第三十話 チルウェイブよ、もう一度
『あなたよ 平和の亀 大地参考』
「かえではどれがいいと思う?」
「平和の亀かな。テンポいいし。杏子は?」
「うーん。あなたよかな。かっこいいし」
今日は音楽祭の合唱曲選び。
最近はJポップを歌うクラスなんかも増えたそうだが、うちのクラスはどうやら安パイをとるようだ。
ま、そのほうが先生の評価とかも高いだろうしね。
それにしても杏子はかわいいなぁ、ぐへへ。
早く彼氏と別れないかなぁ。
あ、でも杏子が傷つくのは嫌だな。
これが囚人のジレンマという奴か。
……違いますね。
結局一組の合唱曲は『あなたよ』に決定した。
合唱曲にしては近代ポップ感もあり、他クラスとも被りそうな人気曲である。
露骨に実力差が出て片方のクラスがかわいそうなことになること請け合い。
指揮者は吹奏楽部の橘さん。
余談だけど漫画とかラノベの登場率やばいよね、橘さん。
漢字もかっこいいし、響きもいいもんね。
ピアノはコーヒー中毒韮崎君。
あの洒落メガネピアノできたのか。
かっこよすぎんだろ。
「あ、終わりました?」
「終わったよ。どこ行ってたの」
「自販機に」
レビは手に持っていた缶コーヒーをぷらぷらと揺らす。
学活の時間とはいえ一応授業中なんですけどね。
「女神ちゃんパートはどっち?」
「パートとは?」
「女子だとアルトかソプラノだね。声質的に女神ちゃんはアルトっぽいかなー」
確かにな。
俺も杏子もアルトっぽいけどね。
そもそもあんまりソプラノっぽい子っていないよね。
「ダンスの振り付けの方は斉藤さんと杉咲さんに任せるという事でいいですか?」
学級委員の鶴井さんの言葉に、皆無言で拍手をする。
斉藤さん。
サッカー部のマネージャー体験の時にさんざん言われたからな。
未だに思い出すとちょっとイラつく。
杉咲さんは陽キャって印象が強いな。
初めて喋ったのは身体測定の時だったかな。
この二人ダンスできたんだな。
「使ってほしい曲とかあったら教えてねー!」
杉咲さんは立ち上がって手をぶんぶん振った。
使ってほしい曲か。
「提案してみたらどうですか?」
「え?」
「好きですよね、そういうの」
やばいな。
顔からウキウキが漏れ出てたのか?
正直めっちゃ語りたいもん。
ダンスミュージックとか大好きだもん。
かっこいい曲いっぱい知ってるよ?
「でも正直だるくない? オススメとかされるとつかわなきゃいけない感じ出るし」
「そうですね。マジだるいです」
「やめとくわ」
好きなバンド聞かれて嬉しくなって語りまくってたらスゲー引かれたときの顔が脳裏に焼き付いて離れないんだ。
「かえで音楽好きなんだ! どんなの聴くの?」
待て杏子。
俺の心のドアをノックするのはやめてくれ。
語りたいという欲求が、俺の内側で子どものように駄々をこねる。
「いや、でも、私の聴いてる音楽ってちょっとマイナーなのばかりだから」
「最近私ちゅぽティファイ入れたから大丈夫!」
「え、じゃ、語っちゃおっかな」
「わお、ウザい!」
やめてレビちゃん傷つくよ?
「addkidoutとかntrlsoundとか好きかな。チル系の電子サウンドなんだけど、落ち着きの中に独特の癖と主張があってね。まあチル系ならエレクトロじゃなくても好きなんだけどね。例えばネオンコンキスタドールとかロイトモアとか。あ、でもJポップも普通の洋楽も聞くし、流行はちょっとわかんないかもしれないけど。あ、でも二年前くらいまではベルボードも全部見てたし、でも日本の売り上げチャートは見てないんだよね。握手券付きのCDとかは無条件で売り上げ伸びるし、そういうのが入ってくると……」
あ、やっべ。
これやったか?
レビは当然のように苦い顔をしている。
知ってる知ってる。
お前はそういう奴だよね。
杏子は……。
「あはは、聴いてみるね」
苦笑いきっつぅー。
「ふ、二人はどんなの聴くのかな」
「私はあんまり聞きませんね」
「そう言えばレビがイヤホン入れてるのあんまり見たことないな」
「部屋ではラジオ聞いてますけどね」
「あー、ドア閉めてるときか」
「なんでオウシキの隣でラジオ聴かなきゃいけないんですか」
「そんな近くまではこなくていいけども」
一人でラジオなんてなかなか陰なことしてくれるじゃないか。
ちなみに俺はサタデーナイトドリーミンが好きです。
あれ有料会員にならないとエリアフリー聴けないんだよね。
「杏子は?」
「え、あ、あー、流行の曲ばっかり聴いてるなー」
ん? なんだ?
明らかに杏子の挙動がおかしくなった。
俺とレビをちらちら交互に見ている。
しばらくその動作を繰り返したのち、気まずそうに問いかけてきた。
「二人って一緒に住んでるの?」
「……」
やべべべべ。
完全に油断してた。
いや、バレちゃいけないわけではないんだ。
ないんだけども。
「そ、そうなんだよね! あのー、親同士が忙しくて仕事が仲いいから!」
「私とオウシキの両親は友人同士なんですよ。四人とも仕事で海外に行くことになってしまったんですけど、私たちは日本で高校生活を送りたくてこっちに残ることにしたんです。最初は心配だしついて来てほしいって言われたんですけどねっ」
レビはそう言ってこちらにパスを出す。
息をするように嘘つくなこいつ。
でも助かった。
「そうそう。二人で住むなら多少は安心か、ってことで許してもらえたの。隣にパパの知り合いの男の人もいるし」
いないけどね。
ごめんね杏子。
人間が人間である条件の一つが嘘をつくという事なのだと俺は思う。
「へぇー、いいなぁ。楽しそう。今度遊びに行ってもいい?」
「も、もちろん!」
マジ?
おうちデートマジ?
「ご両親何の仕事してるの? いやだったら答えなくていいんだけど」
「えっ、あー」
海外出張って設定だよな。
それなら。
「パパが商社マンでママが通訳だよ」
「うわぁ、超エリートじゃん!」
「レビちゃんは?」
「うちは産業スパイですね」
いやなんで?
なんでそんな面倒な設定作ったの?
産業スパイだとしたら絶対言っちゃだめだしね?
「母親はB勘屋ですね」
絶対だめだね、それはね?
両親犯罪者になっちゃったね?
海外出張っていうか高飛びになっちゃうからね?
「び、びーかんや? ビンカン? ごみ収集の人?」
知らなくていいよ杏子。
綺麗なままの君でいて。
「イリヤマの親はどんな仕事してるんですか?」
「えっとね」
杏子は天井を見上げてから人差し指をピンとたて、どや顔で答える。
「どろぼう!」
嘘がかっわいー!




