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7/13

Ex:あの日のお話

書きあがったのでこっそり投稿。

ちょっと長くなりましたが、分割しないで行きます。


王国側のお話ですので、蛇足と思われる方はブラウザバックをお願いします。


※誤字報告いつも助かっております。有難う御座います。

 ――どうしてこうなった――

 

 古くに王国より爵位を賜り、今は王国随一の侯爵家。

 その当主である男は、自分の執務室で頭を抱えていた。

 

 今さっき目を通した報告書によれば、()()()が言った通り、西の国境で展開している戦線が限界を迎えつつあり、早急な援軍を乞うとの事だった。


「西の国境への援軍はどうなっている!? 騎士団はまだ動けんのか!」

 机の前に立つ男に怒鳴り散らすが、怒鳴られた男は彼が何に慌てているのか理解できていない様子であった。

「父上、何をそんなに慌てているのですか。援軍なら別の戦線から適当に送ってやれば良いでは無いですか」

 その言葉に彼は再び頭を抱える。自分の息子がこれ程無能だとは思わなかったと。


「第一、我が栄光の騎士団は王国の栄誉を民に知らしめる為に存在しているのですよ? 戦などと言うものは平民共にやらせておけば良いでは無いですか」

 父親の苦悩も知らず、愚かな息子は胸を張って答える。

「お前は何を言っている! 他の戦線から兵を動かすだと? そんな事は出来ないという事も理解していないのか!」

「何故です? 兵が足りぬなら他の前線から送る。今までもそうして来たでは無いですか」

 状況分析も展望も無い、ただ今までと同じ事をしていれば良いという浅はかな考えから生み出される言葉の数々。それは、父親をして息子を無能と断ずるに足るものであった。


「今はどの戦線も維持するだけで精一杯だ。そこから兵を動かせば戦線は抜かれる。退けば後ろから討たれる。故に今の配置から兵を動かすわけにはいかん」

 無能な息子にも理解出来るように、要点のみを一から説明してやる。本来であれば、騎士団長である息子が率先して国の防衛に当たらねばならないというのに、一体どこで育て方を間違えた……。


「何が栄光の騎士団だ! 着ている鎧だけ立派な案山子の群れ、ゴブリン一匹切った事も無い無駄飯食らいの寄せ集めでは無いか!」

「いくら父上でもそれは無礼ではありませんか!? 我が騎士団を案山子などと――」

「黙れ! 良いか、これは命令だ。今直ぐ騎士団を西の国境に派遣し、国境の防衛に当たらせろ。お前達のやっている事がおままごとで無いと言うのなら、実績を以て証明してみせろ! 良いな!」

 手にしていた報告書を投げ付け、有無を言わさず命令する。


 不満気な顔をした息子が退出していった扉を、少しの間睨み付けていた彼は、ややあって椅子に深く凭れると天を仰ぐ。

「どうしてこうなった……」

 何度目かも知れない呟き。

 

 元々は、どちらが原因なのかも分からない国境の小競り合いだった。

 だが、そこから欲をかいた。

 これを口実にすれば、後ろ指を指される事無く戦端を開ける。

 後は国境から兵を押上げ、実力で国境線を書き換えてしまえば良い。魔都を落とす事は出来なくとも、魔族の領地をいくらか奪う事は出来るだろう。

 新たに得た領地を我が侯爵家の物と出来れば、更なる栄達を手にする事が出来る。

 

 そう考えて動いた。

 只の小競り合いを魔族の侵攻のように吹聴し、それを食い止めたのは侯爵家の功績だと言い含め、魔族の暴挙を許すなと声高に主張し、奪った領土の大半が侯爵家の物となる様に裏で画策した。

 上手くいくと信じていた。

 期待に胸を膨らませ、訪れる将来を疑いもしなかった。

 

 しかし、現実は期待を裏切った。

 戦線は膠着し、領土を切り取るどころか、逆に僅かずつ押され始めた。

 幾つかの砦が奪われ、国境に近い所では、占領される村なども出始めた。

 

