蛇足:これまでのおはなし_02
ラブコメだと言ったな?(言ってない)
あれは嘘だ(単にラブでコメを書く才能が無い※他の才能は有る。とは言っていない)
―― その日、その人と出会った ――
「そんな訳で、アンタ達には一緒に戦ってもらう事になったらしい。面倒掛けて申し訳無いが、よろしく頼む」
目の前で一人の男が頭を下げていた。『そんな訳』とは、先程の国王の話の事だろう。
頭を上げた男は、この国では珍しい黒髪黒目だった。
(ギルドマスターの話では、イセカイとやらから来た『勇者』だったかしら。イセカイなんて国は聞いたことがないけれど、黒髪や黒目は獣人国に多い色だったかしらね)
そう思いながら、眼前の男を観察する。
身長は私より多少高い程度、体格は普通の町人に見える。少なくとも兵士や冒険者として何か訓練を積んでいるようには見えない。
先程握手した感触では、武器など握った事の無いようだった。
(本当にこれが勇者なのかしら。その辺のゴブリンにも苦労しそうね)
初対面での感想はそんな感じ。
その後、他の二人とも挨拶を交わしながら軽い自己紹介をした後ソファーに腰掛ける。
彼がテーブルの上に置かれていたベルを鳴らすと、メイドが紅茶を持って来てくれた。
それを口にしながら、今後について話し合いを行う。
思っていた通り、彼には実戦の経験が無いという事だったので、まずは魔族に占拠された村のうち、王都に一番近い所に向かおうと言う事になる。
その道すがら、道中現れるであろう魔物を討伐する事で実戦の経験を積みたいとの事だった。
彼が駆け出し冒険者にありがちな、無謀な思考の持ち主で無くて良かったと軽く安堵し、彼の評価を一つ上げる事にする。
「ところで」
彼が改まった口調で問い掛けて来たのは、そんな時だった。
「アンタ達が全員未婚って話は聞いているが、婚約者や恋人、それに類する相手が居るのであれば、この場で言っておいて欲しい」
この男は何を言っているのだと思ったが、とりあえず自分にはそういった相手は居ない事を伝える。聖女と呼ばれていた子は、故郷に幼馴染の婚約者が居るらしい。
それを聞いた時、彼の目がほんの一瞬だけ細くなった気がした。
ちなみに、賢者は「そんなものには興味も無い」と眠そうな声で言っていた。
「何故そんな事を?」
あの表情と質問の意図が気になるので聞いてみる。
「申し訳ない事ではあるが、こっちの都合で長い事あちこち連れまわす事になりそうだからな。多少はお相手さんにも『致し方の無い事』と理解して貰うしかないが、必要以上に『色々』と心配かけるような不義理はしたくないんだよ」
そうバツが悪そうに語る彼に、不思議な事を気にする人間だと思った。
冒険者の間での男女のいざこざなんてものは日常茶飯事だ。誰それが別れたの乗り換えたのなんて話は、毎日それこそゴブリンのように沸いてくる。
そういった意味でも彼は冒険者らしくなかった。或いは、イセカイとかいう国の良い所の出なのかもしれない。
§
彼と初めて顔を合わせてから三日経ち、私達の出発する日がやって来た。
三日間の間に、旅の準備を整え、買い集めたものを収納袋に放り込んでいく。時間遅延が付与されているとはいえ、劣化しない訳では無いので、食料については保存がきくものが中心となる。
ちなみに、食料を含めこの旅に必要な物は全て経費という事でギルドが負担する事となっていた。
(報酬も破格と言ってよい額だったし、随分と気前の良いことね)
聞けば魔術院の方も同じような話らしく、随分とこの『勇者パーティー』とやらに期待が寄せられているようだった。
教会は無償らしいが、教会らしいと言えなくもない。まぁ、彼らの唱える『清貧』が、口先だけのものである事は周知の事実ではあるのだが。
それでも、「力ない人々を救う為に一命を捧げます」と鼻息を荒くしている彼女の様は、微笑ましいと言うか何と言うか……。
王家としては、出立の祭典とやらを開いて華々しく送り出したかったらしいが、彼が断固として断った為に騎士が数人見送りに来るだけの出立となった。
祭典とやらも見送りも、正直煩わしいだけなので、その判断には感謝しよう。
