叫び声
「あ」
ゼロになったメーターを見て、おれは思わず声を上げた。
それと同じタイミングで、乗っていたバイクのエンジンが気の抜けた音を立てて停止する。
──参ったな
反応しなくなったタッチパネルに、自然とため息が落ちる。
油断した。いつもはこうならないよう燃料の残量には気を付けているのだけど、作業に集中するあまり確認の方が疎かになってしまっていた。
「昨日満タンにしといたはずなのに、いつの間に無くなったかなぁ?」
首を捻りつつ、予備のブースターを作動させる。
警戒アラートが作動しないあたり、故障による燃料漏れとかではなさそうだ。
いよいよバッテリーがダメになってきたのか、それとも安い燃料だと保ちが悪いのか。そもそもこのバイク自体が旧型の中でも一際古い機種だから、いい加減買い替え時なのかもしれない。
時折飛んでくる衛星を避けながら、着陸出来そうな場所を探す。
とにかく、どこかに留まりたい。
エンジンが止まってしまうと、まともに動くことが出来ないのだ。
ブースターだけでは向きを変えるのが精一杯だし、あくまで補助だからそれほど長くは使えない。それに、両手が塞がっている状態ではおちおち緊急信号も送れやしない。
不幸中の幸いといえば、無重力のお陰で動力無しでも前に進めていることくらいだろうか。一瞬このまま船のある場所まで戻ろうかとも考えたけど、すぐに頭の中で取り消した。ただでさえ操縦がきかないのに、障害物を避けながら移動するのはいくら何でも無茶が過ぎる。流石のおれも、そんな無謀な真似をする勇気はない。
出来るだけその場から離れないよう右へ左へ旋回しながら周囲を見回していると、すぐ側を無人の小惑星が通りかかった。
しめた。すかさず機体をそちらへ向ける。
噴射口の向きを調整しながらどうにかこうにか着地すると最大出力の逆噴射で素早くブレーキをかけ、さらに電磁波ロックで機体をその場に固定する。
全ての操作を終え、ふぅと詰めていた息を深く吐き出す。
緊張した。特にこれが初めてという訳ではないのだけど、予備ブースターでの着地は何度やっても未だに慣れない。こんなことを言うと[慣れるホド頻繁に使ってる方が可笑シイ!]なんて小言が飛んできそうだけど、緊急時の着陸についてはこの方法しか知らないのだから仕方がない。
──それで、今どこにいるんだっけ?
ようやく人心地付いたおれは、首元のボタンを押して周辺のマップを呼び出した。
表示された座標から現在位置を確認すると、それを元に緊急信号を送る。続けてメットに内蔵された通信機をオンにして船に回線を繋いだ。
[オイこら、ジル!! オマエ、一体ドコほっつき歩いてンダ!!!]
こちらが喋るより先に、合成音声の怒鳴り声が飛び出てきた。
相棒のユークだ、仕事に出掛けたきり通信を切っていたせいか酷く怒っている様子だった。
[船を出てカラ、ドンだけ経ったと思ってンダ? 毎分マデとは言わネーガ、心配するカラ途中で一本連絡ヨコセと何度言エバ……]
「あー、ユーク? 悪いんだけどさ」
[マダ話の途中ダ!!]
「ちょっと迎えに来てくんない?」
[迎エ?]
怪訝そうに聞き返してくるユーク、声の勢いが少しだけ弱くなる。
[何ヲ甘えたコト言ってンダ、わざわざオレを呼ばなくっタッテ自力で帰レルじゃネーカ。バイクはどうシタ、バイクは。アレに乗ればすぐダロ」
「燃料切れた」
[ハァァァァァァァァァ!!!?]
スピーカーの向こう側から、絶叫がこだまする。
あまりの大きさに音が割れ、メットの中でキーンとハウリングした。
[馬鹿ヤロウ!! 何でソウなる前に戻って来なかったンダ!!!]
「いやぁ、ちょっと足を伸ばしすぎてさ」
[コレで何度目だと思ってヤガル! 先月だって危うく遭難しかケタばかりじゃネーカ!!]
「あれは燃料が減りやすくなってるのに気付いてなかったからであって、別におれの不注意とかじゃなくて……」
[フツーなら、モット早くに気付くダロ!!!]
ぴしゃりと言われ、おれは慌てて口をつぐんだ。
[大体オマエ、オレと連絡ツカなかっタラどうやって帰ってクルつもりだったンダ?]
「えー? とりあえず緊急信号送って、近くの船に助けてもらうとか?」
[何呑気なコト言ってンダ、ソンなに都合良く助けが来る訳ねーダロ。ヨッポドなお人好しナラまだしも、フツーの連中がオマエラ相手にマトモな応対をシテくれる訳がナイ]
放たれたド正論に、ついそっぽを向く。
おれ達掃除屋は、他と比べて社会的地位が低い。ユークの言う通り、彼らに助けを求めたところで実際に手を貸してくれる可能性は低いだろう。
[オマエなぁ、今自分が置かれテル状況がどれだけヤベーか理解してるノカ? スグ近くにブラックホールがあるカモしれナイ、突然思わぬ方向カラ隕石群が飛んでくるカモしれナイ。ソレを予知して回避デキルのは、オマエしかいないんダゾ?]
「大丈夫、大丈夫。ぱっと見ブラックホールも隕石群もなさそうだし、今いる小惑星も大して速くはなさそうだから」
[ソモソモ、オマエは外宇宙の世界を舐め過ギダ。普段カラ注意と警戒は怠るなと、ボスからも口酸っぱく言わレテきたダローに]
「ごめんごめん、今度からは絶対気をつけるからさぁ」
[〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!]
声にならない叫び声。
代わりに盛大なため息が、メット内の空気を揺らす。
[ッタク、バカは死んでも治らネェってのは本当ダナ。デ、場所ハ?]
「“K”の3157、そっちからだと西南西の方角に15歩進んだ所だ」
[了解。トニカク、オレが来るマデ絶対動くんじゃネーゾ! 勝手にフラフラ動き回る迷子ほど迷惑なモンはネーからナ!!]
そう言い捨てられると、ブチッと通信が切れた。
船の操縦に集中し始めたらしい、この様子だと文字通り光の速さで飛んできそうだ。
「にしても、あんなにうるさく言わなくてもいいのになぁ」
説教から解放され、ずっしりとした疲労感が全身を襲う。
相変わらず、ユークは口煩い。昔から何かと小言の多いヤツではあったけど、親方から離れてからはそれがさらに酷くなってる気がする。
「あと、1時間くらいか……」
無事帰る算段がついたことで、ほっと安堵の声が溢れる。
途端暇になったおれは、おもむろにバイクから降りるとごろりと地面に寝転がった。ふと顔を上げると、そこに広がっていたのは限りなく深い闇と遠くで瞬く星の光。
「あぁ、今日も宇宙がキレイだなぁ」
なんてことはない、いつもと変わらない風景だ。
「1日100文字」を目標とした、作者のための持続力強化作品です。気が向いた時にでも覗いてみてください。