 そこで思い付く。

 王家に伝わるという『勇者召喚』を。

 異世界より強大な力を持った勇者を召喚するという儀式。

 勇者の力が有れば、この戦況をひっくり返す事が出来る。

 それどころか、その力で魔都を陥落させる事すら可能ではないか。

 

 王に進言し、勇者召喚は成る。

 異世界から召喚した勇者の力は、伝え聞いた通り強大だった。

 たった一人で占領されていた村を、奪われた砦を取り返した。

 押されていた戦線を押上げ、王国の地図を元の姿に戻した。

 その勢いのまま魔国へ侵攻し、魔王を討伐して魔国を王国の物とする事も出来ると喜んだその矢先に……。

 

(あの馬鹿息子が……)

 

 有ろう事か、彼の息子が勇者の婚約者とされていた王女に手を出した。

 気付いた時には手遅れだった、すでに二人は情を交わし、それに燃え上がっている最中だった。

 だが、手を拱いて見ている訳にはいかぬ。勇者の不興を買えば、折角元に戻った地図がまた削られる事に成りかねん。

 

 金、地位、名誉、女、何でも良い、あの男の機嫌を取れるなら。

 この戦が終わるまで機嫌が取れれば、こちらは王族と上級貴族だ、後はどうにでも出来る。

 

 そう考えていた。

 

 だが、あの男は彼らが提示した物になんら興味を示さなかった。いや、提示する前に断られたのだ。

 勇者と言う存在を甘く見ていた。彼らの考えなど、文字通り全て聞かれていたのだ。

 

 結果、あの男は姿を消し、戦線の破綻は目前に迫っている。

 魔族の領土を奪うつもりが、逆に王国の領土を奪われ、場合によっては王都すら危険に晒す事になりかねない。

 

「どうしてこうなった……」

 

 頭を抱える彼は気付かない。

 

 子は親を映す鏡と言う事を。

 

 彼の息子は愚かだが、その親である彼も、また愚かであるという事を。

 

 

 

 そして彼はまだ知らない。

 

 西の戦線が既に抜かれ、そこから魔族の軍勢が王都に向けて進軍している事を伝える早馬が、今まさに王都に到着しようとしているという事を。

 

 

 §

 

 ――なぜこんなことをしている――

 

 暗い箱の中で彼は震えていた。


(何故私がこんな事をしていなくてはならない!)

 その顔は屈辱に歪み、上った血で顔は真っ赤であったが、辛うじて息は潜めていた。

 

 ほんの数日前まで、彼はこの国の騎士団長として栄華に彩られていた筈だ。

 煌びやかな衣装に鎧を身に着け、この国の騎士を纏め上げ、誰からも敬われ、将来を約束された高貴な存在。

 それが彼の姿だった筈だ。

 それなのに何故か、今はこんな汚らしい箱の中に隠れている。

 

(あの時か!)

 

 ()()()が彼と彼女の情事を邪魔したあの夜。あの時から何もかもが狂い始めた。

 そう思い至る。

 

 元々、彼と彼女は幼馴染と言う間柄だった。

 歳も近く、彼女は王女、彼は侯爵家の嫡男という立場でパーティーの席上でも近くに居る事が多かった。

 絵物語に憧れた彼女と結婚の約束をした事も、美しい思い出として覚えている。

 

 彼が親の伝手で騎士団を任された頃には、彼女には王女としての公務があり一緒に居られる事は無くなっていた。彼自身、騎士団長としての重要な(と、本人は思って居る)役目を担っていた。

 それでも、彼は侯爵家の長男で騎士団長。王女の伴侶に最も相応しく、いずれ彼女は自分の元に嫁ぐ事になるのだと、いずれは王配として、彼女と共にこの国を治めて行くのだと、疑う事も無く信じていた。

 

(それをあの男が!)

 

 ある日、異世界から召喚されたという男が現れた。

 その男は勇者と呼ばれ、魔王を討伐するという使命を与えられた、そこまでは良い。この国に呼ばれたのだから、精々この国の役に立てば良い。

 だが、その恩賞として示されたのは、よりによって王女との婚約だった。

 

(彼女は私の()()だぞ!)

