2:会談 ~ 旅の始まり ~
応接室の一つに案内され、王女が来るのを待ちながら、改めてスキルの確認。
改めて見るけど、規格外にも程があるな。最早歩く戦略兵器と言っても過言じゃない。
直接火力だけでなく、諜報から兵站まで、戦争の全てを一人で解決して勝利できるレベルだ。
まぁ、実際の評価は魔族とやらと戦ってみてからだな。
「魔族……か」
実際のところ、俺は魔族と戦えるのだろうか。
平和な日本じゃ戦争なんて体験する事は無い。
相手を殺すどころか、傷付けるのだけで犯罪行為だ。
人間どころか、動物だって自分の手で殺した事無いんだぜ?
そんな俺が魔族とやらと戦争出来るのか……。
「失礼致します」
そんな益体も無い事を考えていると、扉の外から声がかかる。
王女殿下のお出ましかな。
応接室の扉が開くと、数人のメイドさんと騎士っぽい男、それに王女が入ってくる。
俺は立ち上がり、軽く会釈をしながら彼女を迎えると、ソファーの上座を示し、お互いに腰を下ろす。
テーブルを挟んで対面に座した俺たちの前に、綺麗な所作で紅茶を置いてくれると、メイドさん達は部屋を辞して行った。
「それで、お話と言うのは……」
「お待ちを」
紅茶を一口含み喉を潤し、会話を始めようとする彼女を手を挙げて止める。
「私は『二人で話がしたい』と言ったはずですが?」
目線で彼女の後方を示す。
そこには、騎士っぽい鎧を着た男が一人立っていた。
「彼は……私の護衛ですので」
「その通りだ。私は姫様の傍を離れる訳にはいかん」
溜息が漏れる。
「護衛と言いますが、何から護衛するのです?」
「え?」
王女殿下は何を言われているのかわからない御様子。
「魔族を含めて、内外の敵から、と言うのであれば、勇者である私が居る以上これ以上の護衛は有りません。これは良いですか?」
「は、はい」
「そして、『私から王女殿下をお守りする』という意味であれば、これは失礼極まりない事だと思いませんか?」
軽く威圧を発動。何かと便利よね、これ。
「そ、それは……」
「先の会見において、私と貴女は婚約者となりました。その婚約者と会うのに護衛が必要だと言うのは、私の事を信用していないという事に他成りませんが、異論は御座いますか?」
「……」
「そして、現実的なお話として、仮に私が貴女を害そうと思っており、それを実行に移した場合……」
対象を騎士っぽい男に限定して威圧を強める。
「その男程度では、何の役にも立ちません」
「き、きさ……ま……」
威圧に当てられて声も満足に出せない男。
気位だけは高そうだけれど、顔真っ赤だよ。
「もう一度だけ言いますね」
威圧を解いて、極上のイケメンスマイル(但し、あくまで俺基準のうえに、俺がイケメンとは言っていない)
「私は、貴女と、二人で、お話がしたいのですが」
「……騎士団長、外で待っていなさい」
短く息を吐くと、王女殿下は騎士っぽい男に退室を命じる。
「し、しかし!」
「私は外に出ていなさいと言いましたよ騎士団長。私の命が聞けぬと言うなら、今すぐその剣を陛下にお返しなさい」
王女の毅然とした物言いに、所詮臣下が逆らう事など出来る筈も無く、なんだか凄い目で俺を睨みながら、騎士っぽい男は部屋を出て行った。
今更だけど、騎士っぽいじゃなくて騎士だったね。しかも団長らしいよ。
まぁ、実力じゃなくてコネで成ったお飾り団長だろうね。廊下で見かけた騎士達よりステ低かったし。
騎士団長が部屋から出るのを、王女が首だけで見送り、視線をこちらに戻したので、頭を下げる。
「初手から脅すような事をしてしまい、大変申し訳ありません。ですが、私の信条や考え方を余人を交えずお話したかったのです」
「信条……ですか」
正面から王女を見据えると、彼女も真面目な話をしようとしているのが分かったのか、居住まいを正す。
「そこでお聞きしたいのですが、王女殿下には恋人や婚約者、想いを寄せている方などはいらっしゃいますか?」
「……はい?」
