聖女と召喚師、騎士に温泉を教え込む
「な、なんだこれは……!? つ、疲れがお湯に溶けていくようだ……!」
「あははは! さっきの私たちと同じこと言ってる!」
鎧を脱ぎ捨て、全裸になったアダムは、肩まで温泉に浸かりながら蕩けた表情を浮かべた。
「こ、この温かさと心地よさ、そしてこのかぐわしい硫黄の香り……! た、ただの湯浴みなのに、何故こんなにも違いが……!」
「ただの湯浴みではない、オンセンだ」
アダムが言うと、ハイゼンが訂正した。
「ただ身体を洗い、温めるだけの湯浴みとは違う。オンセンには格別の癒やし、寛ぎの効果があるんだ。どうだ、経験したことがないほど格別だろう?」
おっ? と私はハイゼンを見た。
私の視線に気づいたハイゼンは、急に咳払いをして付け加えた。
「――まぁ、すべてこの年増女の受け売りだがな」
年増は余計だ、全くもう。
だがハイゼンは確実に温泉の魅力に目覚めたらしい。
口が悪いのは照れ隠しとして大目に見てやろう。
湯で顔をごしごしと洗いつつ、アダムが言った。
「あ、こ、コノヨ様! この泉は一体なんという名前なのですか!?」
「えっ、名前?」
アダムに澄んだ目で見られて、私は一瞬、言葉に詰まった。
さっき《絶対温感》で見た時には、ここは『名もなき野湯』とあった。
どうもここは未発見の湯であり、名前はついていないらしい。
ならば私が名付け親になってもいいのだろう。
私はしばらく考えて、適当なことを言った。
「そうねぇ……『聖女の湯』、かな?」
私が言うと、アダムが顔を輝かせた。
「聖女――ああ、伝説に名高い《シジルの聖女》ですね! まさにこの湯は聖女の恩寵としか思えない!」
アダムはますます顔を輝かせた。
「そしてコノヨ様、この泉をもたらしてくれたあなたこそ、まさに《シジルの聖女》に違いない! やった! 私は《不帰の森》で聖女に出会ったんだ!」
あ、それは人違いです。
慌てて訂正しようとしたが、ひゃっほう! と叫んで、アダムはドブンと頭から湯に潜った。
物凄い勢いで水が飛び散り、私たちはうわっとのけぞった。
「わっ! ……ちょ、アダム!? 何やってんの!?」
「私は片頭痛持ちなんです! 聖女様の湯なのですから頭から湯を被れば頭痛も治るに違いない! あ、そうだ! 持病の中耳炎や疲れ目もこの際に……あはははは!」
「お、おい! あんまり暴れるな! しぶきで濡れる! おい、聞いてるのかアダム!」
いや、これは確実に聞いていないだろう。
アダムは全身全霊で温泉を感じるかのように、暴れ、はしゃぎ、そして笑い声を上げた。
なんだかめちゃくちゃ楽しそうだな――。
いっそ羨ましいぐらい、アダムは温泉を堪能している。
それはまるでプール開きの日の子供に戻ったかのような、無邪気さの塊だった。
私とハイゼンはニヤニヤしながら、わぁわぁと大騒ぎするアダムを眺め続けた。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「硫黄の泥湯で全身保湿したい!」
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