蛇足:ある日のおはなし
今回はオフィーリアのお話です。
某少佐の『あれ』から始まります。苦手な方は、§(セクション)を検索して下さい。
諸君 私は魔法が好きだ
諸君 私は魔法が好きだ
諸君 私は魔法が大好きだ
火魔法が好きだ
水魔法が好きだ
風魔法が好きだ
土魔法が好きだ
聖魔法が好きだ
闇魔法が好きだ
召喚魔法が好きだ
儀式魔法が好きだ
無属性魔法が好きだ
平原で 街道で
迷宮で 草原で
凍土で 砂漠で
海上で 空中で
射爆場で 研究所で
この地上で行われるありとあらゆる魔法行使が大好きだ
戦列をならべた魔法兵の火魔法が轟音と共に敵陣を吹き飛ばすのが好きだ
空中高く放り上げられた敵兵が風魔法でばらばらにされた時など心がおどる
敵兵の操る騎馬の群れを水魔法が押し流すのが好きだ。
悲鳴を上げて濁流から飛び出してきた敵兵を土魔法で圧し潰した時など胸がすくような気持ちだった
杖の先をそろえた魔術院生の横隊が標的を消し炭にするのが好きだ
慌てた下級院生が既に破壊された標的に何度も何度も魔法を行使している様など感動すら覚える
机上主義の連中に現実を教えて吊るし上げている様などはもうたまらない
疲労困憊の祭司が私の振り上げた杖に従い必死に詠唱を続け魔力枯渇でばたばたと倒れて行くのを見るのも最高だ
哀れな反論者達が雑多な推測で健気にも立ち向かってきたのを実績と完璧な理論で木端微塵に論破した時など絶頂すら覚える
院の講師共に滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に書き上げた論文が破られ燃やされていく様はとてもとても悲しいものだ
主流派の物量に押し潰されて否決されるのが好きだ
多数決に持ち込まれ少数派と嘲笑われるは屈辱の極みだ
諸君 私は魔法を神の如き魔法を望んでいる
諸君 私に付き従う院生諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なる魔法を望むか?
情け容赦のない悪魔の様な儀式を望むか?
知識技術の限りを尽くし世界の理を覆すような奇跡を望むか?
よろしい ならば荘厳なる魔法だ
我々は全知全能を以て今まさに真理に至らんとする探究者だ
だがこの暗い院の底辺で長年燻り続けて来た我々にただの知識ではもはや足りない!!
真理を!!
根源に至る真の理を!!
我らはわずかに一教室十人に満たぬ落第生に過ぎない
だが諸君は永く研鑽を積んだ探究者だと私は信仰している
ならば我らは諸君と私で古代儀式魔法を執り行える狂信者となる
我々を忘却の彼方へと追いやり惰眠を貪っている連中を叩き起こそう
髪の毛をつかんで引きずり降ろし両目をこじ開け思い出させよう
連中に真の魔法を思い出させてやる
連中に我々の探究の成果を思い知らせてやる
私と諸君の中には奴らの浅慮では及びもつかない神秘ががあることを思い出させてやる
十人に満たぬ儀式魔法で奴らの狭量な世界を燃やし尽くしてやる
そうだ あれが待ちに望んだ魔法の光だ
私は諸君らを約束通り連れて来たぞ あの秘匿された祭場へ あの栄光ある祭壇へ
そして探究者は境界を超え真理へと至る
祭司諸君に伝達 大祭司命令である
さぁ 諸君
楽 園 を 創 る ぞ
§
「っていう演説を考えた……」
振り上げた拳を下ろし、店内を見渡す。
澄ました顔でお皿を磨いているフローラ。
顎に指を当てて、首を傾げているクレア。
そして、
「オフィーリア。それ、俺達以外の前で絶対に言うんじゃねぇぞ」
何故か頭を抱えている彼。
「……お気に召さない?」
「召す召さないの問題じゃねぇよ。大体、なんでオフィーリアがそのネタ知ってんだよ」
おや? 私以外にもこんな素晴らしい演説を考えた人間がいるという事だろうか。
「全く、普段は眠そうな声しか出さないくせに、こんな時だけ饒舌になりやがって」
彼がぼやくが、それは少し違うね。
私の口数が少ないのは、他人と会話するのが面倒だからだ。面倒が故に、君が『眠そう』と評する喋り方になってしまうんだ。
生れつき膨大な魔力を内包していた私は、物心ついた時には既に塔の中に居た。
その素養故に生みの親からも疎まれ魔術院に放り込まれた。
放り込まれた院では、この才能を恐れた者達に『賢者』の称号を押し付けられ、体良く塔へと幽閉された。
聞こえてくるのは、嫉妬に狂った聞くに堪えない罵詈雑言。恐怖から生まれる耳障りな誹謗中傷。そして、私の功績のお零れに預かろうと画策する、いじましいまでの美辞麗句。
そんな連中と言葉を交わすのが煩わしくて、気付けば私の喋り方は口数少なく、こんな感じになっていた。
それにしても……俺達、ね。
君だけじゃなくて、彼女達も君と同類だと、君が保証してくれる訳だ。
そう言えば、君達が初めてかも知れないね。私と裏表のない言葉で、対等な立場で語り合ってくれたのは。
だからかな? 君達の前では、私も少しだけ饒舌になってしまう。
「注文はいつもので良い?」
「うん」
お皿を磨き終わったフローラが声をかけてくるから、首肯しながらカウンターに腰掛ける。『いつもの』と言っても、このお店には注文できるものは一つしかないよね?
