第七話 恵まれた環境が生むのは失敗作である
時は4月4日、ついに入学式の前日。
突然の転生だったが元の人生がひどすぎたせいか、意外と楽しく、そして冷静に過ごすことができたと思う。
立派な住居、無限の富、そして最高レベルの美貌。
女神のサポートはいずれも実に高い水準のものであり、文句のつけようがなかった。
そう、文句のつけようがない。
それがいけなかったのだ。
俺は今地面に額をこすりつけている。
必死に。
ただひたすらに。
俺は神の怒りに触れてしまったのだ、嘘偽りない本当の神の怒りに。
「顔を上げてください、ゴミムシ」
「こんな時でも敬語を使っていただけるなんて、さすがの徳の高さ。しかし逆にちょっと怖いというか……」
「は?」
「なんでもございません」
俺は再び額を、いや顔面を地面にこすりつけた。
床を突き破る勢いでこすりつけた。
あっつ! 摩擦熱!
「私はなぜあなたを魅力的な容姿にしたと言いましたか」
「円滑なコミュニケーションを図ることができるからです」
「あなたにその体について聞かれたときに何と答えましたか」
「一般的な女性の体であると」
「その通りです」
そうなのだ。
これはあくまで一般的な女性の体。
魔法の肉体ではない。
「そして私は何度か忠告しましたよ? どうも効き目はなかったようですが」
確かに彼女は何度か忠告していた。
俺の未来を示唆していたのだ。
俺はもう一度顔を上げ、上体を起こし膝立ちになり、そして立ち上がった。
レビと目が合う。
恐ろしく冷たい視線、俺でなきゃおもらししてるね!
……いや、ちょっと出てるわ。
俺はゆっくりと体を縮め、そこから勢いよく先ほどの体制に戻る。
その振動はまさに地鳴り。
緩急をつけた完璧な土下座、俺でなきゃ足つっちゃうね。
……いや、ちょっとイッたわこれ、なにこれどうしよう、つったですむか? この痛み。
だが今俺がやるべきことはただ一つ。
「クソ太ってすいませんでしたぁぁぁぁぁ!」
彼女が作り出したこの天国で映画見て、スポーツ見て、無限の富で買ったお高いスイーツや高級な出前を食っちゃ寝て、食っちゃ寝食っちゃ寝を繰り返した結果、169センチ44キロという驚異的なモデル体型は見る影もなくなり、169センチ92キロのまごうことなき関取体型に変化したのである。
いやでも関取としては軽いと思うんだよね。
そんなことない?
え、そういう話じゃない?
これにはさすがの女神も頭を抱えてしまい、なかなか言葉が出てこない。
「1か月で約50キロの増量って……。一応聞きますけど、言い訳あります?」
「そうなんですよ! 1か月で50キロの増量っていくらなんでもおかしい! 食べ物に何か入れたでしょ!」
「知りませんよ、合成添加物じゃないですか」
合成添加物でそんなに太るわけがない。
というか……。
「レビだって俺と同じくらい食べてたでしょ! なんで全然太ってないんだ!」
「体質です」
あー、なぜ女性たちがこの返答にやたら目くじらを立てるのか疑問だったが、今ならわかります、ええ。
殺意。
「使わないのにエネルギーを蓄えすぎなんですよ、ほらこれ見てください」
彼女がそう言うとテレビ画面に映像が流れ始めた。
そこに映し出されているのはリビング、そして部屋から起きてきた俺。
当たり前のようにこういうことをされるとビビるんだが。
「これは私が特に気になったオウシキの1日です」
三月十七日
午前九時 起床
寝ぼけ眼で起きてきた俺はとりあえず冷蔵庫を開ける。
ビフィズス菌ヨーグルトとイチゴジャムを手に取り、テーブルに置く。
スプーンをとりに奥に行ったはずの俺の手にはポテトチップス二袋と炭酸飲料二本が。
さらに三枚切り食パンを二つオーブントースターにセットし、その上にケチャップやスライスチーズ、サラミなどをのせていく。