 

 聞けばその男は、この世界では勇者だが、異世界ではただの平民だったと言うではないか。

 王命とは言え、平民風情が高貴なる自分のモノを与えられるなど納得できるはずも無い。いや、許される筈が無い。

 

(だから取り返したのだ!)

 

 そう、手を出したのでも、奪ったのでもない。取り返したのだ。()()()()()を取り返して何が悪い。

 

(それなのに)

 

 あの男から受けた屈辱を思い出し歯軋りをする。

 そしてあの男が姿を消した後、彼の人生は転落の一途を辿る。

 

 西の戦線が危険と言うので、他の戦線から兵を送れば良いと進言すれば、まるで無能者のように罵倒され、騎士団を派遣するよう命令された。

 冗談では無い。兵が足らないのなら、その辺の平民に武器を与えて戦線に送ってやれば良いではないか、魔族との戦などと言う下賤な事は、平民にやらせておけば良いのだ。

 そう思っていたが、流石に侯爵直々の命令となれば従わない訳にもいかず、騎士団三千人のうち、王城を王都の守備を担う第一、第二騎士団千人を残し、残り二千人を出撃させた。

 出撃に際し、出撃の祭典を開いて華々しく送り出してやろうとしたが、そんな時間も余裕もないと、またもや叱責された。

 

 ともあれ、騎士団を二千人も派遣したのだ。魔族などと言う卑しい輩に、我ら高貴なる貴族の相手が務まるはずも無い、戦線など容易く押し返せるに決まっている。

 なんなら、その勢いのまま魔都を陥落させてしまっても良いかも知れぬ。その時は、私があの男に代わって陣頭で指揮をとってやろうではないか。

 

 そんな彼の妄想こそが容易く打ち砕かれる。

 騎士団が出立したその時、既に西の戦線は崩壊し、魔族の軍は国境を越えていた。

 索敵もせず、陣形も組まずにただ歩く騎士団に、魔族の軍が襲い掛かる。

 

 それは一方的な蹂躙だった。

 

 剣を構える事も出来ずに槍に貫かれた者が居る。

 振り回す事しか出来ない剣を頭蓋ごと戦槌で砕かれた者が居る。

 逃げ惑うその背中を、剣で切り捨てられた者が居る。

 ただへたり込み、成す術も無く魔術で燃やされた者も居た。

 

 凡そ戦いとは言えない惨劇が過ぎれば、そこには命有る人間は存在して居なかった。

 貴族の子弟と言うだけで根拠の無い自信に満ち溢れていた集団は、その実、魔族に一人の死者を出す事も出来ずに壊滅していた。

 

 そして、魔族の軍勢が王都へと襲い掛かる。

 城門を閉ざし、残り千人の騎士団を擁して守備に当たったが、空を飛び侵入してきた魔族に腰を抜かし、止める事も出来ずに王都の門は開かれた。

 王城の門を守る騎士は、流石に腰を抜かしたりはしなかったが、魔族相手に容易く命を散らし、城門が開かれるまでの時間を僅かに先送りしたに過ぎなかった。

 

 息を切らせた騎士から、城門が開かれた事、魔族が侵入して来た事を聞いた時、彼は全てを捨てて逃げ出した。

 あの男の代わりに、国も王女も守ると言う、自身の言葉に背いて。

 

(あんなものベッドの上の睦言に過ぎない、本気にする方がどうかしてる!)

 

 城門から逃げ出す事も出来ず彷徨った城の片隅、召使達が暮らしていた部屋の、薄汚い道具箱の中に身を隠す。

 何やら埃臭いと漸く闇になれた目で見てみれば、箒だの雑巾だのが同居していた。

 

(このような屈辱を味わわせた事を後悔させてやるからな!)

