聖女と召喚師、ボロボロの騎士を拾う
見ると、甲冑を着込んだ、私と同じか、私と同年代と見える男である。
男は随分ズタボロの有様で、息も絶え絶えの状態で足を引きずっている。
「えっ――? だっ、大丈夫? 随分ボロボロだけどどうしたの?」
私が言うと、男は大義そうに地面に腰を下ろした。
「すまない――もし食糧があるならわけてくれないだろうか。今は持ち合わせが無いが、礼は必ずするから……」
食糧。
私とハイゼンは顔を見合わせた。
「う、うーん……こんな果物でいいなら2、3個持ってるけど、それでいい?」
「あ、ああ、なんでもいい。とにかく分けてくれないか」
私はここに来るまでに拾った果物をハンドバッグから取り出した。
ショッキングピンクをした、なんだか人の顔に見えなくもない、気色の悪い果物。
その色と形から絶対躊躇するだろうと思ったのに、男は皮も剥かずに一息に食べてしまった。
よほど空腹であったと見えて、男は2つ目も一息に食べてしまった。
しばらくして、男はほう、とため息をついた。
「ああ、甘いな……」
まるで傷口に薬を塗ったような、安堵を滲ませた声だった。
男は果汁の一滴も無駄にすまいとするように、口の周りと指先とを丁寧に舐めた。
元が金髪碧眼の美男子であるために、その所作はなんだか酷く不似合いに見えて可笑しかった。
「おいお前、その肩の徽章……帝政エルナディアの騎士団だな?」
ハイゼンが冴えた観察力を発揮した。
確かに、男が着込んだ鎧の肩口に、青に白で染め抜かれた竜の紋章がある。
帝政エルナディア、とは、確かこの王国と戦争中の隣国であるはずだ。
「ああ、その通りだ。――どうだ、私をウェインフォード側に引き渡してみるか?」
「まさか。そんなことはしない。第一、我々は訳あってウェインフォード王家から追放処分に処された身だ。あの国にはもはやそんな義理はない。安心しろ」
ハイゼンがきっぱりと言うと、青年は安心したようにため息をついた。
「私は遥か西の最前線から退却してきた。部隊とはぐれて、二日ほど飲まず食わずで走りに走って――こんな深い森に辿り着いてしまったんだ。なんとか国境を越えて戻るつもりだったが――この通りだ」
「ああ――そりゃ大変だったわねぇ」
私は深く同情した。
私にとっては非日常の最たるものである「戦争」という単語がこんなにも身近なところは、やっぱり異世界だ。
「私は木吉小乃夜、こっちはハイゼン。どっちも追放者で――まぁそれはいいわね。あなたは?」
「私はアダム。悪いが――名前だけで勘弁してはくれるか。君たちを面倒に巻き込みたくない」
男は短くそう言って、首だけで私たちに礼をした。
「一飯の礼、かたじけない。君たちには後で何らかの形でお礼するよ。まずはエルナディアに帰らなくては……」
アダムはそう言って膝をつき、酷くゆっくり立ち上がった。
それはまるでギックリ腰の老人だった。
思わず私とハイゼンが支えに回ると、すまない、とアダムが苦しそうに言った。
いや、これではとても無理だ――。
しばらく支えてみても、アダムの足腰に力は戻らなかった。
そりゃそうだろう。今の今まで彼は戦場にいたのだし。
国へ帰る、と彼は主張するが、この足では絶対に無理だろう。
「お、おいアダム。いくらなんでもこれでは……」
「あ、ああ、そうだなすまない。どうにもこれでは都まで帰るのは無理そうだ。全く、困ったな……」
アダムは乾いた声で笑ったが、内心困っているのは表情を見ればわかる。
これではひとりで食糧も確保できないだろう。
かと言って、ここには怪我人を介抱するための設備も道具もない。
「困ったなぁ。せめて足腰だけでもしゃきっとすれば――」
そう言って、私とハイゼンははっと顔を見合わせた。
あるじゃないか、治療器具が。
温泉という、ここにこんこんと湧き出す名医が。
私とハイゼンが同時にアダムを見ると、アダムが戸惑ったように私たちを見た。
「ねぇあなた、もしよければ――温泉入ってかない?」
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「ケロリン桶は神の発明品!」
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