「クレア。『あれ』を出してくれ」
「はいっ、あれですね」
彼がクレアに声をかけると、彼女が戸棚から何かを取り出す。
「あ、フローラさん、私にも同じものをお願いします!」
「はいはい」
クレアの声に、フローラが苦笑しながら答えている。
二人共随分と雰囲気が変わったね。
フローラは鉄面皮が剥がれてきているような感じがする。皆で旅をしている時は、あんな風に柔らかく笑う事は無かったと思う。
クレアもあの頃の張りつめた様な表情が無くなり、年相応の明るさと闊達さが見えるようになったね。
「『万象冷めたる永久の氷姫』も改名すべきかな」
以前、勝手にフローラにつけた二つ名を口にする。
「そう?」
「うん。あの頃より随分と柔らかい表情をするようになった。少なくとも、『氷』と言う雰囲気ではなくなったね」
「そう……」
また柔らかく微笑む。うん、その表情の方が似合うし魅力的だと思うよ。
「オフィーリアさん、私はどうですか?」
クレアが身を乗り出して聞いてくる。彼女は……そうだね。
「君は今でも『枯れる事無き永遠の花園』で良いと思うよ」
「そうですか~」
方向は変わったけどね。
柔らかいと言うより、『にへらっ』と言った感じで相好を崩すクレアに、心の中で付け足す。
その笑顔に、つられて口角が上がりそうになる。
私も……少し変わったかな?
「どうぞ」
フローラが手慣れた動作でコーヒーを淹れてくれるが、注がれた器がいつものカップとは違っていた。
「カフェオレボウルっていうんですよ」
クレアが自慢げに説明してくる。
「かふぇおれ?」
目の前には、『かふぇおれぼうる』とやらに注がれたコーヒーと温められたミルクの入ったポット。そして砂糖の入った容器。
「いつものカップより大きいですから、最初からミルクも砂糖も沢山入れられるんです」
「……へぇ」
促されてコーヒーにミルクを注ぐ。私の好きな色になるまでミルクを注いでも、それが器から零れる事は無い。
成程、大きめの器はこういう使い方をする為なんだね。
「いつものカップだと少しずつ足していきますけど、これだと最初から好きな味に出来て良いですよね」
そう言いながら、私の倍以上のミルクを注ぐクレア。砂糖も大量だ。
あれだけ大量の砂糖を摂取していたら太りそうなものだけれど、彼女の場合は全部胸に行っているのかな。
「これは……」
いつもなら私好みの味になった頃には冷めてきているコーヒーが、温かいままに楽しめる。ミルクを温めていたのもこの為かな。
「美味しいですよね。これ、カフェ・オ・レって言うんですよ」
「ふぅん……」
自慢げに語るクレアだが、それを嫌味ではなく可愛らしいと感じてしまうのは、私の受け取り方が変わったのか、彼女の今の人柄によるものか。
「それにこれ、てんちょ――マスターの手作りで、私のとお揃いなんです」
嬉しそうに自分のカフェオレボウルを見せてくるクレア。
成程、色は違うが柄は同じだ。なんだか満足げに頷いている顔が視界の端に映るが、その顔は微妙に腹が立つね。
「それにしても……」
手の中にある『かふぇおれ』を眺める。
コーヒーだけでは苦過ぎる
ミルクだけでは味気ない。
砂糖だけでは甘すぎる。
成程、器の中で一つになったそれらは、さながらこの場所を思わせる。
ああ……、私はこの場所が好きなんだね。
だけど、その『かふぇおれ』を器の外から眺める私は、そのまま私達の立ち位置というものを、好きな場所だけど、その中には居らず、外から眺めている自分も連想させる気がして……。
「これも試してみてくれ」
不意に彼が私の器に何かを振りかける。小瓶に収められていたそれは、何かを挽いた粉だろうか。
「これは……」
甘い? 香ばしい? 不思議な香りが器から漂い、さっきまでの『かふぇおれ』とは一味違ったものになる。
「……美味しい」
「だろ?」
小瓶を手で遊びながら彼が自慢気に語る。
「この前市場で偶然見つけたんだが、『シナモン』って言うんだ。これだけだとクセが強いが、カフェ・オ・レなんかに使うとクセも気にならなくなってその香りを楽しめる」
そうか、この香りの正体はシナモンと言うんだね。
「私もそれ下さい!」
クレアが手と声を上げる。
