聖女と召喚師、大蛇に遭遇する
しばらくザワザワと揺れた木立が、割れた。
そこで私は人生で初めて『戦慄』という感情を覚えた。
樹齢千年の巨木のような太さの胴回り。
漆黒でつやつやと黒光りする鱗。
まるでサーベルのような巨大で長い牙。
チロチロと塵を舐める、割れた舌。
蛇だ。
しかも、体長二十メートルは確実にある、超特大の――。
「ゆっ、ユルルングル……!?」
ハイゼンが叫んだのと同時に、私は高くて汚い悲鳴を上げた。
木吉小乃夜には、心の底から嫌いなものがある。
ひとつはイカの塩辛。
そしてふたつめが――蛇だった。
だから――この大蛇に出会った途端、私の全身の筋肉が硬直した。
「い、いかんコノヨ! 逃げるぞ!」
そう言って、ハイゼンが私の手を引いた。
私は――というと、もうダメだった。
蛇に睨まれたカエル、というのはこういう気持ちなのか。
このサイズの蛇を目の当たりにした途端、私の足は全力で生存を諦めていた。
もう一歩も動くことが出来ずに、私はハイゼンに手を引かれたまま、へなへなとその場にへたり込んだ。
「おっ、おい! 何してるんだ! ユルルングルは強力な魔物なんだ! 喰われるぞ!」
ハイゼンの怒鳴り声が、遠くに聞こえた。
強力な生物? そんなもんは見りゃわかる。
如何にも何人も喰い殺しています、というようなサイズだし。
なんだかちょうど人一人ぐらいを飲み込めそうな太さだし。
この蛇に巻きつかれたが最後、人間の形を保っていれるかも怪しいだろう。
「おいコノヨ! どうした! 立つんだ! おい、おいっ! 戻ってこいコノヨ!」
もう遅い。
私が蛇と出会った瞬間に、既に運命は決していたのだ。
動かない私を見て、ユルルングルがぐっと鎌首を縮めた。
ああ、これはテレビとかで見たことがある。
これは蛇が獲物を飲み込む前の挙動だ。
このまま私は頭からパクッといかれておしまいなのだ。
実にあっけない最期だと、自分でも思う。
何が癒やしの聖女だ。
何が温泉の湯守りだ。
私はこれで一貫の終わり。
私は、私という人間は、この世界でも何にもなれなかった。
木吉小乃夜という人間でしかなかった――。
そう思った途端だった。
ハイゼンが意を決したように手を挙げ、私の両頬を往復ビンタで思い切り張り飛ばした。
痛みに呻いた途端、両肩を掴んでガクガクと揺さぶられた。
「おいコノヨ! オンセンの聖女になるんじゃなかったのか! 戻ってこい! 俺には、俺には聖女が――お前が必要なんだよ!」
ハイゼンが青い顔で私を怒鳴りつけた。
必要。
その一言は、私の身体の中のある部分を確実に揺り動かした。
一足先にあの世に逝きかけていた意識が引き戻され、木吉小乃夜の身体に戻った。
はっ、と、私は我に返った。
「ハイゼン――?」
私が呆然と呟いた、その瞬間だった。
シャアアア! とユルルングルが凄まじい嘶きを発し、私たちに向かって飛びかかってきた。
裂けるように広がった桃色の口腔。
それを目に入れた途端、私は腹の底から拒絶の悲鳴を上げた。
「いぃぃぃ――――――――――――――やぁぁぁ――――――――――――――――っ!!」
瞬間、私は反射的にユルルングルの顎に向かい、渾身の力でハンドバッグを振り回した。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「加温濾過循環!? それがどうした!」
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