王女が彼の婚約者となったらしいが、大勢の護衛を引き連れる訳にも行かず、王城で挨拶を済ませて来たらしい。随分と淡白な事だと思う。
§
王都を出てからは徒歩での旅となる。
馬車を利用する事も考えたが、まずは彼が旅に慣れる事が先決との事だった。
彼も含めて、聖女も賢者も旅に慣れている様には見えないので、野営も含めて慣れてもらう事は多々あるだろう。
聖女辺りは一刻も早く村へ向かい、村を開放すべきだと鼻息を荒くしていたが、「お互いの力量も知らずに連携も定かでない状態で、無暗に突っ込んでいったところで失敗するだけだ」という勇者の言葉に渋々ながら従っていた。
街道を進む。
王都を出てから既に半日程度が経過しており、その姿は既に見えない。
途中で軽く小休止を取ってはいたが、ほぼ歩き詰めと言っても良いだろう。勇者は見た目とは違い存外体力があるようで、小休止の原因はほぼほぼ聖女の為だった。
賢者は歩き疲れたと言って、浮かせた杖に腰掛けてふわふわと付いて来ていた。
§
「止まれ」
先頭を歩いていた彼の言葉に全員が立ち止まる。
「ゴブリンが来る」
彼の言葉に索敵魔法を展開し周囲を窺う。少しすると、私の索敵魔法の効果範囲に魔物の反応が現れた。
特に魔法を使っていた様子はなかったけれど、私の索敵魔法よりも広い範囲で、しかも個体の識別まで可能な探知方法を有しているという事だろうか。
「ここは俺にやらせてくれないか」
収納袋から取り出したナイフを手に前へ出ようとした私を、彼が広げた手で制する。
「わかったわ。御手前拝見させて頂くわね」
私の言葉に、彼は苦笑いをしながら腰の剣を抜く。ゴブリン達の姿は、既に肉眼で識別できる所まで近付いていた。
「……これが勇者」
誰に言うでもなく呟く。
戦いは一瞬だった。彼が何らかの強化を発動したと思った瞬間、彼の姿は消え、ゴブリン達の前に現れていた。
そのまま振り下ろした剣はゴブリンの一匹を真っ二つにし、振り払った剣は、二匹の胴体を纏めて切り裂いていた。
剣を納めた勇者に歩み寄る。賢者は興味深げに目を細め、聖女は流石勇者様の力だと無邪気に喜んでいた。
そして私は……、
気になっていた。
彼の酷くちぐはぐな強さが。
そして、何事も無かったかのように振舞う彼の顔に、ほんの少しだけ浮かぶ、
何かに耐えているような、その表情が。
§
「何か聞きたい事があるんじゃないか?」
焚火を眺めていた彼が、私の顔を見ずに口にする。
日が暮れかけたところで野営の準備をし、火の番を決める事になった。
夜営になれている私と、前衛を担う彼が最初の番となり、その後は彼が一人。その後、一番危険とされる夜明けまでを私が一人で担当する三交代での番をする事となった。
彼が夜営に慣れたら、残る二人を合わせて二人ずつの二交代制に移行する予定だ。
「何かって?」
「聞いているのは俺の方なんだがな」
苦笑を浮かべた彼が顔を上げ、横目でこちらを見やる。
「さっきからずっと、何か言いたそうな顔をしてこっちを見ていたろ? 」
言われて気付く。どうやら私は、随分と長い時間彼の事を見詰めていたらしい。
「聞いても良いの?」
「聞くだけならタダだからな。回答できるかは内容次第だが」
視線を焚火へ戻し、茶化したように言葉を紡ぐ。知り合ってからまだ数日の彼は、こんな感じで万事人を食ったような態度を取る。今一つ掴み処が無い印象だ。
「昼間のゴブリンを倒した時の話だけれど……」
「ん? あぁ、剣聖様からみたら物足りないかも知れないが、俺も中々やるもんだろ?」
得意気な表情で私を見る彼だが、あの表情を見た後の私の目には、文字通り作っているように思えた。
「貴方の強さはとてもちぐはぐに見えるわ。身体能力だけなら、それこそ私や私の師匠よりも強いでしょうね」
一旦言葉を切って彼の反応を窺う。静かな目で焚火を眺める彼は言葉を発しない。続きを促されているものと解釈し、言葉を続ける。
「それなのに、剣を振るう技術はとても稚拙。刃も立っていないし、素人がただ力任せに振り回しただけの様。一体貴方は何者なのかしらね。そして……」
彼の表情に変化は無い。
「ゴブリンを倒した後に貴方が少しだけ見せた表情が気になるわ。まるで何かに耐えているかの様だった」
