐらぐらぐらー
[良い点] あの転スラが目の前とは!!こちらは略すとしたら風呂聖女になるのでしょうか…既にトップ10も目前ですね! 温泉玉子マイスタースキル、まさか玉子の半熟まで検知できるとは!!!これは便利すぎます…
[良い点] 出ました温泉玉子…!! これうまくいくと本当最高ですよね…魚醤でもおいしそう!!塩かけるだけでごちそう感ありますもんね…!! 次はどうなるのか楽しみです!
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