第五話[1] ホラー映画は苦手です
「会議をします」
「なんですか。外食してみたかったのに」
「しただろう、スノバで」
「カフェを外食というなんて、もはや哀れです」
「見ろこのレシート。十パーセントの税率がかかっているだろう? よってあれは外食だ」
「先が思いやられますよ」
「あんたにだけは言われたくない」
ショッピングモールから帰宅した俺たちは今、コンビニで買ってきた弁当を目の前にダイニングで対面している。
俺は気づいてしまった。
いや、気づかされたと言った方が正解だろう。
たかだか三時間足らずの外出でこのありさま。
これで高校なんて行ってみろ。
無駄に美人な二人が孤立して終了である。
寄ってくるのはワンチャン狙いの脳みそ下半身人間だけ。
この体についてだって聞きたいことは山ほどあるが、とりあえずこのダ女神を何とかしないことには始まらない。
「まずあなたには名前が必要です」
彼女はきょとんとした顔をしている。
「女神です」
「違う違うそうじゃない」
くっそこいつ、全然人間社会分かってねーじゃねーか。
ニワカだよニワカ。
「日本人に女神なんて名前の子はそうそういない。だからサービスカウンターのお姉さんも笑ってたんだ」
「あの態度はどうかしてますよ。人の名前で笑うなんてプロ失格です」
「お前職業も女神とか言ったらしいな。年齢なんて概念はありませんとか言ったらしいな。そりゃ笑うわ!」
「あんな低所得者が私を笑うなんて許されませんよ。彼女には死後、永遠に周りから嘲笑され続ける悪夢を見せてやりましょう」
復讐こっわ。
容赦というものを知らないのかこいつは。
「まあでもこっちでうまくやっていくには少し不向きなんだよその名前。どうだ、こっち用の名前造ってみないか? 人間っぽい名前。真の人間社会オタなら容易だと思うが」
「やりましょう」
ちょろいな。
「しかし人間の名前は種類が多すぎます。特に日本人は漢字もありますし。全員何代目とかでいいと思うんですよ、三代目オウシキみたいな」
いやそんなどっかのダンスユニットみたいな。
「つーか三代しかないの黄色家って」
「知りませんよそんなの、興味ないし」
あー、そう。
まあ俺もないからいいけどね、別に。
「難しいなら女神はそのままでいいんじゃないか、読み方だけ変えて」
流行りのキラキラネームという奴だ。
確か当て字でもオッケーだったよな。
「女神とか女神とか、そんくらいならギリイケるだろ」
彼女は心底いやそうな顔をして唇をプルプルさせた。
腹立つな、なんだこいつ。
「なぜ真の女神である私がこの世界の愚民どもが造った空想のキャラクターの名前なんて名乗らなきゃいけないんですか。何ですか、ぱっぱらぱーなんですか。そうですよね、知ってました、ただの確認です」
うっっっっっぜぇぇぇ!
何なんだこいつのウザさは。
こいつを見てると人間は顔じゃないというのがよくわかる。
まあ人間じゃないけど。
てゆーか見た目と中身の不一致が激しすぎるんだよ、今すぐその茶髪ロングゆるふわおっとり巨乳お姉さんの体から出ていけ。
「もう何でもいいから早く決めてくれよ、ほかにもやりたいこといっぱいあるんだよ。……そういえば俺の名前ってそのままなの?」
「あー、別にいいんじゃないですか。違和感ないですよ。興味もないです」
あっ、そうですか。
せっかく女の子になったんだからもっとかわいらしい名前にしてみたかった気もするが。
例えば花とかきらりとか。
この顔には合わないか。
身長も高いし。
俺の理想だから169くらいか?
「わかりましたよ、数日いただければ名前に関しては決めておきます」
彼女は弁当のふたを開け、生姜焼き弁当を食べ始めた。
「うーん、ぼちぼち」
「天下無敵の生姜焼き弁当をぼちぼちって……。経歴とかってどうするつもりなんすか、俺もですけど」
彼女と僕はこの世界にとって突如紛れ込んだ異物のはずだ。
当然小学校、中学校の卒業は証明できないし戸籍すらあるのかわからない。
「問題ありません。私たち二人は天界幼稚園、天界小学校、天界中学校を卒業したことになっています」
なんだその宗教チックな学校。
「両者とも親は海外赴任、職業は適当に考えといてください。戸籍は問題なく存在しています。私に関しては名前を書き換えなくてはいけないようですが」
「学費は」
「もちろん問題ありません。家賃、ガス代、その他諸々大丈夫と言ったんですから学費も問題ないでしょう、普通。少しは考えてから喋ってください」
このやろう、確認だ確認!
「それにこの高校どうなんだ? 偏差値とかさ」
「全国の平均的な高校のレベルを鑑みて、ちょうど中間をとれるようにしました。偏差値は53から56といったところでしょうか。一般的な公立高校です」
「いやちょっと待て、俺の偏差値知ってるだろ? 38だぞ! ついていけるわけ……」
「知っていますよ」
彼女は食べる手を止め、いつになく真剣なまなざしでこちらを見つめている。
腐っても女神、迫力は段違いだ。
「知っています。あなたがなぜ自分の実力に見合わない学校に通っていたのかも、あなたの本来の能力も」
俺は黙り込むしかなかった。
「まあでも、暗い人生を送ったのもチビデブだったのも自分のせいですから同情の余地はありませんがね」
「チビは遺伝だ」
彼女は席を立ち、二階へつながる階段を上る。
「では私は女神である私にふさわしい名前を考えるべく、PCで調べ物をしてきます」
「ちょっと待ってくれ、俺の体について聞きたいことがまだたくさん……PCあんの?」
「それはまた今度、一階の部屋は自由に使っていいのでそこで寝てください」
そう言って彼女はすたすたと二階に消えていった。
二階使っちゃいけないのかよ。
ていうかやっぱり同棲なのかよ。
つーか弁当のごみ捨てて行けよな。
それに結局買いやがったこの大量の服たち。
どうすりゃいいんだよ。