藪から棒にこいつ何言ってんだ? みたいな顔をされてしまった。
「あぁ、ここで言う婚約者とは、私の事ではありません。私が召喚される前に婚約されていた方などはいらっしゃいますかという意味です」
「あ、あの」
話が急展開過ぎて付いて来れないらしい。
「結論から言いますと、私は筋の通らない事、約定を違えられる事が何よりも嫌いなのです。ですので、例えば貴女に想い合っている方や将来を約束した方が居たにも拘らず、私のせいでそれが理不尽に反故にされていたりしたら、それは私にとって本意で無いだけでなく、非常に不愉快な事なのですよ」
別に交渉がしたい訳じゃないからね。自分の言いたい事と、聞きたい事だけをはっきり伝える。
「……それが勇者様のお考え、なのですか」
「はい。ですので、そのような方がいらっしゃるなら、この場でそう言って頂きたいのです。その場合、この婚約は私から破棄させて頂きます」
「それはっ!」
驚いて腰を上げかける王女を手で制する。
「御心配されなくとも、婚約を破棄したからといって魔王討伐を辞める訳ではありませんよ。まぁ、私も聖人君子ではありませんので、何かしらの対価を頂けるよう交渉はしますが」
どちらかと言えば俗人なんですよ。と、肩を竦めながら付け加える。
「そう……ですか」
暫しの沈黙。
目を伏せて紅茶に口をつけ、カップをテーブルに戻すと、王女は正面から俺を見据え、
「そのような方はおりません。ですので、勇者様との婚約に何ら異存は御座いません」
そう、はっきりと口にしたのだった。
「わかりました。不躾な真似をしてしまい申し訳ありません」
頭を下げて非礼を詫びる。
聞きたい事は聞いたし、後は少しでも印象を良くしておきたいな。何しろ将来の奥様(予)なのだから。
「そうであれば私に否やはありません。色恋の『いろは』も知らぬ不調法者ではありますが、どうぞ末永く宜しくお願い致します」
「いろは?」
俺の言葉を聞いた王女が首を傾げる。
あ~、この世界には『いろは歌』とか無いんだな。
「『いろは』と言うのは、私の世界の言葉で物事の始まり、初歩を意味する言葉ですよ」
「まぁ、そうなのですね。なんだか不思議な響きの言葉です」
そう言って彼女は微笑む。
ひょんな事から会話の糸口をつかんだ俺は、多少のぎこちなさは感じるけれど、お互いの世界の事や身の上話等々、会話を楽しむ事にする。
§
何杯目かの紅茶を飲み終えると、それなりの時間が経過していた。
「そろそろお開きにしましょうか。本日はお時間を頂き有難う御座いました」
「あら、もうこんな時間ですのね」
俺の言葉を聞いて時計を確認した王女が少し驚いたような声を出す。
時間もそうだが、そろそろ扉の前に立ってる『アレ』が我慢の限界っぽいんだよね。紅茶のお代わりをメイドさんが持って来てくれる度に部屋に入ってこようとするし。
「こちらこそ有意義な時間を過ごさせて頂きましたわ」
「それは良かった。また機会を見つけてこう言った場を設けさせて頂ければと思います」
和やかな雰囲気のまま王女を送り出す。騎士団長君がすげー目で俺を睨む睨む。
あんまり見つめるなよ、穴開いちゃうから。まぁ、無視するけどね。
少し考え事があるのでと言って王女を見送り、ソファーに座り直す。
「俺がどういう考え方をする人間なのかは聞いていたな? 王女殿下を傷付ける訳にはいかなかったから髪飾りは見逃してやる。が、余り俺を不愉快にさせるな」
言い終えると同時に部屋の中で極小規模な爆発が2つ。
壁に掛けられた絵画の裏、窓際に置かれた観葉植物の葉の裏。
盗聴用の魔道具だ。
ちなみに、天井裏の3人は部屋に入ると同時に気絶させてある。
いや~勇者のスキルって便利だわ。
やるべき事をやった俺は、部屋の外で待機していたメイドさんに連れられて俺にあてがわれた部屋へと戻って行くのだった。
§
それから数日は慌しく過ぎて行った。
現在の王国や魔国との戦況、この世界の常識の説明を受けたり、スキルを使った戦闘訓練をしたり。