焚火にくべた枯れ枝がパチリと爆ぜる。
「流石は剣聖様と言うべきなのかな」
相変わらず視線は焚火を眺めたままだったが、その表情はまるで、悪戯を見つかった子供の様だった。
「上手く取り繕ったつもりだったんだけどな……」
そう呟いてから、彼は自身の事を語り始める。
そして私は知る。
彼の強さと、その脆さの理由を。
余談になるが、結局のところ、私達の旅において夜営の番は私と彼の二交代制となる。
交代の際の少しばかりの時間を彼と二人きりで過ごす事になるが、その際に交わされる会話を、多少なりとも楽しみにしている自分に気付き、
(私とした事が、珍しい事もあるものね)
そう述懐する事になるのはもう少し後のお話。
§
一つ目の村を解放し、私達の旅は続く。
旅と言っても、一区切りつけば休暇だと言って彼の転移魔法で王都まで一瞬で戻れる為、実質片道しか旅をしていない様なものだ。
クレアを故郷まで送迎する時もそれは変わらない。
彼女の婚約者とやらに配慮しているらしいのだけれど、そこまでしてやる義理はあるのだろうか。そう訊ねたところ、
「やるべき理由が有って、やれる手段が有るのならやっとくべきだと思うね」
との事だった。
その彼は相変わらず飄々としてる。
村を解放しても、砦を取り返しても、喜びに沸く周りを、どこか冷めた目で見ている様だ。
そして、相変わらず冒険者らしからぬ様相を見せる。
クレアの件もそうだが、ある時、宿に泊まろうとした際に個室が足りず、一人が雑魚寝となった時に、有無を言わせずさっさと雑魚寝部屋へ行ってしまった。
翌朝、その件について聞いてみた。私は別に雑魚寝でも構わないし、なんなら同じ部屋に泊まっても構わなかったのに、と。
「嫁入り前の娘を野郎共と雑魚寝なんてさせられるか、まして同衾など以ての外」
彼はそれだけ言うと、話は終わりと言った風に背を向けてしまった。
自分で言うのもなんだが、私達の見た目は整っている方だと思う。これまでも他の冒険者や街の男からはそういった目で見られてきたし、声もかけられてきた。
男なんてそんなものだと思っていたけれど、どうにも彼は違うらしい。
まぁ、クレアが訓練の為にメイスを振り回している時に、一緒に振り回されている胸を横目で眺めては、慌てて目線を戻すという場面を何度も見ているので、そう言った事に興味が無い訳では無さそうだが。
面白いと言えば、彼が戦闘後に拾った剣などの武器を、全力で収納空間に投げ込んでいるのを見た事が有る。
何をしているのか尋ねたら、試したい事が有るのだと言って、そのまま手伝わされた。
次の戦闘の時に、その時投げ込んだ武器の数々が、彼の収納空間から投げ込んだ勢いそのままに飛び出て来て敵軍に大損害を与えていたのには驚いた。
なんでも、彼の収納空間は収納した時の勢いをそのまま保持させておく事が出来るらしい。
ところで、収納空間から武器が飛び出る前に、彼が「げーとおぶ……」と呟いていたのは何か意味が有ったのだろうか。最後の方はよく聞き取れなかったが。
今までに会ったどんな男とも違う彼の言動は、それまで他者に興味の無かった私の好奇心を随分と刺激していたらしく、気が付けば彼の姿を目で追う事が増えていた。
休暇と称して王都へ戻った時に、暇潰しに顔を出したギルドでミリーにその事を話したら、奇襲を受けたゴブリンのような表情をして驚いていた。
§
私達の旅が始まってどれくらい経っただろうか。
彼と言えば、相も変わらず、宿屋に泊まる時は各自に個室か、最低限自分は別部屋となる様に手配をするのだった。
その頃の私は、なんとなくではあるが、彼の部屋の隣の部屋を利用する事が多くなっていた。
ある夜の事、突然隣の部屋から何かを叩きつけるような音が響いてきた。
基本的に、彼は部屋の中では静かに過ごす類の人間であったので、このような音を響かせる事は珍しく、私は何事か有ったのかと隣の部屋を訪ねる。
落ち着いて考えれば、規格外の強さを持つ彼が、例え魔族に奇襲されていたのだとしてもどうという事は無いのだが、その時は何か胸騒ぎの様なものが有って、とにかく彼の安否を確認しなければと言う思いが強かった。
「……これは……」
