蛇足:これまでのおはなし_03
今一番欲しい物:説得力
今一番必要な物:食物繊維
―― 彼は過去と決別し、私は彼の手を取る ――
あれから幾許かの日が過ぎた。
彼が王国と決別した後、好き勝手に魔法を撃てなくなるのが残念そうなオフィーリアを塔へと送り、クレアを故郷の村へと届けた。別れ際の彼女は、何かに悩んでいるようだった。
私と言えば、王国を離れ、彼と二人で旅を続けている。今は獣人国のとある街で体を休めているところだ。
二人旅になったとはいえ、人数以外に大きく変わった事も無く、変わった事と言えば、かつて感じていた彼との間の壁の様なものが薄れているという事と、宿の部屋が一部屋になった位だろうか。
まぁ、宿は私が一部屋で良いと言ったからだが。
同じ部屋に泊まっていると言うのに、相変わらず彼は私に手を出そうとしない。
まぁ、彼の事だ、『正式に恋人になった訳でもないのに』とかそんな事を考えているのだろう。
その割に寝巻や風呂上がりの私を横目でチラチラ見ているのは知っているので、私の事を意識しているのは間違い無いとは思うのだが。
(そういえば、彼がトイレに行く事が多いような気がするわね。水分の取り過ぎかしら)
時にそんな益体も無い事を考えながら、二人での旅は続いていた。
§
「そろそろ魔族の軍が王都に攻め入るらしい」
食後のお茶を口にしながら、彼が口を開く。
私達が王国を離れてから数か月が経っているとは言え、魔軍の侵攻は考えていたよりずっと早い。時々聞こえる話での印象ではあるが、まるで最外周の戦線以外にまともな戦力が存在しない事を知っているかのように、西の戦線から一気に中核を狙っている。
(ミリー達は大丈夫かしら……)
こうなる事も知ったうえで王国を離れたのではあるが、それでも何も感じないと言う訳にはいかないのは、やはり今までの人生を王国で暮らしていた経験と、親しいと言って良いだろう幾人かの顔が浮かぶからだろうか。
「心配事か?」
そんな考えが顔に出ていたのか、彼が気遣わしげな顔を向けてくる。
隠すような事でもないので、ミリー達ギルドの受付嬢達と定宿のおかみさん。王国に残った二人と、安否の気になる人達の事を話す。
「まぁ、あの二人については大丈夫だろう。二人共自分から手を出すような馬鹿では無いし、いざと言う時の備えも渡してあるしな」
「クレアは大丈夫でしょうけど、オフィーリアはどうかしらね。あの子の事だから、目の前に魔族の大軍を見かけたら広域殲滅魔法の良い実験になるとか言い出しそうよ」
「あー、まぁきっと大丈夫と信じよう」
私の言葉に、散々実験台にされてきた彼が苦笑いを浮かべる。体験者故に絶対に無いと言い切れないのだろう。
「それよりも受付嬢達と宿屋の方だな。完全な非戦闘員ではあるが、混乱の最中にあっては万が一という事もあるか……」
そう言って少しだけ考えを巡らせていたようだが、その後はいつもの彼に戻っていた。
「話はつけて来た。これで心配は無い筈だ」
その夜、私が湯浴みをしている間に何処かへ出かけていた彼が、転送魔法で戻ってきて開口一番そう言った。
昼間の事を言っているのだろうが、誰と、どんな話をしてきたのか、それを私が知るのはもう少し先の話。
§
「苦いわね……」
カップに注がれた黒色の液体を口に含んで思わず顔を顰める。
「はっはっは。苦み走った大人の味と言うが、お嬢さんにはちょいと早かったかな」
彼とたまたま立ち寄った店のカウンター席で、店長と思しき男性が笑う。
なんでも『コーヒー』と言う飲み物を供する店だそうで、看板を見かけた彼が珍しく興味を持ったのだ。聞けば、彼の世界でよく飲まれていた物らしい。
そうして入った店で、勝手の分からない私は店長に言われるままにお勧めのコーヒーを注文し、今に至ると言う訳だ。
(飲み物としてこの味はどうなのかしら? それに、香りも悪くはないけれど少し強過ぎるわね)
そうして私がカップと睨めっこをしていると、彼が店長に何事か断りを入れ、収納空間から小さなポットを取り出した。
「これは?」
「ミルクだよ。俺の国では、コーヒーってのはミルクや砂糖で自分好みの味に調整して飲むものなんだ」