やたらと例の騎士団長君が突っかかって来たけど、華麗に撃退してあげましたとも。
指先一つで、と行きたかった所だけれど、それでは訓練にならないので、体力使い切ってぶっ倒れるまで紅茶飲みながら延々避け続けて差し上げました。
一滴も零さなかった俺って結構凄いと思う。
しかし、なんでああいう輩は自分の思い通りに行かないと『卑怯者!』とか『私は認めない!』とか言い出すのかね。
お前に認めてもらう必要なんて欠片も無いのだけれど。
あと、『勇者パーティー』として召集された面子の紹介もあった。
『剣聖』『賢者』『聖女』だそうだ。
それに『勇者』の俺を加えて4人パーティー。ちなみに俺以外全員女性。しかも美人さん。
最初は断った。ステータス見たけれど、城の騎士達と比べれば確かに強いのだけれど、俺と比べたら団栗でしかない。はっきり言って戦力外だ。
なんだけど、貴族やら教会とやらの連中が、昼夜問わずに押しかけては『彼女達をお連れ下さい』を連呼するものだから、うっとおしい事この上なくて渋々同行を認めた。
なんかさ、『とりあえず女あてがっておけば機嫌良いだろ』みたいな考えが透けて見えて非常に不愉快なんだよな。
こちとら一夫一妻制の倫理観で生きてるんだよ。婚約者居るのに他の女に手を出せるかよ。いや、偶に居たけどな、知性と理性の足りてない猿が。
そんな訳で、同行する事になった彼女達には、王女と同じ事を伝えておく。
長い時間傍にいるっていうのは、それだけで有利(何が、とは敢えて言わない)だし、(彼女たちにしてみれば)命懸けの旅となれば吊り橋効果とかねぇ……。
結果、剣聖は無し、賢者は(興味も)無し、聖女は故郷に幼馴染の婚約者有、との事。
何と言うかまぁ、これもテンプレって奴なのか……。
兎に角、確認はしたし精々気を使う事にしましょう。彼女の婚約者殿に変に恨まれるのも寝覚めが悪いしな。
§
そんなこんなでいよいよ出立の日。
王様に謁見して出立の報告。そんで城を出る所で王女が見送りに来てくれた。
後ろにうっとおしいのくっつけてね。
実の所、ああは言ったものの彼女と会話する機会と言うのはあまり設ける事が出来なかった。
俺もなんだかんだで忙しかったし、彼女にも公務だとか色々あるらしい。
らしい。と言うのは、たまに廊下ですれ違って挨拶と小話でもと思っても、あのうっとおしいのが公務だ時間だと騒ぎ立てるのを聞いてるから。
本当に忙しいのかは怪しい所だけどな。俺と王女を引き離すときのアイツの顔と言ったらもう。
なんだかすげー勝ち誇ったドヤ顔向けてくれる訳さ。
あれは後々祟る気がするねぇ。誰に、とは言わないけれど。
§
そうして始まった戦いの日々。
いや、それは戦いなんて言えるものじゃなかった。
勇者の絶大な力による一方的な蹂躙。
占領されていた街を、村を、砦を、次々と解放し、魔族の幹部が立て籠もるというダンジョンを踏破し、支えるだけで精一杯だったという戦線を押し上げる。
心配していた『殺す』と言う行為に対する恐怖は直ぐに慣れた。初めて人型の魔物を殺した時も、『こんなものか』という感想だった。
恐怖も無かったし、快楽に浸る様な事も無かったけれど、終わる事の無い戦いの中で、心のどこかが無感動と言うか、擦り切れていくような感覚はあった。
ある程度の成果を上げる度に城へ戻って王様に報告。
報告を終えると、1日2日は休養日とした。うちはホワイトパーティー目指してるからね。
転送魔法で聖女を故郷へ送り届け、婚約者との時間を作るのも忘れない。
俺も王女と一時の逢瀬を楽しむ。最初はぎこちなかったけれど、暫くすればお互いを名前で呼び合うようになっていた。
俺の土産話に目を輝かせながら、少し遠慮の無くなった彼女を見て、普段会えないからゆっくりではあるけれど、それでもお互いに親愛の情が育っているのを感じていた。
不定期連載って書いて置いたら、途中で投げ出しても怒られないんじゃないかと思いました。