ノックも忘れて扉を開けてみれば、窓が割られたような様子も無く、何者かが侵入したという様な事は無さそうだった。
ただ、彼が『ゆのみ』と称していたカップと、中に入っていたのであろう液体が床を汚し、所有者たる彼は、怒りとも悲しみともつかない目をし、部屋に入って来た私に気付いた風も無く、ベッドに腰掛けていた。
どちらかと言うと、彼は周囲の気配に敏感な方だったと思う。その彼が、部屋に入られ、あまつさえ隣に立つ私に気付いてもいないとはどういうことなのか。
「何があったの……?」
そっと彼の肩に手をかけ、静かに声をかける。
次の瞬間、私の手は払いのけられ、見せた事も無いような鋭い目線が私を捕らえる。
だがそれも刹那の事、声をかけたのが私だと認識したのか、いつもの目に戻ると、気まずそうに目を逸らされた。
「すまん、急に声をかけられたモンだから慌てちまった」
「大きな物音がしたから気になって。それで? 何かあったのかしら?」
『急に』の部分を指摘したい気もするが、あまり建設的でもないと判断し、とりあえず状況の確認を優先させる。
「ん? あぁ、お茶を飲もうとしたら手を滑らせて零しちまってさ、熱かったモンだから慌ててそのまま引っ繰り返しちまった」
バツが悪そうに頭を掻きながら答える彼だが、私の目には、何かを誤魔化しているようにしか見えなかった。
「火傷していない? クレアを呼んできましょうか?」
「いや、大した事じゃない。わざわざ聖女様にご足労頂くような事でもないさ。こんな時間に騒いで悪かったな」
いつもの軽口。だが、その表情と声の中にある僅かな硬さを、私の目と耳は感じ取っていた。
「そう? なら私は戻るわね」
聞いたところで彼は答えてはくれないだろう。それが解っているので、彼の様子が気にはなるが、早々に退却する事にする。
とは言え、なんだか胸にもやもやしたものを感じながら、そっと閉じる扉の隙間から見えたのは、湯呑と魔道具の様な物を拾い上げる彼の姿だった。
夜が明けてみれば、彼は昨日の事など無かったかのように相変わらず飄々とした体で。
私達もやる事は変わらず、魔族と戦い、休暇と称しては王都へ戻る日々が続いた。
ただ、あの日からこちら、歓声をあげる人々を見る彼の目が、完全に冷めたものになっているのが気になった。
そして、そんな彼を見る時、決まって私の胸は、あの夜のようにもやもやとしたなにかを感じるようになっていた。
病でも抱えているのかと王都に戻った時に治療院に行ってみたが、極めて健康と言われただけだった。
その事をミリーに話してみたら、彼女は群れを殲滅され、一匹だけ残ったゴブリンの様な表情をしていた。
§
ある村を解放した後、いつもなら休暇だと言って王都へ戻るのが常であったが、その時は少し様子が違っていた。
集まった私たちを前に、二、三日パーティーを離れるので、戻るまでこの村で待っていて欲しいと、少しだけ硬い表情で彼が言い出したのだ。
別に王都に戻るのは義務ではないし、たまには良いのではと三人で了承し、彼の言う通り、その村で彼の帰りを待つことにする。
私は村の周辺で魔獣を狩っては村の人に分け与え、クレアは怪我人の治療や村の女衆の手伝いをして過ごし、オフィーリアと言えば、部屋に籠って書物に読み耽っていた。
そして約束の二日が過ぎても三日が過ぎても彼が戻る事は無かった。
彼の強さは三人とも知っているので、特に心配はしていなかった。きっと予定が長引いているのだろうと思って居たが、五日を過ぎても戻らず、そろそろ何事か有ったかと思い始めた六日目の深夜、宿の外に、彼の気配を感じた。
宿には入らずにいずこかへ離れていく彼の気配を追う為、皆を起こさないよう静かに宿を出る。彼の気配を追えば、どうやら村の外、木立を抜けた先にある湖へを向かっているようだった。
木立の陰から彼の姿を窺う。声をかけようと思って居たのだが、月明かりに照らされた彼の姿に、その纏う雰囲気に、何故だか声をかけるのが憚られた。
湖の辺に腰を下ろし、その水面に映る星を眺める彼の顔に表情は無く、ややあってその顔を、目線を上げる。
見上げれば満天の星、その星々の中に座する月へと手を伸ばす。何かを掴み取ろうとするように。
