第十六話[2] タガタメ
「おーいマネージャー! ボトルは?」
「はいただいまー!」
バスケ部で死ぬほど運動した俺らは、地獄のような筋肉痛を引き連れてサッカー部のマネージャーとして仮入部。
今俺はボトルに飲み物を入れたり、洗ったり、ビブスをたたんだり。
なんだこのクソ部活。
これがみんなあこがれのマネージャーなの?
全然楽しくないんだけど。
「体験に来た一年生ってあんたたちだったのね」
彼女は流しにボトルを置いた。
確か同じクラスの斉藤さん。
なんだ? 洗えってか?
「人手が増えるのはいいけど、冷やかしなら帰ってね」
は?
なんだその言い方。
てめーも一年だろうが。
「いるのよね、モテたいって理由だけでマネージャーになったりするやつ」
あ?
てめーは違うんか?
お?
あながち間違ってないから否定はできないけどね。
「じゃ、それよろしく」
しっかしなぜこう高圧的なんだ?
確かこいつにもレビがあだ名付けてたな、なんだっけ。
えーっと。
「読モ気取り」
「あ?」
「何でもありません」
「終わりましたー」
「ありがと、その辺に置いといて」
洗い物を終え、ようやくコートに戻ってきた。
返事はしてくれるものの、マネージャーの先輩からはあまり歓迎されている気はしない。
ちょっと前世を思い出すわ。
まあ体験入部の奴なんかに良くしてやる義理はないのか。
人数も足りてるし。
「お、オウシキちゃんじゃーん」
「東君」
そういやこいつサッカー部だったな。
「何? マネージャーやんの?」
「うーん、考え中」
ぜってぇやらねぇ。
「おい東、何やってんだ?」
「友達と話してたんだよ、体験入部の」
「うわっ、マジかわいいじゃん! レビちゃんといい、一組恵まれすぎだろ!」
「お、後輩ちゃん? マネージャーは何人いても助かるから、ぜひよろしくね!」
「……はいー」
おいー、チャラそうな先輩おいー。
何余計なこと言ってくれてんだてめー。
痛い痛い、ほかのマネさんの視線が痛い。
お前ら二、三年は今いるマネージャーを大切にしろや。
合法ハーレム築こうとしてんじゃねーぞ。
「あ、あの、レビと仙徳さんは?」
「それならあっちに」
あっち?
コートではサッカー部の面々が部内戦をしている。
まさかピッチに?
は、さすがにいないか。
ん?
「三十一番、もっと絞ってください! ハーフディフェンダー、ポジショニング意識!」
そこには眼鏡をかけ、iPedを見ながら指揮を執るレビの姿が。
……何してんの?
「あの、これ何?」
「あ、オウシキさん。お疲れ様です。鈴木さん、マネージャーの仕事ほっぽり出してずっと選手のプレー見てて、たまーに細かい指示出してたんだけどね」
仕事しろや。
「それがどうも的確だったみたいで、監督が指揮取ってない方のチームの指導を」
まああいつのサッカー好きは知ってるし?
百歩譲って指揮を執るのは大目に見よう。
ただ。
「くそっ、何やってるんだ! もっとボール回せ! 相手のスキを突くんだ!」
「そ、そんなこと言ったって……、あ!」
「こらー、何をやっとるんだぁ!」
監督が率いるチームはまるで有効なパス回しができておらず、横パスをひっかけられている。
そして。
「またカウンター決まったぁ! いったいどうなってるんだ、もう四対ゼロだぞ!」
強すぎんだろ。
何処の名将?
「ディフェンダー適当に蹴るな! グラウンダーでつなげ!」
クイッ、じゃねーよ。
iPed、ハーフディフェンダー、つなぐディフェンダー。
完全にナーグルスマンだろ。
「くそぉ、俺が積み上げてきた三十年はなんだったんだ」
監督へこんじゃったよ。
「時に経験は固定観念となり、成長を止めるのです」
監督はフッと笑った。
笑うな。
「ちがいねぇ。たった一度の全国出場。その影を追っていつまでも古臭い戦術に固執していた。それが俺の敗因」
こくりとうなずくレビ。
「俺ももう一度、成長できるかねぇ」
「もちろんです。サッカーは常に成長します」
なにこれ?
スポコン?