「はいよ」
彼が小瓶からではなく、収納空間から細い筒状の物を取り出してクレアの器に放り入れる。
「あー!」
慌てたような声を上げた後、クレアが恨みがましい目で彼を見やる。
「私の扱いが雑じゃありませんか?」
「クレアのはミルク入れ過ぎなんだよ。粉に挽いたやつだと香りが立ちすぎる。それを匙のかわりにして、かき混ぜてから飲んでみな」
「本当ですか?」
半信半疑と言った様子でかき回していたクレアだが、一口含んで目を輝かせる。
「美味しいです!」
「だろ?」
喜ぶクレアと自慢気な彼、それを見ながら微笑みを浮かべているフローラ。
本当に、ここは良い場所だよ。
それにしても、
シナモンだけではクセが強い
か、中々皮肉が効いてるじゃないか。
でも、そうか。
『シナモン』も『かふぇおれ』に入っていて良いんだね。
「粉に挽いたのも試してみたいですね! フローラさんもう一杯頂けますか?」
クレアの声に、フローラが苦笑しながら応じる。
「気に入ったのなら良かったが、あんまり飲むと太るぞ。ただでさえクレアのカフェ・オ・レはミルクと砂糖が過多なんだから」
「良いんですっ、最近はフローラさんと一緒に魔獣討伐とかで体動かしてますからっ」
彼に揶揄われたクレアが、つん、と顔を背ける。
「あっ!」
何かを思いついたようにクレアが大きな声を上げる。
「今度オフィーリアさんも一緒に行きましょう! 一緒に魔獣を討伐して、帰ったらそのお肉を皆で食べて、お部屋も有りますから、夜はそのままお泊りしましょう。沢山お話しましょうね」
「えっと……」
突然の申し出に困惑してしまう。
「あら、それは『女子会』というやつかしらね」
「『じょしかい』ですか?」
「ええ。友達や仲間内で、女性だけが集まって遊んだり食事する事を、女子会というらしいわ」
「いいですね! 『じょしかい』やりましょう!」
「オフィーリアが一緒に行くのは良いが、使って良いのは第三階位までな。オフィーリアが好き勝手に魔法使ったら迷宮崩落とか森一つ丸焼きとかになりかねん」
「まるで見てきたように言うわね」
「まるで、じゃなくて実際に二人も見てるだろうがよ」
「そうだったかしら?」
「そんな事より、当日はお留守番をお願いしますね」
「そんな事ってなぁ。で、俺は除け者なのか?」
「女子会だもの、当然でしょう?」
「じょしかい、ですからね!」
「へいへい、勝手に楽しんできてくれ。俺は一人寂しく轆轤でも回す事にするさ」
「いじけないで、その分ちゃんと後で慰めてあげるから」
「フローラさん……なんだか大人っぽい発言です」
「当然よ、私は彼の妻だもの」
「むーーーーーーーっ!」
困惑する私を他所に、話は進む。
「では、フローラさんは参加という事で」
「ええ、ぜひ参加したいわ」
「オフィーリアさんはどうですか?」
クレアがこちらに体ごと振り返る。目を輝かせて。
――『友達』とか『仲間』とか、私には、お話の中の存在でしか無くて。
「そう……だね」
―― どうやったら『それ』が作れるのか、『それ』に成れるか知らなくて。
「参加させて欲しい……かな」
―― でも、君達が私の事をそう思ってくれるなら、それはとても素敵な事で
「はい!」
満面の笑みを浮かべるクレア。
「決まりね」
柔らかな微笑みを浮かべるフローラ
「へいへい、いってらっしゃっせー、いってらっしゃっせー」
苦笑いを浮かべる彼
自然と私の口角も上がる。
―― とてもとても、嬉しい事、だね。
このお話を読んで頂いた方にお願いです。
・まず深呼吸して、このお話が『御都合主義』の集合体である事を思い出して下さい。
・『クレアの性格変わり過ぎじゃね?』と思われた方、
『男子三日会わざれば刮目してみよ』と言う言葉が有ります。女性も同じです(煙に巻く論法
・繰り返しますが私はコーヒーが飲めませんので、劇中のコーヒー関連の描写は全て想像です。
コーヒー警察とかカフェオレ警察とかが出張ってきても対応致しかねますので御了承下さい。
お話としては、これが最後となります。
長々と拙作にお付き合い頂きまして本当に有難う御座いました。
後は、日の目を見なかったネタ帳を一話分使って投稿して、完結マークが付きます。