そう言うと、彼はポットの中身をカップに少しだけ注ぐ。同時に、さっきまで黒一色だったカップの中身が、鮮やかな褐色へと変わる。
「試してみてくれ」
彼に促されてカップへ口を近づける。
「これは……」
鼻を擽る香りは先程より柔らかく、口に広がる苦みは穏やかなものになっていた。
「お気に召したかな? 甘いのが好きなら砂糖も入れてみると良いよ」
そう言って今度は砂糖を取り出そうとするが、私はそれを止める。
「いえ、私はこの味が好きだわ」
少しだけミルクを足す。さっきよりも優しくなった味と香りを楽しむ。
「飲む人や飲み方で苦かったり甘かったり、尖った味にも優しい味にもなる。詩的な人によっては『恋の味』なんて言う奴もいたな」
彼にしては珍しい『クサイセリフ』と言った風の言葉だが、もしかしたら懐かしいものに出会って少し興奮しているのだろうか。
「尤も、こっちじゃミルクも砂糖もそれなりに高価な物だからな、こういったお店で気軽に出すのは少し難しいだろうな」
そう言った彼が店長に目を向けると、店長はすまし顔で肩を竦めていた。
(恋の味……ね)
たまたま見かけた店で出会ったコーヒーという飲み物は、最初の強烈な印象も相まって、何故だか忘れられない味になったのだった。
§
「そろそろ何処かに腰を据えるか……」
宿屋で宛がわれた部屋の中、隣のベッドで彼が呟く。
「どうかしたの?」
思いがけない彼の言葉。返す言葉に、多少の驚きが含まれてしまった。
「いや、旅から旅も悪くないが、流石にこのままフローラと二人で根無し草って訳にもいかないと思ってさ」
「付いて行くと決めたのは私だもの。別に私に気を使わなくても良いのよ?」
「そう言ってくれるのは有難いが、やっぱ『帰る場所』ってのは必要だと思うんだよなぁ」
『帰る場所』
その言葉に、胸が少し痛む。
『帰れなくなった』彼が、この世界に『帰る場所』を求めるという事、そしてそれを言葉にする意味。
「それに……あ~、いや、なんでもない」
何かを言い淀む彼だが、それ以上の言葉は発せられることは無く、灯を消して布団を被る。
その日の彼は中々寝付けなかったらしく、彼の寝息を聞くより先に、私は夢の中へと旅立ったのであった。
§
「少し歩かないか」
珍しくいつもより高級なお店での食事を終えた後、彼に誘われて、隣を歩く。
「いつもは『ワリカン』だったかしら? なのに、貴方が出してくれるなんて珍しいわね」
「たまにはな……」
私の言葉に短く返すと、彼は何処かへ歩を進める。その表情は何か緊張しているようだ。
辿り着いたのは街の外れ、海と街が一望出来る小高い丘の上だった。
昼間は賑わうらしいこの場所も、夜の帳が下りた今の時間は閑散として人影は見当たらない。
「それで……だな」
なにやら言い淀む彼。私は黙って彼の言葉を聞く。
「あ~、あれだ。こんな俺と一緒に居てくれて有難う……ではなく、いや、有難いのは本当なんだが……」
いつもと様子が違い、歯切れの悪い言葉。いつになく緊張した様子の彼は、一体何を言いたいのだろう。
「今までのお礼……だけじゃないんだが、これを受け取ってくれないか」
そういった彼が取り出したのは細長い箱。蓋を開けてみれば、そこにはピンク色の小さな石をあしらった、細い銀のチェーンネックレスが納められていた。
特に必要だとも思わなかったので今まで身に着けるような事は無かったが、装飾品に興味が無かった訳では無い。
彼が私の事を、普通の女性として扱ってくれているであろう事が、少しこそばゆい。
「俺としても、こんなところまで付き合わせてしまった責任を取らない訳には……いや、そうじゃ無くて」
それにしても、先程からの彼らしくない言動はどういった事だろうか。いつもの彼なら、自分の言いたい事をずけずけと言ってくるであろうに。
「取り敢えず、魔都まで旅を続けようと思う。それから、どこかに家でも買って、その、い、一緒に住まないか?」
「わかったわ」
彼の言葉に頷く。
「へ?」
呆気にとられたような顔をする彼。
(何か驚くような事があったかしら?)