 

 彼は考えていた。

 この窮地を脱した後、王国の戦力を集結し、王城に土足で上がり込んだ魔族を一掃し王城を取り返す事を。

 その後は、王国の領土に蔓延る魔族を討伐し、自分の国を取り戻すのだと。

 自分が声をかけてやれば兵など幾らでも集める事が出来る。

 そして自分は、王国を救った英雄。いや、新たな王国を築いた偉大な王として、歴史に燦然とその名を残すのだ。

 傍らで聞いていれば、狂人の妄執、愚者の妄想にしか聞こえないそれを、彼自身は約束された未来だと確信していた。

 

(その為にも、今はここを――)

 

 不意に部屋の扉が開かれる音がして身を固める。

 

「誰もいなぁい。あ、椅子が有るよ。ちょっと休んでいこうよ」

「全く、まだ取り逃がした人間共の捜索は終わっていないのだぞ」

「わかってるよー。少しだけ、少しだけだからさー。全く真面目なんだからー」

 

 そのまま室内へと入って来る足音。

 会話の内容から、人間の取り逃がしが居ないか捜索してるらしい。

 

(ふざけるな! なんでこんな処に! 仕事中だと言うならとっとと別の場所へ行け!)

 

 息をひそめながら心の中で毒づく。

 

「どっこいしょっと。でもさぁ、勇者だっけ? あれが居なくなったら人間なんてあっけなかったねぇ」

「そうだな。アレが居たのでは我々の損害も馬鹿に出来なかったからな」

「とは言ってもさぁ、勇者が倒してたのも第七と第八の使役してた連中ばっかでしょ」

「まぁ、実質魔族には被害は出ていないな」

 

(なんだと!?)

 

 あの無能者め! 散々戦果を誇っておきながら、その実なんの役にも立っていなかったという事か!

 

「あとさぁ、ここに来る前に潰してきた人間の集団居たじゃない。あれなんだったのかなぁ」

「さぁな。自分の事を騎士だと言っている者も居た気もするが、実際には泣き喚いて逃げ回るだけの集団だったからな」

 

(逃げ回って居ただけだと?)

 

 情けない。栄光ある騎士団が敵を前にして無様な姿を晒すとは。

 自分ならそんな事にはならない。華麗に敵を屠っていたのにと彼は思う。

 今の自分の姿を顧みる事無く。

 

「あれが騎士ぃ? ウチの連中だったらあんな無様は晒さないでしょぉ 第七に使役されてるゴブリン程度だったら知らないけど」

「そうだな。着ている物は立派だったがあの様ではな。逃げないだけ案山子の方が役に立つかもしれん」

「言えてる言えてるぅ。まぁ、部下があんなのじゃ、逃げ回ってるこの国の騎士団長ってのもたかが知れてるねぇ」

「そうだな」

 

(私を侮辱するのか!)

 

 逃げ回っているのではない、捲土重来を期すため、今は身を窶しているだけだ。

 今に見ていろ。私が正当な権力を取り戻したら、お前ら全員に思い知らせてやる!

 と、暗い箱の中で声を上げずに気勢を上げる。

 

 この魔族も!

 あの無能な男も!

 無様を晒したかつての部下達も!

 あれ以来、私の誘いを断り続けたあの女も!

 

 暗い箱の中、思い通りの未来に思いを馳せる。

 

「そう言えばぁ、王国攻略には第八は呼ばれなかったんだね」

「仕方あるまい。無用の殺生や強奪は御法度とのお達しだからな。第八の使役する魔物では歯止めが利かん事もあるだろうさ」

「あ~。王都の冒険者ギルド? と、なんとかって宿屋は特に厳命されてたねぇ。なんでだろ?」

「さぁな。魔王様にも何か事情があるのかもしれん。が、余計な詮索はしない方が良いと思うぞ?」

「そうだねぇ、魔王様いつもは優しいけど、怒ると怖いもんねぇ」

「そう言う事だ。さて、休憩はもう良いだろう。そろそろ仕事に戻るぞ」

「そだね~」

 

 声に続き椅子から立ち上がる音。

 そして出口へと去っていく気配。

 

(やり過ごしたか……)

 

 箱の中で安堵に包まれる。が、

 

「ところでさぁ」

 

 部屋から出て行こうとした足音が止まる。

 

「さっきから人間の男の匂いがするんだよねぇ」

 

(なっ!?)