だが、その手は開かれたまま降ろされた。何かを掴もうとして、でもそれには手が届かない事を理解しているかのように。
「覗き見は良い趣味とは言えないな。何か言いたい事が有るんじゃないのか?」
小さく溜息を吐いた彼が、振り替える事無く声を発する。
その声に促され、木立を抜け彼の隣へと歩み寄り、その隣に腰を下ろす。
「なんだか今日は、随分と距離が近いな」
「……そうね」
言われて気付く彼との距離。
「貴方は何時も、私達と距離を置こうとしていたものね」
「『節度』と言って欲しいモンだな。『距離』って言われると、なんだか俺が拒絶しているように聞こえる」
いつもの屁理屈交じりの軽口。彼の視線は、水面に映る月を見続けていた。
「随分と時間がかかったのね。貴方が中々戻らないから、クレアなんてそろそろ貴方を探しに行った方が良いんじゃないかって爆発しそうだったわよ」
「そいつはすまない事をしたな。調べ物、いや、探し物か。そいつに思いの外時間がかかっちまってな」
「別に貴方が危険な目に遭うなんて心配はしていなかったけれど。それで、その探し物は見つかったの?」
「あぁ……いや、『見付からない事』がわかったってトコかな」
そう言った彼は軽く目を閉じ、再び目を開けると、視線の先の、水面に映る月に手を射伸ばす。
不意に、いつだったか彼が言っていた事を思い出す。
『見上げる月には、決して手が届かない』
そして、
『水面に映る月は、決して掴めない』
その二つに手を伸ばす彼の姿は何故か、ともすれば何処かへ消えてしまいそうに、酷く頼りなく見えた。
「……っ!」
そう思った時、何故か私は彼のその手に縋りついていた。水面を渡る風に曝されていたその腕は、酷く冷たく感じる。
「……どうした?」
珍しく驚いた顔をした彼が、伸ばした手を下ろし聞いてくるが、私の両腕は彼の腕に縋りついたままだ。
「ごめんなさい、なんだか貴方がどこかへ行ってしまいそうに見えたから……」
それだけだろうか? ただ彼が居なくなりそうだからと言う理由だけで私はこんな事をする人間だっただろうか。知り合った人間が突然居なくなるなんてよくある事だ。両親も、師匠も、冒険者になってから知り合った幾人かの人間も、理由はそれぞれだが、ある日突然居なくなった。
そんな事には慣れている筈だったのに……。
或いは、私は彼に居なくなって欲しくないのだろうか。現に、彼の腕に縋りついた私の腕は、未だ私の意思では解けずにいる。
「心配すんな。少なくとも、アンタ達に黙って居なくなったりはしねーよ。どう転ぶかわからんが、つけなきゃならんケリもあるしな」
そう言って私の腕を優しく解く。
その後私の頭の上にのせられたその手は、大きくて、私の腕から伝わった熱で、先程より温かいように感じた。
「そろそろ戻るか、付き合わせちまって悪かったな」
そう言って立ち上がると、彼は村の方へ歩いて行く。その後を追いながら、先程の自分の行為と、最後に感じた彼の手の温かさを思い出し、何故だか胸と、顔が温かくなるのを感じた。
その後も彼の顔を見る度に、その事を思い出し顔が温かくなる事が度々あった。
いよいよ何かの呪いかとクレアに調べてもらったが、特に呪いや状態異常になっているという事は無いそうだ。
ミリーにその事を話すと、あの夜の出来事を聞いた彼女は、喉笛にナイフを突き立てられ、一撃で絶命したゴブリンの様な顔をしていた。
ミリーによる『教育』を受けて、私がその感情に名前を付けられるようになるのと、その気持ちに『落ちる』という表現が使われる事に得心がいくのは、もう少しだけ先のお話。
―― そして、運命の日が訪れる ――
申し訳ありません。
これが精一杯でした……。
◆このお話を読んで頂いた方にお願いです。
・ハードルを上げるのは御遠慮ください。ファルシのルシがコクーンでパージしてしまします。
・作者の事を叩くのは構いませんが、作中の登場人物に罪は有りません。
◆今後の希望
・異世界じゃなくても良いけど、転生したらラブでコメな話を書けるスキルを貰いたい。
・転生するなら、ノクターンの逆転世界系のところに行きたい(出来れば現代が良い)