彼の反応に首を傾げる。
「いや、即答されるとは思って居なかったからさ。その、一緒に住むとか」
「前にも言っているけれど、一緒に行くと決めたのは私よ。貴方がどこかに腰を落ち着けるなら、私もそこに居るのが当然でなくて? 部屋を提供して貰えるなら定宿を取るよりもその方が良いわね。そうだわ、その分私も家を買うお金を出しましょう」
「お、おう」
「どうかして?」
「その、なんだ。珍しく饒舌だなと」
「そうね。私も驚いているわ」
(一緒に住むという事は、『そう言う事』と思って良いのかしら)
半ば反射的に答えていたけれど、存外私も混乱していたのかも知れない。
「そっか……。まぁ、よろしく頼むよ」
私の心の機微を察したのか、照れ臭そうに苦笑した彼が、箱から出したネックレスを差し出してくる。
「えっ?」
受け取ろうとした手は空を切り、気付けば息のかかるような距離に彼の顔。そのまま彼の両手は首の後ろへと回り、まるで抱き着かれるような格好で、そのネックレスは私の首周りへと収まったのだった。
「似合ってる……と、思う。気に入ってくれたら嬉しいんだが」
一歩下がって私を見ながら彼が微笑む。
胸のところで小さく輝く、ピンク色の石に触れる。そうして、ようやく先程の出来事を頭が理解すると、らしくも無く顔が熱くなる。
きっと私の顔は赤くなっている事だろう。夜の暗さで、それが隠せていると良いのだけれど。
「そろそろ戻るか」
彼が踵を返す。彼の背中と、無造作にポケットに突っ込まれた腕を見た時、ふと試したい事が出来た。
「おっと?」
その腕にしがみ付いてみると、彼が驚いたような声をあげる。
「どうした?」
私を覗き込みながら彼が問う。
「なんとなく、よ」
赤くなっているかもしれない顔を隠すために、やや下を向きながら答える。
王都に居た時にみかけた、仲の良い男女が腕を組んで歩く風景。あの時はどうしてそんな事をしているのかと不思議に思って居たが。
(安心? 高揚? あの時は訳も分からなかったけれど、これは……中々良いものね)
腕越しに伝わってくる彼の体温。それを感じながら隣を歩く。
「そっか」
いつもよりゆっくりとした歩調で、私達はすっかり暗くなった街の中を、宿へ向かうのだった。
§
「お店?」
「ああ」
魔都へ到着して一週間程経った頃、どんな伝手を頼ったのか、彼は私達の住む家を見つけていた。
街の大通りから少し離れた所に在る、2階建ての建物だ。
魔都の仮宿で向かい合って座る私達の前には、その家の図面が広げられていた。
「有難い事に、俺達には今後働かないでも食うに困らないだけの貯えは有る」
「そうね」
彼の言葉にうなずく。勇者パーティーとして活動していた時期も含め、ここに至るまでに倒した魔物や魔獣の素材は全て彼の収納空間に収めてある。
それらを換金すれば、彼の言う通り働かなくても生きて行く事は可能だろう。
「まぁ、『仕事』を断るつもりも無いし、こっちでも冒険者の真似事は出来るから何もしないって訳じゃないが、それでも家にいる時間の方が多くなると思うんだ」
それもそうだ。彼も私も戦闘狂と言う訳では無い。依頼が有れば戦う事は吝かでは無いが、相手が魔物や魔獣であっても、自ら望んで殺生を行おうとは思わない。
「で、そうなると『あの二人は仕事もしないで何をやってるんだ』とご近所さんに思われてしまうのだが、それは世間体上好ましくないと俺は考えたわけだ」
「そう……なの?」
どうにも、彼には世間体や体裁、形式を過剰に気にする悪癖がある。
「俺の中ではそうなんだ。で、この家なんだが、見ての通り二人で住むには少々大き過ぎると思わないか?」
言われて改めて図面を見る。
2階には普通の宿屋と同程度の部屋が5つ。1階には台所や風呂場などの水回りと広々とした居間。そして何かの作業場だったのだろうか、更に広い部屋が配置されていた。
「この広い部屋と居間を少し削れば、小さな店の真似事位は出来る空間が出来ると思うんだ」
そう言いながら図面に線を引いて行く。
「そうね……。悪くないと思うけれど、どんなお店をやるつもりなのかしら。自慢ではないけれど、私に客商売が出来るとは思えないのだけれど」
情けないと言うか、今更と言うか、私は私に愛想と言う物が足りていない事を自覚している。こんな不愛想な店員では、来る客も来なくなるのではないか。
「それについては問題無いな。そもこの店で食っていこうという訳じゃない。客の有無は言わばおまけだ。極端な話、『店を開いている』と言う事実が有れば、客は来なくても構わない」
