1:開幕
少し短めです。
その日、コンビニから自宅への道を歩いていると、見慣れた景色の中に、見慣れぬモノが現れた。
目の前に現れたそれは、始めは空中に浮かぶ小さな黒い点のように見えていたが、瞬く間に大きな黒い穴となり、『やばい!』と思った時には、俺の体はその穴に飲み込まれ、光一つ無い暗い海を漂うような感覚の中で、俺は意識を手放した。
意識を取り戻した時、そこは明るい光の差し込む部屋の中であり、俺は上等な天蓋付きのベッドに寝かされていた。
半身を起こし、部屋を見渡すと、ここが随分と上等な造りの部屋である事がわかる。
まぁ、天蓋付きのベッドなんて物が有る時点でお察しだが。
ここが何処なのか、俺はどうなったのか、そんな事を考えていると、部屋の扉が静かに開かれ、中へ入ってくる人影がある。
シニヨンに纏めキャップを被せた髪、白いエプロンにフルレングスのスカート。
俗に『ヴィクトリアンスタイル』とか『クラシックスタイル』とか呼ばれるメイドさんだ。ドレスが黒って事は、今は午後って事か。
俺はメイドさんには詳しいんだ。
そんな事を考えていると、俺が起きている事に気付いたメイドさんの一人が慌しく部屋を出て行く。
残ったメイドさんの一人がベッドの脇まで歩いてくると、手に持った盆をサイドテーブルへ置き、綺麗にお辞儀してくる。
「お目覚めになられましたか?」
「ここは……?」
「ここは王城にある客室の一つです」
王城と来たか……。
「俺はなんでこんなところに?」
「詳しいお話は、後程陛下よりされますので、今はお気を静められますよう」
盆におかれたグラスに水を注ぎ手渡してくる。
喉を通るそれは大して冷えてはいなかったが、カルキの匂いのしない、どこぞの『美味しい水』の様な味だった。
俺の名前や年齢等、軽い聞き取りをされていると、先程のメイドさんが戻ってくる。
メイドさん同士が小声で2,3やり取りをした後、明日の朝一で王様との謁見が行われると伝えてきた。
それまではこの部屋で休んでいて欲しいとの事。
食欲はあまりなかったので、夕食は軽めの物を要求し、メイドさん達が退室するのを見送ると、ベッドの中で考えをまとめる事にする。
軽く聞いただけなので詳細は分からないが、俺は所謂『勇者召喚』と言うやつでこの世界に呼ばれたらしい。
ラノベのテンプレみたいな話に苦笑いが浮かんでしまう。
そういった話は幾度となく読んでいたが、まさかフィクションが自分の身にノンフィクションとして降り掛かるとはね。
読む度に思っていたけれど、これって普通に誘拐だよな。事前の連絡も了承も無しに勝手に連れて来られてるんだから。
誘拐の目的は……、テンプレ通りなら、魔王なりなんなりと戦わせようって事なんだろう。
「ステータス」
テンプレに則り、声に出して呟いてみる。
「お~」
テンプレ通りだが、改めて自分の情報が文字として表示されると、なんかRPGみたいでわくわくするな。
レベルに基礎ステータス、スキルは……と、色々並んでいるが、どれも見ただけでヤバそうな匂いのする文字ばかりだ。これはあんまり人に見せない方が良いかも知れない。
ザックリと自分のステータスと、いくつかのスキルの使い方を確認する。それが終わったら次は今後の事を考えよう。
まず、ここは今まで俺が住んでいた世界とは違う世界だという事。
であれば、まずは帰る手段の有無が最重要確認事項となる。
後はテンプレをなぞりながら、明日の謁見の会話を想定し回答を準備する。まぁ、実際に行われる会話がテンプレ通りとは限らないから、あくまで心の準備ってだけのものだ。
ある程度考えを纏めたところで横になる。後は明日の謁見の結果次第だ。
そうして俺は、自宅の安物とは比べ物にならない、やたらと寝心地のいいベッドに体と意識を沈めていくのだった。
§
メイドさんの声で起こされる朝と言うのは、なんとも素敵なものであった。
室内のテーブルに準備された朝食を取り、食後のお茶を楽しんでいると、謁見の準備が出来たとかでメイドさんが呼びに来る。
