5:謝意 ~ 旅の終わり ~
「で? 一晩考えた結果を聞こうか」
例によって謁見の間。玉座に座る国王様に問いかける。
ちなみに、昨日吹っ飛ばした扉は現在修理中。
暫しの逡巡の後、周囲に目配せし、国王が立ち上がり数歩前へ出る。
それに合わせて、間男君、元婚約者、それに数人の貴族が国王に並ぶ。
「今回の事は済まなかったと思っている。私が頭を下げる故、それに免じて赦して欲しい」
そう言うと、並んだ全員が揃って俺に頭を下げてきた。
「……は?」
こいつが何言ってるのか本気で理解できないんですけど?
自分が頭下げるから赦せ? そのハゲ頭にどんだけの価値があると思ってんだよ。
予想外の発言に、何も返せないでいると、国王の隣に居た貴族がなんか喋りだした。
曰く、国王とは国の頂点であるが故に、その威厳を損なうような行為は決してするべきでは無く、臣下へ謝罪、それも頭を下げるなど国が傾くような行為であるとの事。
それだけの事をしたのだから、赦して当然。これ以上駄々をこねるのは勇者としての品格がどうのこうの……。
「はぁ……」
溜息しか出ねぇ。頭下げたら国が傾くって、そのハゲ頭は国そのものってか?
つーか、この状況でこれってこいつらホント頭大丈夫なのか?
考えてみたら、今回の件でコイツ等からまともに謝罪されたのは、これが初めての様な気がする。
あれか、今まで散々無理通して来たから、通らなかった時の対応が分からないとかそういう事か。
おーけー分かった。コイツら悪意があるとかじゃなくて『ただの馬鹿』だ。
他人を誘拐して来る事も、自分都合で契約を反故にする事も、そのくせ相手には契約の履行を強要する事も、自分達の正当な権利であると、意識すらせずに信じてる。
「わかったよ。アンタ等の謝罪を受けよう」
「そ、それでは!」
「ああ、アンタ等の頭に免じて、この件は手打ちにしてやる」
国王に続き、居並ぶ連中も喜色満面で顔を上げる。
『謝罪を受け入れられた事』がそんなに嬉しかったのかね。この中に事態を正確に理解している奴が何人居るのやら。
「アンタも、騎士団長と幸せになりなよ」
間男と手を取り合って喜んでいる元婚約者に声をかける。
「はい! 有難う御座います!」
輝かんばかりの笑顔ってのはこういうのを言うのかね? 少し前までは、この笑顔に多少なりとも心ときめいていた筈なんだけどな、今はなんとも感じないわ。
「アンタも、これから大変だろうけど頑張ってな?」
続けて間男君に温かい言葉をかけてあげる。ちなみに、いつもは風に靡かせている金髪を、今日だけオールバックにしてるのは、昨日出来た斑禿を隠す為だろうな。
「もちろんだ。其方の代わりに、王女殿下を幸せにしてみせる」
「勇者様のパーティーは素敵な女性ばかりですもの、きっと私たち以上に幸せになれると思いますわ!」
そう言って、二人顔を合わせて微笑み合う。すげぇわこのお花畑、止まる事を知らずに広がり続けて最早果てが見えねぇ……。しかも意味不明な上から目線。
「それじゃ、お二人の幸せの為にお邪魔虫は消えるから、後は探さないでくれな? あと、西の戦線が崩れそうだから、行くならあそこがお勧めだ」
「……今なんと?」
俺の言葉の意味を理解出来たのか、国王が疑問符をつけてくる。
「だから、そこの二人の幸せの為に俺は姿を消す、当然魔族との戦争にも参加しないから、後は頑張ってくれって事だよ」
「……は?」
喜びムードだった御一同の顔が凍り付き、弛緩していた空気が驚愕に置き換わる。ここまで驚いてくれるとちょっと嬉しいが、そんなに驚くような事かね?
「先程、其方は我々の謝罪を受け入れると言ったではないか! これで手打ちにするとも!」
なんか間男君が噛みついてくる。落ち着けよ、興奮すると髪が乱れて禿が見えるぜ?
