第三十五話[2] 八方美人って聞くと八宝菜が思い浮かぶ
今日も今日とて青浜高校一年一組は合唱練習。
そろそろダンス練習も始まるらしく、やってらんねぇなおいである。
練習の状態は、まあ相変わらずという感じ。
そうでなきゃこれから俺たちのやることも意味ないしな。
まあ簡単に言えば、意図的に内紛を起こすのだ。
俺がやる気ない感じを出してレビがそれをたしなめる。
杏子が間に入り、最期に鶴井さんが思いのたけをぶつける。
台本いる?ってくらい薄い内容の作戦だが、まあ何とかなるだろう。
「じゃあ二回目いきまーす」
「オウシキ、いきますよ」
「了解」
レビは杏子と鶴井さんにも視線を送る。
頷く二人。
指揮者の橘さんがすっと手を上げる。
目が冷たくて怖いんだよね。
それを見て一斉に足を肩幅に開き、手を後ろで組む。
レビさん?
遅れましたね?
こっそり足をスライドさせてもバレてますよ?
橘さんが手をふり、韮崎君が鍵盤をはじく。
はじまった。
一番は普通に歌ってよかったんだよな。
それにしても隣から聞こえてくるレビの声は、実に美しい。
女神にふさわしいというかなんというか。
アルト音域なのにかっこよさより優しさが際立つ独特な歌声。
バラードが良く似合いそうだ。
そんなことを考えているうちに曲は二番へ。
しっかしこの寸劇かました後、嫌われるだろうなぁ俺。
なまじ顔が言い分、余計に攻撃対象にされそうだ。
そしたら今度こそさよならかな。
俺は予定通り二番を全く歌わない。
隣のレビがそれをカバーするように声量を上げる。
ラストパートが終わり、橘さんが手を下ろしたと同時にレビが俺をにらみつける
。
にらみ……。
にやけてね?
「ふふっ」
笑ってるじゃん。
「おいっ、オウシキ!」
おいって何?
そんな喋り方じゃないじゃん普段。
「二番ちゃんとうたったか!」
敬語は?
キャラ崩壊してんじゃん。
ずーっとへらへらしてるし。
語尾に単芝ついてるよ絶対。
杏子も鶴井さんもこれには苦笑い。
レビがここまで大根だったとは。
このままではまずい。
「いやちゃんと歌ったけど」
「そうか!」
そうか!って。
明るい親戚のおじさんみたいな。
背中バンバン叩かれそうだよ。
「違う違う」
さすがにまずいと思ったのか、彼女はこほんと咳をして笑いを抑える。
顔を上げたレビの表情は鋭いものに変わった。
すごい迫力だな。
指一本ふれられてないのに後ろに吹き飛ばされそうだ。
「歌ってないですよね。なんでですか?」
「だから歌ってたって」
「隣にも聞こえない声でですか?」
「それはレビの声がデカいからでしょ」
「あなたがサボってる分までカバーしたんですよ」
クラスの動揺は既に静寂と僅かなざわつきをもって証明されている。
俺とレビは相当仲がいいと思われているみたいだし、そんな二人が突然衝突すればこうもなるか。
レビの演技がうまい分、最初のへらへらもむしろマジで怒ってる感を醸し出す結果となった。
「ねぇ、ちょっと落ち着こう?」
杏子がタイミングを見計らって間に割って入る。
ごめんよ杏子。
演技とはいえ杏子にそんな顔させたくなかったよ。
……。
どう? 決まった?
「私は落ち着いてるけど。ていうか別にサボっててもよくない? なんで絶対歌わなきゃいけないみたいになってんの?」
「学校行事ですよ? 当り前じゃないですか」
「みんながみんなレビみたいにうまく歌えるわけじゃないんだよ。学校行事だから? だから何って感じだよね」
俺とレビの舌戦は続く。
申し訳ないが若干本心も混ざっているため、するすると屁理屈が出てくる。
「やりたくない人がいるのと同様に、ちゃんとやりたい人もたくさんいるんですよ。学校側から課されたものなのだからやりたい人がいるのならばそちらが優先されてしかるべきでは」
「権力の影をちらつかせて優位を取ろうってか? ヒューリスティックって言うんだろ、そういうの。正義面する奴はいつもそうさ。『正しい』という言葉を盾に自分の意見を通したがる。今話してるのは私とレビでしょ? 一般論なんてどうでもいいから、私だけを見て喋ってよ」
「えっ、へへ、うん……」
え、なんで照れてんの?
……、あ。
やめろ! こっちが恥ずかしいだろうが!
