聖女と召喚師、皇子の決意に胸打たれる
アダムは真剣そのものの目で言った。
「私はこの国の皇子、アダム・エルナディアンです。私が真に国を導くべき血に連なる者であるなら、兵たちや民たちの苦しみの責任は全て皇族たる我が一家にあるはず、違いますか?」
一息に言ったアダムに、私はアダムの顔をまじまじと見つめてしまった。
アダムはそこで、少し悔しそうに視線を下に落とした。
「ですが今現在、隣国との戦況は拮抗しています。正直、私にはこの戦の行く末などどうでもいいことに思える。最初から何故始まったのかわからないような戦争です。私は――必ずしも我が国の勝利に拘泥してはおりません」
「殿下、それは――!」
「よい、パウラ。これは私の正真正銘の本音だ」
パウラ、と呼ばれたフルフェイスの兵士が驚くのを、アダムが止めた。
ヘルムに隠されて見えないが、その顔はきっと驚愕の表情を浮かべているだろう。
「このままこの戦いが長引けば、民たちの苦しみは更に増すでしょう。反面、我々皇族や貴族たちは、何の危機もない帝都でそれぞれの城に籠もり、苦労のない一日を過ごす。彼らは前線を知らなさすぎる。ただ価値のない勝利にこだわり、不要な流血を増やすばかり。そのしわ寄せは両国の民たちに行くというのに……」
アダムはぐっと歯を食いしばっった。
「私には――それが耐えきれませんでした。ですから、私は周囲の反対を押し切って前線に出ていたのです」
「アダム、お前……」
その激情に、ハイゼンが驚き入ったように言った。
責任感のある青年。
信じられないことだが――私にはそう見えた。
私のいた日本にはこういう大人はいなかった。
他人にツケを押し付けて当然の如く払わせる、そういう大人が私の社会にはたくさんいた。
私のいた会社や社会は、その縮図だった。
他人を蹴落とし、功績を奪い合って。
安全地帯に生き残るための椅子取りゲームの繰り返し。
奪う椅子は、必ず弱いもの、若いものの椅子から――。
椅子を奪われた人間はいつしか奪われることに慣れ、肩を竦めて収めてしまう。
椅子を奪う側の人間は、それを賢さ、強さだと言って己を肯定する。
私の生きてきた世界は、どう表現してもそんな世界だった。
そういうズルさを「賢さ」と呼ばず。
弱いものが奪われることを当然だと考えず。
自ら傷ついてみせるのが使命だと考えている人を――私は社会に出てから初めて見た気がしたのだった。
「アダム……」
私が言うと、アダムは「でも」と言って、私を見た。
「ですが土台、この戦争というものは我々の世界が勝手に始めたこと。異世界から召喚されたコノヨ様には全く関係ない話でもある。そのコノヨ様のお力に頼って戦争を終わらせようなどとは――少し私の考えが甘かったかも知れません。謝罪させてください」
アダムは済まなさそうな表情を浮かべて頭を下げた。
確かに、アダムの言う通り、私は異世界の人間だ。
この戦争がどんな理由で始まったのかも。
その戦争がどれほど酸鼻極まる地獄かも知らない。
けれど、曲がりなりにも私は聖女としてこの世界に召喚された存在だ。
このまま何もできない、二十七歳のアラサーオタOLで終わっていいのか?
世の中の苦しみや悲しみに責任を持たずに、温泉に浸かっていていいのだろうか。
三日前、私がユルルングルに襲われた時、私は心の底から後悔した。
何もなせない自分に、そして、ただのOLとして死んでゆく自分に。
私がもし聖女なら、やることがある。
人々を癒すという大いなる使命が。
私は相当無理をして、覚悟を決めた。
「わかった……ところでアダム」
私はアダムの顔を見て言った。
「あなたの気持ちはよくわかった。――ところで、戦争の最前線は確かここから更に東へ進んだ地帯よね?」
「えっ? ……ええ、そうですが」
「なら、ひとつ検討してほしい案があるんだけど」
アダムが不思議そうに私を見た。
「ここに、私は傷病兵たちの休養所を作る。あなたたちが傷病兵をここまで運んできてくれるなら――私が責任持ってその人たちを癒そうと思うんだけど、どう?」
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「やっぱりなんでんかんでん単純温泉ちゃう?」
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