言っている事はわかるのだが、今度は店を開いているのに客が来ないで、どうやって生計を立てているのかと『ご近所さん』に思われないのだろうか、それに、
(端から当てにしていないと言われているようで、それはそれで面白くないわね)
「で、ここからが相談なんだが、フローラはどんな店がやってみたい? 一緒に暮らしていく以上、フローラの意見も聞かないと、と思ってさ」
私の心を知ってか知らずか、彼は気にした風も無く話を進める。
(どんなお店……ね)
頭の中で考える。道具屋、服屋、武器防具、どれもしっくりこない。
(……あっ……)
ややあって、一つのお店が浮かび上がる。
「コーヒー……」
「ん?」
「コーヒーを出すお店をやってみたいわ」
旅の途中でたまたま出会った一杯の飲み物。『あの言葉』と共に、何故か忘れられないで居る。
「喫茶店か、悪くないな。品数を絞れば面倒な作業も必要ないだろう。クールな美人が淹れるのは絵になるし、逆に人気が出るかもな」
(『クール』が何なのか知らないけれど、これは褒めてくれているのかしら)
そうであれば嬉しい。そんな事を考える。
「よし、それじゃぁ喫茶店をやるって事で話を進めよう」
「とりあえずこんなもんか。勢いで決めた部分も有るから、明日もう一度確認しよう」
そう言った彼が、机の上の図面をクルクルと丸める。
「ふぅ……」
目尻を抑えて息を吐く彼にお茶を差し出す。一口飲んで深呼吸した彼がサイドテーブルの引き出しから小さな箱を取り出して机の上に置いた。
「フローラ」
何時になく真面目な顔をした彼が私の名を呼ぶ。なにやらただならぬ雰囲気に、対面に座る私の背筋も自然と伸びる。
「これを」
言の葉に促され、差し出された箱を開ける。蓋を開ければ、同じデザインの二つの指輪。
「これは……?」
首を傾げる私に、緊張した面持ちで、彼の故郷の風習について教えられる。
(それはつまり……)
「俺と結婚して欲しい」
それが戦闘なら命取りになるであろう時間をかけて、言葉の意味を理解する。
「その、前から言おうと決めてはいたんだが、はっきり言う機会と勇気がなかなか無くてだな……」
少々ばつの悪そうな顔。
「で、新しい生活を始めるにあたって、やはりけじめはつけるべきと言うか、いや、それだけじゃなくてだな……」
(ネックレスを貰った時もこんな感じだったかしら)
胸元の石を指先でなぞりながらそんな事を考える。
「こんな店番にもならない無愛想な人間だけれど、ずっと一緒に居ても良いのかしら」
「今までも一緒に居てくれたろ? それに、店番としてフローラが欲しい訳じゃないさ」
「義理とか筋とか、私に気を使っているのなら良いのよ? 私が勝手に付いて行くって決めただけだもの」
「そんなんじゃないよ。あれからずっと一緒に居てくれたフローラと、これからも一緒に居て欲しいから言ってる」
恐る恐る左手を差し出す。
彼は優しくその手を取り……。
自分は冷静な人間だと持っていた、色恋沙汰や人の機微に疎い人間だと思って居た。でも、思考と感情はとてもちぐはぐで、彼に指輪を着けてもらった時に何故だか涙が溢れて来て。
(涙なんて流すのは何時ぶりかしら。でも、こんな気持ちの涙なら悪くないわね)
頭を撫でてくれる彼の大きくて温かい手を感じながら、なんとか取り戻したなけなしの冷静な自分は、そんな事を考えていた。
そうして私達すこしおかしな二人は、恋人と言う階段を一段抜かしにして、夫婦へと至ったのだ。
後日、この日の事で彼を揶揄ってみたら、
「惚れた女に結婚の申し込みするなんて一世一代の大舞台だぞ、緊張しない方がどうかしてる!」
と真っ赤になっていた。
§
木々の間を風が抜けてゆく。
師匠が家を建てる為に切り開いた森の中の小さな空間。
師匠と過ごした家の横。
森の中だけれど、光の差し込むここで、私は静かに目を閉じる。
「フローラの御両親に挨拶しないとな」
切っ掛けは彼のそんな一言だった。
私の両親は既に他界している事、そのお墓が王都の森の中にある事を伝えると、「なら御両親のお墓参りをさせてくれないか」そう言われて彼を伴い、久しぶりにここを訪れるに至ったという訳だ。
暫く来る事が出来なかったので、お墓も家も、荒れ放題と言うまでではないけれど、それなりに汚れているように見えた。
お墓と家を掃除し、持ってきた花を添える。故郷の作法という事で、両手を合わせ目を閉じる彼に倣い、私も両手を合わせる。