 

 身が固まり呼吸が止まる。

 

「なんだ相変わらず男には鼻が利くんだな」

「えぇ~。言い方酷くない?」

 

 そんな軽口が聞こえるが、彼の耳にそれが聞こえていたかどうか。

 

 

(まさかまさかまさかまさかまさかまさ――)

 

 

 

 遠ざかった筈の足音が近付いてくる。

 

 

 

(来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来る――)

 

 

 

「この辺に隠れてるんじゃないかなぁって」

 

 

 

 

(やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろや――)

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ぃ~つけた♪」

 

 §

 

 ――どこで間違えたのでしょう――

 

 自室の窓辺に腰を掛け、彼女は今日も自問する。

 

(どこで間違えたのでしょう)

 

 決まっている。彼を裏切った時だ。

 

(どうして間違えてしまったのでしょう)

 

 わかっている。自分が愚かだったからだ。

 

 

 

 王城が陥落してから一夜が明けた。

 あの時、城へ突入して来た魔族達に、王女を含む王侯貴族達は成す術も無く捕らえられた。

 一旦は自室に軟禁と言う事になっているが、それも長い事はあるまい。

 滅んだ王国の残滓など、早めに拭い去ってしまうに越したことは無いからだ。

 今日か明日か、遅くとも五日を超える事無く処刑台へと送られる事になるだろう。

 

(寂しかったなどと、どの口が言うのでしょうね)

 

 彼女の過ちを知られた時、彼に向かって放った言葉。

 今にして思えば、錯乱していたとは言え、愚かしいと言うしかない。

 会えなかったのはお互い様だ、彼も遊びで城を空けていた訳では無い。

 なにより、

 

(この様な事にならない為に戦われていたというのに。それに)

 

 知られたのはあの時では無い。もっとずっと前から、彼は彼女の過ちを知っていた。

 

(それなのに、あの時まで約束を守り続けていてくださったのですね)

 

 思えば、あの男と情を交わしてしまった後に会った時、いつもと様子が違ったようにも見えた。

 あの時既に、何かを感じ取っていたのかも知れない。

 

(名前を呼ばれなくなったのもあの頃からでしたか……)

 

 お互い名前で呼び合っていた筈なのに、気が付けば彼からは再び『王女殿下』と呼ばれるようになっていた。

 

(何かに気付いているという、あの方からの合図だったのかもしれませんね)

 

 気付いていた。気付いてはいたが、それを確認する事を無意識に恐れたのだろう。

 道ならぬ恋とやらに浮かされていた彼女は、それを尋ねる事をしなかった。

 そうして彼女自身を、彼を誤魔化し続け、問題を先送りにしている間に、取り返しのつかない所を通り過ぎてしまった。

 

(名を呼ぶ価値も無いと思われていたのかもしれませんね)

 

 彼を最後に見たあの日、彼女の名を呼ぶ事無くかけられた言葉に、あの男との間を祝福されたと勘違いして無邪気に、そして愚かに喜んだ。

 次の瞬間には絶望で顔を青くする事になったが。

 

(普段は不器用なくせに、ああいう時は器用だったのですね)

 

 聞けば、彼は元の世界では平民であったという。

 それ故か、貴族らしい洗練された立ち居振る舞いなどとは無縁の様であった。

 彼女と会う時はそれなりに頑張っていたようだが、それでも不作法さを隠す事は出来なかった。

 

(それでも、あの方の優しさは感じる事が出来ていたのですが)

 

 突然この世界に連れて来られ、頼る事の出来る人も居ず、命懸けの戦いを強いられる日々の中、それでも彼女に会う時の彼は、そんな素振りも見せなかった。

 いや、見せないようにしていた。

 

 高価な贈り物など望むべくも無かった。

 それでも、

 迷宮に咲いていたという希少な花を贈られ、その可憐さに目を奪われる事が。

 旅の途中で買ったという珍しい食べ物を、二人でこっそりと、時に行儀悪く(かぶ)り付き、時にその味に目を白黒させる事が。

 何より、彼の旅の話を聞いて、彼女には行く事も出来ない世界へ思いを馳せるのが。

 