部屋の前で騎士っぽい格好をした男が謁見の間まで案内すると言われたので、その男の後をついていくことにする。
ついでにスキルでその男のステータスを覗いていたが、昨日見た俺のステータスと比べると低過ぎるなんてもんじゃなかった。
王城に勤める騎士なのだから、実力の無い人間がなれる訳は無いと思うのだけれど、大人と子供どころか、蟻と象位の差があるんじゃないかって思った程だ。
謁見の間に着くまでに何人か騎士っぽい人間のステータスを確認してみたが、どれも似たような値だった。なので、これがこの世界の平均と言うか常識的な値なのだろう。
改めて自分の規格外さ加減にビックリだ。
§
そんなこんなで謁見の間と言う所に到着。
やたらとデカい観音開きの扉の前で待機していると、中から扉が開かれるのでそのまま部屋の中央を進む。
軽く設けられた段差の一歩手前で立ち止まり、片膝をついて首を垂れる。
そうしていると、
「面を上げよ」
と声がかかるので、顔を上げて国王と顔を合わせる。
ここまでが今朝メイドさんに教わった謁見におけるお作法。
正直納得してないけどな。なんで誘拐されてきた人間が誘拐犯の親玉に敬意を払ってやらにゃいかんのだ。
まぁ、波風なら後でいくらでも立てられるので、今は我慢してあげる事にするけど。
つくづく俺って大人だな。
で、改めて国王陛下とやらのご尊顔を拝見する。
精悍な顔付、と言って良いだろう。年月による皺が深く刻まれているけれど、若い頃はさぞやイケメンだったであろう事が窺える顔だった。
一部残念な事になってるけどな。
で、こっちがそのまま黙っていると、王様が勝手に喋りだす。
まぁテンプレ通りだった。
曰く、
人間の住むこの王国と、魔族の住む魔国とは長い間戦が続いている。
魔族は人間と比べて身体能力や魔力に優れていて、今は数の優位でなんとか互角に戦線を維持しているが、彼我の損害を考えるといずれは戦線が崩壊してしまうだろう。
そこで、戦況を打開する最強の一手として、今回の勇者召喚を行った。
との事。
つかさ、
『召喚に応じ馳せ参じたお主を歓迎しよう』じゃねぇよ。
応じてねぇよ、一方的に連れて来られたんだよ。
あと『歓迎』ってなんだよ『感謝』の間違いだろ、別に来たくて来てやった訳じゃねぇよ。
そんな事を考えていたら、王様の話が終わったようなので、今度は俺のターン。
「幾つか確認させて頂きたい点が御座いますが、宜しいですか?」
「良かろう」
どこまでも偉そうだな、このおっさん。
「『勇者召喚』とやらで私はこの世界へ招かれたとの事ですが、元の世界に戻る方法はありますか?」
「残念ながら、この国に伝わっているのは勇者を『召喚する方法』だけでな、元の世界に戻る方法は魔国に有る。魔王を倒す事で、その方法も知る事が出来よう」
はい、まずは一つ。
「うっ……」
王様個人に向けてスキルの一つ『威圧』を弱めに発動する。
「では、以前に召喚された勇者の記録があれば拝見出来ますか? 先の勇者たちがどのような戦いをしたのか確認したいのです」
「ゆ、勇者達の記録は、長い歴史の中で全て失われてしまってな、最早何も残ってはおらんのだ」
はい二つ。
「くっ……」
『威圧』を1段階引き上げる。
「そ、そうだ! 魔王を討伐した暁には、この国の王女との結婚を認めよう!」
王様が慌てたようにそう言うと、王様の横に控えていた女性が一歩進み出て綺麗なお辞儀を見せてくれる。
これで三つ目か……。
顔を上げた王女様の姿を確認する。
艶やかで長い髪、整った面差し、スタイルも良い。
こんな美女との結婚が対価なら、魔王討伐も悪くは無いかなと思えるよね。命がけの労働に見合っているかは置いといて。
「確認させて頂きますが、『魔王討伐』の対価が『王女との結婚』という事で宜しいですか?」
「その通りだ」
「では、現時点を以て、王女殿下と私は、『婚約者』となったという認識で宜しいですか」
「うむ」
はい、言質頂きました。
「それでは『契約成立』と言う事で」
「う、うむ」
同意も頂きました。
話は以上との事なので、王女と二人で話がしたい旨を伝え、俺は謁見の間を辞した。