「わかった。だが俺もおいぼれ、今や一人じゃあるけねぇ。どうだ鈴木、俺の足としてこのチーム、支えちゃくれねーか」
ニヤッと笑う監督。
その笑顔はどこか不敵で、歴戦の猛者の面影が漂う。
「あ、それはいいです。で、どうでした、マネージャーは」
えー、監督かわいそう。
「なんていうか、精神的につらいです」
そうね、俺としてもメスベンガルトラの群れにか弱いリスを放り込むのは気が進まん。
「何も青春っぽい部活は運動部に限りませんよ」
「うっわー、体験入部多いな」
四、五十人はいるなこれ。
つーかずんちゃかずんちゃかうるせーな。
「おっし、軽音部体験入部に来てくれてありがとう!」
ジャカジャカジャカジャーン。
うるせーなドラム。
「じゃあさっそく一曲聞いてください! サニーデイ!」
ズンチャズンズンチャ!
ブイ―――――――ン!
ジャンジャンジャンジャン!
うっせーな。
何を見せられてんだ俺たちは。
爆音の楽器と消え入りそうなか細いヴォーカル。
マイク入ってんの?
口パクじゃねーのこれ?
ベース目立ちすぎだし。
下手すぎて恐怖だよ。
体験入部に来たのに恐怖体験させられてんだけど。
「私帰っていいですか」
機嫌悪っ。
「なんですかこれ、部活なんですか。初めて楽器触ったんですかあの人たち。 体験入部ですか?」
おいおい、仙徳さんだって入部するかもしれないのにそんな言い方……。
「私もここはやめときます」
「早くない?」
「なんか自分が恥ずかしくなるので」
「どういう事?」
「運動部みたいに苦労はしたくない。だけどほかの文化部とは違いますオーラを出しているこの人たちを見ると、インスタントな青春を求めてた自分が恥ずかしい」
仙徳さんも意外ときついこと言うのね。
でもその通りかもしれない。
「最後に一つ、行きたいところがあるんだけどいいかな」
夕日が差し込む二階の渡り廊下。
「うわぁ」
そこには書道部の作品が飾られている。
横には金賞だの銀賞だのと書かれているが、素人の俺にはどれも素晴らしいという事しかわからない。
「俺には高校生らしい思い出なんて、青春なんてわからない。全くね。でも」
仙徳さんは顔を上げ、こちらを見る。
「同じものを愛する人たちが一つの場所に集い、同じ目的をもって懸命に努力し、時に衝突し、反省し、そしてより強固な絆を手に入れる。それって青春じゃないのかな」
彼女は少し虚をつかれたような表情をしたが、すぐににっこりと笑った。
「ありがとう」
その笑顔は夕日に照らされ、美しく輝いた。
仙徳さん、やっぱり大化けしたね。
良く似合ってるよ、その化粧。
「で、結局書道部に入ったんですか」
「ああ、うまくいってるみたいだぜ。中学時代は金賞取ったりしてたみたいだし」
「実力者だったんですね」
なんか転生して初めて仕事した気がするわ。
人の幸せってこんなにいいものなのか。
『友達を幸せにする』って使命、案外悪くないのかもしれない。
「で、なんですかあの決め台詞」
「え?」
「良く似合ってるよ、その化粧」
「ほうぇ! なんで知ってんだよそれ! 心理描写だったはずだろ!」
「キメて落とさなきゃ話を締められない病気なんですか? 何比喩表現使ってるんですか? もしかしてあの歌詞の作り方伏線だったんですか? イテテテテ! 何いっちょ前に伏線なんて使ってるんですか? つーか伏線にしては弱くないですか? センス家出してるんですか?」
「伏線じゃねーし! 偶然だし! 狙ってねーし!」
「それになんですか? 笑顔が最高の化粧ってことですか? くっさ! ドラマ見過ぎですよ! ジャングルプライム解約した方がいいですよ!」
「それだけは勘弁してください!」
「ふふっ」
笑い声のした方を振り向くと、部活に向かう仙徳さんの姿が。
俺たちの視線に気付くと彼女はぺこっと頭を下げ、手を振ってから教室を出た。
「まあ、今回は解約は許してあげますよ」
体育館からはボールをつく音が聞こえる。
コートからは動きを指示する大きな声が。
窓の外にはビブスを運ぶ人の姿も見える。
中庭ではドラムスティックをくるくる回しながら雑談にいそしむ人。
……。
まあ青春ってものは案外探すものではなく、そこにあ……。
「またキメようとしてます?」
……。
青春って人それぞれ!