最後に二人の姿を見たのは、襲い来る魔獣から母と私を守る様に短剣を振り回す父と、私に覆いかぶさる母。
気を失って目を覚ました時には、師匠の家のベッド上に居て、両親は師匠に葬られた後だった。
実際のところ、魔獣に襲われた人間の死体は無残な物で、このお墓に両親の亡骸がどれだけ収められているかは疑わしい所だ。
或いは、一切収められていないのかも知れない。
それでも、師匠がここに両親を弔ったと言ってくれたお陰で、私は故人を偲ぶ事が出来る。
父が最期まで振るっていた短剣と、母がいつも身に着けていた髪留め。
師匠が回収してくれたそれだけが、私に遺された両親の遺産。
無くす事など出来ないそれは、今も私の収納袋の片隅に仕舞ってある。
(私、結婚したんだよ)
心の中で両親に報告する。
どんな大雨からでも私を守ってくれる、大樹の様な父。
抱きしめられると温かくて、いつまでもそこに居たいと思った、お日様の日差しの様な母。
詩的な表現をするならそんなところだろうか。
そして、私を守る為にその命すら差し出した……。
「私達も成れるかしら?」
「ん?」
私と彼には、魔獣どころか魔軍とだって渡り合える力がある。でもそれは体の強さだ。強さと表現するのが正しくないのかもしれない両親のそれは、心だ。
「いつか私達に子供が出来た時に、私は、私達は、私の両親のようになれるのかしら。って」
「そうだな……」
そっと抱き寄せられる肩。不確定な事を無責任に口にしないのは彼の美徳ではあるけれど。
(こんな時は、気の利いた言葉の一つもくれて良いんじゃないかしら)
彼の肩に頭を預け、その体温を感じながら、心の中で少しだけ口を尖らせた。
§
真新しいカウンターの内側、買い揃えた機材と食器に囲まれている私。
家の改装が終わり、店としての形が出来たところで、今日もコーヒーを入れる練習をしている。
一階はカウンターだけの小さなお店と居間に水回り。
二階は五部屋の内の二部屋を繋げ、彼の私室兼夫婦の寝室とし、一部屋を私の私室として、二部屋は空き部屋となっている。
もしかしたら使う事になるかもしれないと、あの二人の姿を思い浮かべてみるが、そうならなかったとしても、将来私達の子供の部屋にすれば良いだろう。
その『小さなお店』が、私と彼の家であり、『帰る場所』だ。
「暇の手遊びで客なんて殆ど来ないだろうから、そこまで根を詰める必要は無いぞ」
そう彼は言うが、やはりお金を取って提供する以上、自分が納得できる物を出したい。自分でも気付かなかったが、どうやら私はそれなりに凝り性であるらしい。
彼と決めた開店の日はもうすぐ。それまでになんとか、自分の納得できるコーヒーを淹れられるようになっていたいものだ。
§
「口当たりと香りが柔らかくなったと思うが、言い換えれば弱くなったともいえるな。調整が難しい所ではあるが」
常連の一人がそう感想を漏らす。
その感想と使った豆の種類、焙煎した時間などをノートに記載していく。
こうしてコーヒーの感想と製法を記したノートも、既に四冊目になる。
自分の納得出来る味と香り、それを目指して今日も私は研鑽を積むのだ。
でも……。
(貴方は気付いているかしらね)
お店で出すコーヒーの製法を纏めた四冊のノート。
それとは別の、誰にも見せない小さなノートを私が記している事を。
あの時、
『コーヒーは恋の味』
そう貴方は言った。
であれば、客に出すコーヒーと、貴方に淹れるコーヒーが同じ物である筈が無いのだ。
気付いていないのか、気付いていながら知らない風を装っているのか。
(態々確認するのは無粋かしらね)
鋭いようで鈍い所もあって、時に朴念仁を装う彼の事だから、どちらの可能性もあると思うけれど。
(こんな私を見たら、ミリーは心臓を一突きにされたオーガーみたいな顔でもするかしら)
何時ものように客の居ないカウンターに片肘をついて欠伸をする彼。
―― その隣で、私は今日も変わらず、微笑みながらコーヒーを淹れている ――
フローラのお話はここまでになりますので、一旦完結表示にさせて頂きます。
出来ればあと二つほどお話を追加したいと思っていますので、その時は再開させて頂きます。
最後に懺悔を↓
神よ、千〇県民でありながらM〇Xコーヒーも飲めない罪深い私を赦したまえ。
(〇玉からの移民だからね、仕方ないね)
尚、同じく〇葉名物のピーナッツも食べられない模様。
基本的に豆類(特に乾燥させた物)は嫌いです。
特にグリーンピースは絶滅すれば良いと思ってます。
枝豆とつぶあんは食べられます。