「いや、どんな朝食ですかこれ」
「おいしそうだしバランスも良くない?」
「家庭科の授業受けました?」
ヨーグルトのふたを開け、そこにジャムをぶっこむ。
そしてそのまま食していく。
「せめてスプーン使い分けてくださいよ」
「それは俺も引いてます」
マジかよ、不潔すぎるだろ。
これが俺なのか、飯喰らいモンスターとなった俺の。
ヨ―グルトを半分くらい食べ終わったところで、残りのジャムを全部ぶっこんだ。
「全部使い切るならさっきのもそんなに不潔じゃ……すいませんでした」
やっべーよ、女神スマイル超怖い。
トーストが焼きあがるとそれを皿に移し、飲みかけの炭酸とポテチとともにリビングのソファへ。
寝転がってテレビをつけ、ジャングルプライムビデオを視聴。
トーストやポテチはぼっろぼろにこぼれている。
その日のチョイスは映画ハングオーバー。
どう見ても俺の方がハングオーバーである。
体重もオーバーである。
「動きだけじゃなくてボケのキレも落ちてますね」
「え、声出てた?」
「なんとなくわかりますよ。どうせ映画ハングオーバー、俺ハンバーガーとか考えてたんでしょ」
「いや全然違う」
そこからはひたすら俺の怠惰な生活の垂れ流し。
「全部見てたら日が暮れるし、見る価値もないので要点だけ見せます」
ちょっと顔赤いな。
恥ずかしかったのかな、ハンバーガー。
「今見せたように暴飲暴食の限りを尽くし、寝転がってはテレビを見続け怠惰な生活を送ったあなたは今やこんな姿に。あなたが一日に摂取したカロリー、平均どのくらいだと思います?」
「わかりません」
「四万キロカロリーです。一日に大体カレー四十杯食べてるくらいのカロリーです。一番食べた日じゃなくて平均がですよ?」
「あ、でもそのくらいなら大食いの人とか食べてそうじゃない?」
「あの人たち毎日大食いしてるわけじゃないと思いますけど。それとオウシキは野菜全然食べてませんよね、栄養バランスも傾いてます」
「ジャガイモいっぱい食べたよ!」
薄くスライスして揚げて塩振ったやつとか、棒状にカットして揚げて塩振ったやつとか。
「太りすぎて文字通り面の皮も厚くなったみたいですね。やはり地獄行ですかね」
「ほんとすんませんっした」
素早く土下座をかます俺。
少し顔を上げて彼女を見ると、頭を掻きながら何やら思案している。
そして苦い顔をしながら顎を撫でる。
「今回はあなたをもとの体型に戻します」
「えっ! できるの!? やったーー!」
マジか!
なんだかんだ言ってさすが女神。
普段はクズだしクレイジーだしいいとこなしだがさすがだぜ。
「一応あなたのサポート名義で来てるのに、あなたがこのざまじゃ私の高校生活が台無しです」
サポート?
なんの?
グーたら生活の?
「あなたに渡す金銭も考えたほうがいいですね、自由に使わせるわけではなく」
まあそれは確かに。
転生してからの金遣いは異常だった。
ホスト狂いか、やけになったやつか。
そのくらいの使い方をしていた。
「もし次こんなことになったら……、分かりますよね」
「はい」
レビは氷のような笑顔でこちらに問いかけた。
やっぱり人って笑顔が一番怖いと思います。
人じゃないけど。
レビがこちらに手をかざすと、見る見るうちに体が細くなっていく。
うわぁ、服ぶかぶかでエロい。
ていうかこっちでも神の力みたいなの使えるんだ。
パン、と手をたたき先ほどとは打って変わってニコニコ笑顔に変わったレビ。
「さあ、明日はついに入学式です! さあ、かましてやりましょう! えいえいおー!」
おー。
うーん、俺が言うのもなんだけど不安だ。
少しの期待と特大の不安を胸に、明日俺は二度目の高校生始めます。




