聖女と召喚師、追放される
30分ほどタコ殴りにすると、ようやく話ができそうな感じになってきた。
私は肩で息をしながら物置部屋の箱の上に腰掛け、尋問する口調で言った。
「それで……何よその《シジルの聖女》って? 私は一体何に巻き込まれたのよ?」
「あ、ああ、悪かった。説明させてもらう」
「説明させてもらう?」
「あ、いや……説明させていただきますッ!」
ハイゼンはそれからしどろもどろに説明した。
「《耳を澄ませ北の仔らよ、この大地怒り星乱れ水枯る時には、聖女一人来たりて汝らが傷を癒やさん》――」
なんだか、歌の一節のような言葉だった。
私は半目でハイゼンを睨みつけて言った。
「なによそれ? 聖女って何?」
「こ、この歌の一節が、《シジルの聖女》の伝説なんです」
それはこの国、いや、この異世界の大陸中に伝わる伝説。
戦争してる時には聖女が来て傷を癒す、という、古くからの言い伝え。
この国にはそんな都合のいい伝説が昔から伝わっているらしい。
今、この王国――ウェインフォード王国という国は、隣国である帝政エルナディアと戦争中であるそうだ。
すでに開戦から三年。
戦況は膠着していて、お互いに戦力の消耗は激しい。
「《シジルの聖女》を召喚できればこの戦争に勝てます!」
――そんなのっぴきならない状況下において、そう強固に主張した痴れ者がいたそうだ。
それがこの男、王宮召喚師の下っ端・ハイゼンだった。
この国において召喚師は重要な職業であり、魔物や貴重な異世界の物資を召喚できる召喚師は厳重に庇護されているという。
その王宮召喚師試験に史上最年少の二十三歳で合格した自称天才青年は、それから粘り強く王を説得した。
聖女伝説など最初から眉唾ものだと思っている王はなかなか首を縦に振らなかったそうだ。
だが、ハイゼンは諦めなかった。
《シジルの聖女》は決して御伽噺などではない。
彼女は我々と異なる世界に必ず実在する。
そして降臨した暁には、必ずや我が国に勝利と平和をもたらすでしょう――。
半年にも渡る情熱的な嘆願に心を動かされたのか。
それとも溺れる人間が藁を掴む心理に火をつけたのか。
王は遂に《シジルの聖女》召喚を許可した。
ハイゼンは嫌がる召喚士たちを説得し、実に一ヶ月かかって召喚の儀を行った。
そして――呼び出された私には聖女として肝心要の魔力がなかった、ということらしい。
「要するに、人違い召喚ってこと?」
「は、はい、コノヨさんには申し訳ないことなのですが……」
「アンタ、自分で史上最年少だとか天才とか言ってるけどかなりのポンコツね」
「否定のしようもございません……」
《シジルの聖女》召喚に付き合わされた召喚師たちは当然の如く怒りまくった。
聞くところによると、異世界からの人間の召喚にはとんでもない費用と魔力が必要であるらしい。
そのどちらをも無為に食い潰し、二十七歳のOLを召喚しただけに終わった召喚の儀は、当然それら資金を提供した王をも大変立腹させた。
とにかく、私は異世界の人間の勝手な思惑と都合により、この世界に召喚されたことになるらしい。
◆
明くる日。
私とハイゼンは王に呼び出され、犯罪者同然で王の御前に引き出された。
「魔力のない聖女のなり損ないをここに置いとくことは出来ん。悪いが、この国から出ていってくれ」
王様、とかいう偉そうなおっさんは、物凄く立派なヒゲを弄りながらめんどくさそうに言った。
予想していた言葉とは真逆の内容の言葉に、私は王の顔をまじまじと見てしまった。
「いや――ちょ、ちょっと待ってください。私は被害者、そうでしょう!? 元の世界に帰すなりなんなりしてください! 仕事が混んでるんです! それじゃあんまりにも無責任でしょ!」
「言葉を慎め、王の御前なるぞ。そなたには悪いが我が国は戦時中だ。それだけの人員も資金もそなた一人に費やすわけにはいかん。今はどうしようもできんのだ。理解してくれとは言わん」
王はそれから私をジロリと睨み、失笑した。
「それに、そなたは《シジルの聖女》であるのだろう? 元の世界に戻してほしかったらその力で人々を癒してみせよ。争いに勝利をもたらしてみせよ。その後ならば考えてやらんこともないぞ?」
――いや、人違いだって言ってるじゃん。
随分自分勝手な理屈にこめかみの血管が脈打った。
だが何か反論する前に、王は今度はハイゼンを睨みつけ、怒りを滲ませた声で言った。
「そしてハイゼン、貴様も追放だ。そもそも全ての発起人はお前だ。彼女を元の世界に帰すなりなんなりするがいい。だがそれには王宮はビタ一文出さんし責任も持たん。全ては貴様が責任を持て」
「えぇ……!?」
そう言われて、ハイゼンは真っ青な顔で俯いた。
「貴様は今日限りで王宮召喚師をクビだ、無能の給料泥棒め。即刻、この王都を出ていけ。――衛兵! この二人を東方の辺境へ追放せよ!」
気の毒なぐらい辛辣な言葉を次々に浴びせ、王はハエでも追い払うかのように手をひらひらと振った。
そして私とハイゼンは、図らずも運命共同体となり、追放された。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「やっぱり美肌のアルカリ性温泉!」
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