 楽しかった。

 

 彼の心遣いが嬉しかった。

 

 それなのに……。

 

 繰り返される讒言は、やがて甘言へと姿を変え。彼女の心を浸した。

 

 無邪気だが無知でもあった子供の頃の憧れに惑い、虚構と現実を入れ替えた。

 

 自らの愚かさゆえに道を違え、約束を違えたが故に彼は去り、寝物語に愛を囁いた男は、守ると言った国も彼女も捨て逃げ出した。

 

 彼女は思う。

 赦される事など無いと、償う事など出来ようはずも無いと。

 

 故にただ、断頭台の前に呼ばれる時を待つ。

 赦される為でも、償う為でも無く、ただ王族としての責任を果たす為だけに。

 

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「お時間です」

 

 部屋の扉がノックされ、そう声がかけられる。

 

「わかりました。直ぐに参ります」

 開いていた日記帳を閉じる。

 あの男と情を交わして以来、記す事の無くなったそれに挟まれているのは、彼から初めて贈られた花で作った押し花の栞。

 それを手に取ると、胸元へ忍ばせる。

 

 ふと気づき、机の引き出しを開け、小さな箱を取り出す。

 蓋を開ければ、同じデザインの二つの指輪。

 

 彼の世界では、結婚した夫婦はお揃いの指輪を着ける風習があるのだと言う。

 それを聞いた時、それに感動し、こっそり作らせた物だ。

 

 彼の旅が終わった時、彼と共に、お揃いのこの指輪を身に着けるのだと胸を時めかせた。

 結局、一度も身に着けられる事の無かった二つの指輪。

 

 小さな方を手に取り、左の薬指に通そうとしたところで首を振る。

 

「私にはその資格はありませんものね……」

 

 指輪を箱に戻し蓋を閉める。

 

(もし私のお墓を作って頂けるなら、もし叶うなら、あれを一緒に収めて頂けないか聞いてみましょう)

 

 部屋の扉を開ける。

 

 顔を上げ、背筋を伸ばし。

 静かに、しっかりと、自分の足で。

 

 彼女は歩く、その短い道行の先へ。

 

 §

 

 ――なぜこんな所に居る――

 

 彼は混乱していた。

 

 彼は王都の広場に居た。

 

 簡素な木組みの台の上に、粗末な椅子に座り、逃げ出さないように両肩を押さえつけられた状態で。

 

(何故私はこんな所に居るのだ)

 

 壇上から見下ろせば、そこには民衆の群。

 その顔に生気は無く、ただ無表情で自分を見ていた。

 

 つい先日まで、彼はこの国の頂点に立っていた。

 城を歩けば誰もが頭を下げ、街に出れば誰もが跪く。

 誰もが自分に畏敬の念を抱き、誰もが自分を尊敬する。

 

 それが、彼のかつての姿だった。

 

 だが今の姿はどうだ。

 頭上に輝いていた王冠は奪われ、身を包む衣は薄汚れ、毎日整えていた髪も髭も生えるに任せたままになっている。

 

(どうして私がこんな姿でこんな所に居なければならない)

 

 彼は繰り返し考える。

 

 始めは取るに足らない国境の小競り合いだった。

 どちらから仕掛けたのかもわからず、放って置けば収まる筈だった。

 

 そんな時、侯爵家から囁かれる。

 これを口実にすれば、後ろ指を指される事無く戦端を開ける。

 後は国境から兵を押上げ、実力で国境線を書き換えてしまえば良い。

 

 彼には欲が有った。

 国王として国の頂点に立ち、財も名も有していた彼が求めたのは更なる名誉だった。

 

 王国の歴史に名を遺したい。

 その思いが彼を動かした。

 

 この小競り合いを利用すれば、王国をより発展させた王として。

 上手くいけば、魔王を討伐し、世界に覇を唱えた偉大な王として、王国の歴史に永遠に名を刻める。

 

 そう考えた彼は、その考えを実行に移す。

 件の小競り合いを魔族の侵略だと吹聴し、今こそ魔王討つべしと檄を飛ばす。

 兵を送り込み、国境線を書き換えるべく戦線を押し上げた。

 