「あぁ、言ったな」
「ならば何故魔族と戦わない!」
いやさ、最早陳腐化した手法、というか口芸? ではあるけれど、ここまで見事に誘導されてくれると、なんか俺が悪い事してる気分になるわ。
「だから、俺は『謝罪を受け入れただけ』だ。また魔族と戦ってやるなんて『約束はしてない』だろ?」
「そんな……それでは……」
御花畑から現実に帰還して、顔面蒼白の元婚約者。
「それにさ」
二人の肩に手を置いて笑いかける。
「二人で言ってたじゃないか。『勇者の代わりに、私が貴女と国を守る』『貴方の傍でそれをずっと支えます』ってさ」
まぁ、盛った末に出たベッドの中の言葉だけどさ、睦事からの睦言ってか? まぁ、責任ある大人の発言だし、有言実行して貰おう。
「そんな訳だから、あとは良しなにやってくれ」
顔色が青から戻らない二人の肩を軽く叩き激励する。
踵を返し広間を出ようとした辺りで、正気に戻った国王や貴族が騒ぎ始める。
中には俺を捕らえてまで留め置こうとする声も有り、広間に居た兵士たちがそれに従い俺を捕らえようと向かってくる。
まぁ、全く以って無駄な労力なんだけどな。
「寝てろ」
そう言いながら、広間全体に眠りの魔法を発動する。【威圧】だと心不全起こしちゃう奴も居そうだから。ちょっとした心遣いって奴。
「じゃ、おつかれマウンテ~ン」
広間に居た連中が全員夢の国に旅立ったことを確認して、俺は謁見の間を後にした。
§
「待ったか?」
パーティーの連中が待機していた部屋に入る。
部屋を見渡すと、監視ともしもの時の為だろう待機していた騎士連中が、天井裏の奴も含めて全員お休み中だった。きっと疲れていたんだろう。なんか賢者がドヤ顔してるけど華麗にスルーしとく。
「まぁ、予想通りだとは思うけれど、交渉は決裂という事になった」
「そう……ですか」
『やっぱりねー』と言う顔をしている二人と、残念そうに俯く聖女。昨晩の件が有ったとは言え、彼女としては完全に納得出来ていないのだろう。
まぁ、だからと言って俺が自身の決定を覆す事は無いのだけれど。
「とりあえず、ほとぼりが冷めるまで俺は姿を消す事にするけど、皆はどうする?」
取り急ぎ、お互いの今後について確認だ。
「私は……塔に帰って、引き籠る。そのうち、魔族の魔術も研究したい……」
いつも通りの少し眠そうな調子で賢者が答える。『塔』と言うのは、彼女の実家の様なものだ。
「そっか、お前から手を出さなければ魔族に攻撃される事も無いはずだから、暫くは大人しくしといてくれ」
「ん……わかった……」
彼女はブレないな。彼女が望むなら、そのうち魔族の魔術研究所辺りに口利き位は出来るだろう。
「私は……一旦故郷に帰ろうと思います」
聖女が顔を上げ、立ち上がる。
「私に出来る事があるのか、するべき事があるのか、それを考えたいと思います」
俺の目を見て話す彼女には、まだ迷いがある様に見えた。まぁ、昨日の今日で価値観を総入れ替えしろってのも無理な話だし、考えるにも為すにもある程度の時間は必要だろう。
「あまり無茶や無理はするなよ? 何もアンタ一人が犠牲になる必要は無いんだ。多少とはいえ袖が触れ合った仲だし、アンタが犠牲になって死んだとか聞いたら寝覚めが悪い」
「そう……ですね。はい、そうします」
そう答えた彼女は、少しだけ柔らかく微笑んでくれた。
「後は……剣聖はどうす――」
声をかけようとした俺の腕に、いつの間にか隣に立っていた剣聖が抱き着いて来た。
「一緒に行く」
普段から感情の抑揚をあまり感じさせない彼女が、少しだけ顔を赤くしていた。
「一緒に行くって?」
「そのままの意味。貴方が行くところならどこへでもついて行く」
抱きしめられた腕に、彼女の柔らかな胸が……いや、鎧着てたわ、硬くてむしろちょっと痛い。
「……その心は?」
「好きだから」
「はい?」
溜めも躊躇いも無い藪からスティックな発言に、俺の方が固まる。え? 好き? 誰が? 誰を? いつから?
「ずっと我慢してた。側室にしろ愛人にしろ、まずは王女と落ち着いてからと思ってたから。でも、もう王女は居ない。だから我慢しない」
「お、おう」
彼女にしては随分と長文の発言に、『頑張ったんだな~』なんて的外れな感想が湧く。
取り敢えず整理しよう。
つまり、彼女は以前から俺が好きだったけど、俺が王女と婚約してたから色々控えていたと……。
「あ~、なんだ。その……有難うな。ただその、俺も色々あったばかりだから、少し考える時間をくれないか。必ず返事はするから」
我ながらヘタレな回答になってしまったような気もするけれど、ここまで直接的に好意を向けられた事なんてあまり無かったからなぁ。
「分かった。でも、一緒に行くのは変わらない」
そう言ってより強く抱き着いてくる。だから鎧が当たって痛いってば。
「なんだっけ、これ。リア充……だっけ? 爆発……させれば良い?」
「おいやめろ」
賢者の発言に剣呑な雰囲気を感じて慌てて止める。今こいつ最上級爆裂魔法使おうとしてなかったか?
「まぁいいや。取り敢えず皆送っていくよ。こんな所に長居しても良い事なんて無いからな」
そう言って、皆が頷くのを確認してから転移魔法を発動させる。まずは賢者の塔からだな。
賢者を塔へと届け、聖女の故郷の村へ飛ぶ。
俺達に軽く頭を下げてから村へ入っていく彼女を見送り、隣で俺の腕に抱き着いている剣聖に声をかける。
「とりあえず王国から身を隠せるところに行こうか」
「ええ」
剣聖。いや、元剣聖か。俺も元勇者だし、彼女達ももう勇者パーティーじゃない。これからは誰かに与えられた記号ではなく、名前で呼ぶべきだろう。
「まぁなんだ。色々あったけど、これからもよろしくな、元剣聖のフローラ」
「ええ、これからもよろしく。元勇者の――」
彼女が俺を呼ぶ声を聴きながら、俺は新天地を目指して転移魔法を発動させた。
・剣聖 ⇒ 艦〇れのアーク・ロイ〇ル
・聖女 ⇒ 城プ〇REのスト〇ホフ修道院
・賢者 ⇒ 城プ〇REのオ〇ヴィ城
以上のイメージでお送りしております(見た目の話