聖女と召喚師、湯守になることを決意する
一時間後、風呂から上がったアダムの顔にははちきれそうな生気が漲っていた。
「ありがとうございますコノヨ様、ハイゼン! なんだか異様に身体が軽いんです! まるで生まれ変わった気分だ!」
アダムはグイグイと身体を身体を捻りながら言った。
確かに、今のアダムはさっきとは違い、見た目通りの精悍な雰囲気になっていた。
「あはは、それはよかった。暇になったらまた浸かりに来るといいよ。オンセンは逃げないからね」
「それはありがとうございます!」
アダムは私の両手を取り、ぶんぶんと上下に振った。
「こんないい湯があるなら何があっても必ずまた来ます! 本当にお世話になりました! それじゃあ!」
そう言って、アダムは甲冑姿のまま、全力疾走で山を降りていった。
あの快調さなら本当に都まで走って帰るかもしれない。
いや――きっと走って帰るつもりなのだろう。
フンフンと機嫌よく鼻歌を歌いながら、アダムは森の奥へ消えた。
「あんなボロボロの有様でも癒せるんだな。本当にあの温泉の効能は本物だ。本当に、あの湯は《シジルの聖女》の恩寵かもしれんな……」
ハイゼンがぽつりと言い、私の胸の中にある思いが浮かんだ。
《シジルの聖女》――。
もしそんな伝説が実在するものならば。
否――私がもし人違いではなく、《シジルの聖女》なる聖女だったならば。
あんなふうに人を癒やし、勇気づけ、励ましたり出来たのだろうか。
やたら爽やかに去っていったアダムの背中を見ていると、ついそんな妄想が頭に膨らんだ。
その瞬間、私の頭に強烈なインスピレーションの火花が散った。
はっ、と私は虚空を見上げた。
「そうだ――!」
「ん? どうしたコノヨ、腹でも痛いのか?」
「ハイゼン、私ここで温泉の湯守やるよ!」
ハイゼンは珍妙な表情を浮かべて私を見た。
「はぁ――イモリ? お前、頭おかしくなったのか?」
湯守だよ湯守、と訂正しながら私は言った。
「湯守! 温泉を管理する人ね! ……アンタ、私が聖女じゃなかったから王都を追放されたのよね? 逆に言えば、私が本物の聖女だったら王都に帰れるんじゃないの?」
私が言うと、ハイゼンが珍妙な表情を浮かべた。
「ま、まぁ、そういうことになるかもしれんが、しかしお前には肝心の魔力が――」
「魔力がないならお風呂に入ればいいじゃない!」
私は大声で宣言した。
「私がここで湯守をやって、あの温泉にみんなを入れてやれば、それは《シジルの聖女》が魔力で人々を癒やしてるのと同じこと――そうでしょ?」
アアッ、こいつ全然理解してねぇ。
ハイゼンの緑色の瞳が東京と大阪を同時に見ている。
全く、こいつは頭がいいのか悪いのか、さっぱりわからないやつだ。
だが、数秒ごとに瞳は元の位置に戻り――。
そして、定位置に戻った翡翠色の瞳が最後に私の顔を真っ直ぐに見つめ――。
そして、その顔が希望に燃えた。
「そ、そうか――! この温泉には強い治癒効果や疲労回復効果がある! お前が聖女としての魔力なんか持っていなくても、俺たちにはこの湯があるんだな!」
私は《聖女の湯》を振り返った。
見たところ、この分だと湯量は申し分なさそうだ。
今だって勿体ないほどザブザブ溢れているのだから。
沸かし湯でも加温濾過循環でもない、源泉かけ流しである。
底石を移動すればかなりの広さまで湯船は拡張できそうだ。
ここに雨よけの東屋と脱衣所さえ建てれば――それもう立派な秘湯である。
社会人になってから一度も湧いたことがなかった『やる気』が漲ってきた。
私は獣の呼吸で鼻息荒く宣言した。
「うし、全集中でやったるぞ! 私は温泉の聖女になるんだ! ハイゼン、明日からよろしく!」
「おう! 王都に帰って俺たちを馬鹿にした奴らを見返してやろうではないか!」
私たちはガッチリと握手し合った。
こうして、私の華麗なる異世界聖女ライフが紅蓮の焔と共に幕を開けたのである。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「モール泉っていいよね!」
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