聖女と召喚師、危機に直面する
「うぁっぷ! クモの巣! クモの巣が顔に貼り付いた! 取ってくれコノヨ!」
「うるさいわねぇクモの巣ごときで。自分で取りなさいよ。アンタのその二本の腕は飾り?」
「俺の両腕にそんな下賤なことさせられるか! 俺の両手は知識労働するための腕なんだぞ!」
「一体どういう意識の高さで生きてんのよアンタ。――もう、服の袖でグリグリやれば取れるでしょうよ。子供じゃないんだから」
グチグチと愚痴りながら、私たちはどうにか道に降り、人里を目指して歩いていた。
人家を見つけたら、どうにか説得して必要物資を分けてもらい、可能なら脱衣所建設に必要な人員も提供してもらう。
その代わり、脱衣所建設に協力してくれた人は、あの温泉を無償提供するという交換条件付きで。
それが私とハイゼンの立てた計画だった。
当然、温泉のある場所は標高が高いから、そこまで物資を担ぎ上げるにも相当の負担がかかる。
一文無しの私たちには人を雇う余裕がないので、温泉の提供が唯一の交渉材料となる。
だが、そう上手く行くだろうか。
何しろ、この世界には温泉の概念が存在しないのである。
そんな世界で、ただ湯に浸かるだけで疲れが癒えるのだと信じてくれる人はいるだろうか。
それこそが私の懸念している難点だった。
「ああ、やっと取れた……しかしコノヨ、この道はどこに繋がってるんだ?」
「そんなのわかんないよ。でも道があるってことは人がいるってことでしょ。私もその程度しかわかんないよ」
「本当にお前、魔力が無いんだな……《シジルの聖女》なら強大な魔法を使役できると伝説にはあったんだが……」
「んなもんないない。私の世界には魔法なんて最初から存在しないんだもん。魔法? ナニソレ美味しいの? って感じよ」
そう、現代日本では魔法など存在しない。
まぁ、この世界の人間ならば魔法と見紛うだろう科学力や技術力は確かにあったかもしれないが、それは私が創り出したわけではない。
「だいたいね、アンタなんでそんな伝説上の聖女なんか召喚する気になったの? あの時、仲間の召喚師にも『あれは単なる御伽噺だ』って言われてたじゃない」
「そ、それは……」
私が何の気無しに訊ねると、急にハイゼンが口籠る気配を見せた。
ん? なんだろう、この反応は。
私はちょっと意外そうにハイゼンを見ると、ハイゼンは首を振った。
「それは……! この国が今戦争中だからだ! 聖女さえ現れれば戦争に勝てる! 召喚師として王のお役に立つにはそれしかないだろうが!」
「嘘ね、ウソウソ。真っ赤な嘘。アンタ顔に出るのよ」
私が即座に否定すると、ハイゼンが慌てたように言った。
「な、何が嘘だ! 俺の話のどこが……!」
「はいはい、テンプレートな誤魔化しご苦労様。訊くなってんなら最初からそういいなさいよ、訊かないから。第一アンタにそんな興味ないし」
「なっ……! 人を何だと思ってるんだ! 俺は何も嘘は……!」
と、その時だった。
ミシミシ……という音がして、私たちは同時に立ち止まった。
「えっ……?」
私は気配のする方を見た。
深い森の奥。
森がざわざわと揺れ、鳥がギャアギャアと不快な鳴き声を上げて飛び去ってゆく。
木がへし折れるような重苦しい音が響き渡り――何かがこっちに向かって近づいてくる気配がした。
「お、おいコノヨ……なにか来る、よな……?」
ハイゼンが不安そうに訊いてきた。
私もなんだか不吉な空気を感じ取り、森の奥を凝視し続けた。
気配が、どんどん近づいてきていた。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「鬼殺より草津!」
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