 そこまでは良かった。

 しかし、時と共に戦線は膠着し、逆に押し返される戦線も出て来た。

 

 どうしたものかと頭を抱えていると、再び侯爵家より申し入れがあった。

 異世界から強大な力を持った勇者を召喚する魔法。

 王家のみに伝わるその秘術の封印を、今こそ解く時ではないかと。

 

 彼はその提案に飛びつき、勇者召喚は成った。

 

 呼び出した勇者に王女を与えると約束し、魔王討伐の旅へと送り出した。

 

 そこまでは良かった。

 

 日々届く勇者の活躍。

 それに伴い、勇者を見出した彼の名声も高まっていた。

 高まっていると彼は信じ、自分の輝かしい未来もまた、信じていた。

 

 だが、その栄光に影がさす。

 勇者の婚約者とした王女が、騎士団長である侯爵家の嫡男と通じていたというのだ。

 その知らせを聞きすぐさま彼は、侯爵と今後の対応を検討する。

 

 この事を知られてはならない、この戦が終わるまで誤魔化す事が出来れば、後はどうとでも出来る。

 私は国王だ。金、地位、名誉、女、何でも与えてやる事が出来る。

 それでも反抗すると言うなら……。

 

 全ては知られていた。

 王女と騎士団長の不義も、

 彼と侯爵の密会の内容も、

 全てを明らかにして、あの男は姿を消した。

 

 彼には理解できない。一体何が不満だと言うのだ。

 望むものは何でも与えると言ったではないか。

 剰え、国の長たる私が、この国そのものと言っても良い私が頭を下げたのだぞ!

 本来であれば、感動して無償で忠誠を誓っても良い位ではないか!

 

 そんな愚にもつかない事を考える彼の眼前で、次々と処刑が実行されていった。

 

 侯爵とその息子は、暴れもがき、力尽くで断頭台へ送られると、最期まで泣き喚いていた。


 王女は誰の手も借りず、静かに自らの首を差し出した。

 

 そうして彼の順番が回ってくる。

 

(い、いやだ……)

 

 両側から押さえつけられ、断頭台へと連れていかれる。

 

(このままでは、愚かな王として歴史に名が残ってしまうではないか!)

 

 時ここに至り、それでも自らの名誉を気に掛ける。

 

(勇者は何をしている!? 国を救うのが勇者の使命なら、今こそその時では無いか!)

 

 届く筈も聞き入れられる筈も無い願い。

 

(私は王だぞ! 偉大なる王であるぞ! 誰か助けよ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌――)

 

 

 

 偉大な王として歴史に名を刻む事を望み、国を滅ぼした愚かな王として歴史に汚名を残す事を恐れたその男は、喜ぶべきだったのかも知れない。

 

 何故なら、

 

 

 

 今後、王国の歴史が紡がれる事は無いのだから。

◆このお話を読んだ方へお願いです。

・間男君の件の『み~つけた♪』は、折〇愛さんの声で再生してください。

・ファンタジー世界に土足の概念あるのかよと思われた方、ファジーな感じで流して下さい。

・この世界にギロ〇ンなんてあるのかよと思われた方、『ギ〇チンはありまぁす』良いですね?


◆少しだけ補足

間男君の件で魔族が話している『第七』『第八』というのは、魔王軍第七団と第八団を指してます。

第七団は『魔獣を使役する部隊』第八団は『魔物を使役する部隊』です。


細かく説明すると長くなるので、他の話も書き終わったら、他の設定も纏めて出すかも知れません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪役達の最後は最高のエピローグでした [一言] 国の体をなしてなくてどっちにしろ近々滅びそうな国でしたね
[一言] 薔薇王の葬列って漫画で主人公のリチャード王が、楽器や詩吟に芸術がなんの役に立つ! 戦はない王や貴族がなんの意味を持つ。 なんて平和呆けした敵国の王や貴族を辛辣に評価してたけど、マジでなろうの…
[一言] 哀れな人には必ず憎むべき点がある!
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