「私と向き合ってってことだから! てか杏子もそう思うでしょ?」
「え?」
ごめんよ杏子、巻き込んでごめんよぉ。
「バスケ部だって忙しいんだから早く帰りたいよね。三年生も引退して新体制でしょ? アピールだってしたいじゃん」
「いや、まあ……。でも放課後三十分は全学年全クラスあるわけだし」
「本気で優勝狙うならいいけどさ、このクラスそんな感じじゃないじゃん? だったら三十分無駄じゃない? シューティングした方がマシでしょ」
「まあまあ、オウシキちゃん。どうしたの、なんかあった?」
「そうだよ、ちょっと落ち着いて」
最初に動いたのはアズマックスと扇美か。
まあ想像通りだ。
一方レビの方は杏子と杉咲さん、それに小谷さんが話を聞いている。
杉咲さんが出てくるのもイメージ通り。
オカン小谷さんもさすがと言ったところ。
「だから落ち着いてるって。男子だってまじめにやってないじゃん。めんどくさいんでしょ?」
「いやいや俺らは真剣に」
「めちゃめちゃずれてるの女声の方にも聞こえてきてるよ? 真面目にやりたいんだったらその辺話し合ったりした? 口先だけ真面目ぶるんだったら黙っててほしいんだけど」
これにはさすがの扇美君も引き気味。
やっべ、やりすぎたか。
マックスは……。
え、顔赤らめてね?
キモいんだけど。
もしかしてMの方?
「やばくないオウシキさん」
「空気読めなすぎでしょ」
「正直俺は賛成」
「気持ちはわかるよねー」
コソコソコソコソ。
まあそういうもんだよな。
鶴井さんは人の目を気にしてあまり強いことを言えないタイプだ。
それでも解決を求めて俺たちに相談をしに来た。
相当勇気のいることだったのではないだろうか。
彼女の行動に乾杯。
……。
ダサい?
完敗、つってね。
まあここからが彼女の見せ場だ。
引き立て役としてはうまくやったんじゃないかな。
「待って二人とも!」
さあ、鶴井さんオンステージ。
「ごめんみんな!」
ごめんみんな?
「全部私のせいなの!」
クラスが静寂に包まれ、視線は鶴井さんに集まる。
「私がお願いしてレビちゃんと楓ちゃんに喧嘩してもらったの!」
あれれ、おかしいぞー?
ネタ晴らしするなんて聞いてないぞー?
罪悪感に勝てなかったか。
しょうがないよな。
罪悪感に耐えられなくて浮気したこと自ら告白する奴いるじゃん。
しかも浮気するような自分に君はもったいない、申し訳ないから別れようとか言う奴いるじゃん。
あれは許さん。
勝手に一人で楽になりやがって。
童貞のくせに何言ってやがるって?
ドラマで見たんですぅー。
「あの、私、高校初めての合唱祭だし、ちゃんとやりたくて、でもみんなに言うの怖くて」
彼女は言葉に詰まりながら、うつむきながら必死に言葉を紡ぐ。
なんか泣きそうだわ。
歳かな。
「だから、二人に相談したの。そしたら、二人が、ちゃんとやりたい人と、そうじゃない人の、気持ちを代弁して喧嘩しようって。そうすれば、皆の気持ちがわかるから。杏子ちゃんも協力してくれた」
杏子はぺろりと舌を出して頭を掻く。
かわよい。
本当はもっとめちゃくちゃにかき回して、クラス中戦争にした方がよかったんだけど。
そんな時間はないだろう。
「あの、でね、何が言いたいかというと、決められた練習時間だけでいいからちゃんと練習してほしい。これからダンス練習もあるし、朝練とかも増えると思うけど、その時間だけ。その時間だけでいいから」
鶴井さんの目には少々涙が浮かんでいる。
自分の意見を言うというのは、人によってはこれほど勇気のいることなのだ。
嫌なことがあるなら言えばいい。
それができない人間はこの世に数えきれないほどいる。
声なき多数派をサイレントマジョリティーなんて言葉が普遍的なものになったが、声も出せずに泣いている人がいることをもう少し多くの人がしてくれればいいものだ。
「ごめん真理子。私遊び半分でやりすぎたかも。杉咲動きます」
いやそれ動かないやつ。
「俺も自分のことだけ考えてた。ありがとうオウシキさん」
「えっ、私?」
「うん。いくら自分が音程取れてるつもりでも、周りと合わせられなかったら意味ないもんな」
「扇美君? さっきのは喧嘩するために無理やり探した粗というか」
「でもその通りだと思ったよ。自分はできてるからそれでいいって思ってた。個人競技じゃないのにね」
ないのにね、微笑み。
じゃねーよ。
そこまで反省されるとこっちが申し訳ねーわ。
あと顔が良すぎる。
ドキドキしてしきゅ……。
間違えた。
胸が熱いわ。
杉咲と扇美を味方にすればこっちのもんだ。
この二人の影響力はけた違い。
この日この瞬間から、一組は否が応でも真面目に音楽祭と向き合うことになる。
だっる。
とは言えないのがこの俺様なんだよなぁ。
放課後練習も終わり、クラスのみんなは部活に行くなり帰宅するなりで教室を後にした。
「ありがとうレビちゃん」
「いえいえ」
「杏子ちゃん」
「私は何もしてないよー」
「それに楓ちゃん」
「お気になさらず」
ふっ、今度こそ決まったな。
「なんというか、本心をぶつけたのって久しぶりな気がする」
「清々しましたか?」
「うん!」
だろうな。
昨日とは比べ物にならない清々しい笑顔だ。
随分悪役をやらされたが人助けになったのなら良しとしよう。
随分つかれたし今日は帰ってゆっくり寝よう。
そんで明日も……。
「でね、明日から朝練始めることになったの! 七時半集合ね! じゃあまた明日!」
……。
「レビ」
「はい」
「合唱ってクソじゃね?」
「全面的に同意します」




