第十四話 たまに教師より詳しいやつがいる
「その地にセム系遊牧民のアムル人が築いたのが古代バビロニア、別名バビロン第一王朝であり……」
あー。
懐かしいな、古代バビロニア。
この名前を聞くたびに俺の脳裏には古代生物オパビニアが浮かんでくる。
目が五個くらいある超気持ち悪いやつ。
健康診断や新体力検査も終わり、俺たち新入生は本格的に授業に取り組み始めていた。
五月の終わりにはテストもある。
平凡なレベルのこの高校でも皆真面目に授業を聞いている。
まあ、まだ四月だしな。
授業中にスマホいじったり、肘をついてるふりをしながらイヤホンで音楽を聴いてみたりするのはもう少し先になるだろう。
一人を除いて。
「えーっと、鈴木さん? 何してるんですか」
「本を読んでいます」
当然、うちの女神さまである。
「教科書……ではないですよね」
「初めての麻雀入門です」
「そうですね、そしてこれは何ですか?」
「ミンドウズのラップトップです」
ダメだから。
ミンドウズ持ってきちゃだめだから。
でもワックブックじゃないところが少し好印象。
でもラップトップとかいう言い方がちょっと腹立つのでマイナス百万点です。
「私は長年教師をやってきたが、授業中にパソコンをやってる子を見たのは初めてだ」
でしょうね。
大学の講義ならまだしも、高校の世界史だからね。
「そうなんですね。IT化が進んだこの世界なら、ない話ではないかと。それポン」
「近い将来そう言った授業が当たり前のなるかもね。でもしまってね、君がやってるの麻雀だしね」
授業中に麻雀ってどういう神経してんだよ。
「すみません。でも今日の授業内容はすでに知っていたので、聞いていても時間の無駄かと」
おーい、言い方ってもんがあるだろ。
「塾で習ったのかな? でもね、学校で習うことと塾で……」
「古代バビロニアなら昔見ましたから、天界からですけど。お、リーチ。いいペースだ」
静まり返る教室。
まあそりゃそうでしょうね。
つーかこいつ人間界に適応する気あるんか。
「あ、はあぁ、ええ?」
ほらー、おじいちゃん先生困惑しちゃってるじゃん。
「いやー、さっすがレビちゃん。古代バビロニアってどんな感じだったん?」
笑いながら尋ねる東君。
おいバカ、余計なあおりを入れるな。
「うーん、なんか粘土板使ってひたすら文字書いてる陰気臭い民族でしたよ。木星を追え! とか言って」
教科書に載るような民族捕まえて陰気臭いって。
「そ、そうなんだ。古代バビロニアは高度な幾何学を利用して木星の観察を行っていたらしい。これは最近になってわかったことだ。よく勉強していますね」
あってんのかい。
「それにこの後はハンムラビについてですよね? 興味ありませんよあんな木材フリスキー。うわ、これやばいかな、振り込みかな……。ッセーフ!」
誰だ木材フリスキーって。
つーか早々にリーチなんてするからそうなるんだよ。
じゃねーや。
早く麻雀やめろ。
「で、木材がなんだって?」
レビの前の席の杉咲さんが、彼女に尋ねる。
それはね、ハンムラビ王時代のメソポタミア南部は深刻な木材不足だったから、「一本の枝でも傷つけたものは生かしておけぬ」って言ってたことからだと思うよ。
「ハンムラビ王時代のメソポタミア南部は深刻な木材不足だったから、『一本の枝でも傷つけたものは生かしておけぬ』って言ったんですよ。だから木材フリスキー」
「へー! レビちゃんあったまいー!」
一言一句おんなじじゃん
何、恥ずかしい、以心伝心じゃん、ベストカップルじゃん。
「あはは……。すごいですね……。その通りです……」
ほらー先生自信なくしちゃったじゃん。
「流局かー。ん、え、あー、それな」
適当に返事すんな。
「ハンムラビは目には目を、歯には歯をで有名ですよね。その分かりやすい法典は現代でも一定の人気を博しているけど、一方で身分によって適用される法律が違う身分法であったことも押さえておかなきゃいけないポイントです。ね、先生?」
「そうですね」
先生! 感情は捨てないで先生!
「あ、チー」
おめーはいい加減にしろ。
「ほかにも道路整備、運河を整え、かんがい施設を充実させました。さらには警察、郵便制度も整え、中央集権国家を確立。入試対策はもちろん、定期テスト対策としてもこの辺は重要です。覚えておくよーに!お、イーピンきた」
いや。
「レビせんせー! 一気に言ったからどこが大事なのか分かりませ―ん」
いやいや。
「言ったところは全部大事ですー。はいロー――――ン!」
おい。
うるさいし。
「そんなに覚えられませーん」
おいおい。
「それはあなたたちが低能だからです。あれ、チャンタって二役じゃなかったけ」
さっき鳴いたからだろそれは。
っじゃねーよ。
何授業乗っ取っちゃってんの?
しかも麻雀の片手間で。
ほら、先生見て。
もう正座してお茶飲んじゃってるよ。
教卓の上座るなよ。
湯呑どっから持って来たんだよ。
ざぶ、え、ざぶとぉん?
「せんせー」
「はいなんですか?」
お前じゃねーだろ。
「ほかに抑えたほうがいいところありますかー。人とか」
レビでいいんかい。
つーか先生全然返事しねーし。
先生って呼ばれたんだからお前が答えろ、お前が先生だろ。
つまりお前が先生……、あれ、分かんなくなってきた。
「うーん、ほかの王朝の王も同時に抑えちゃった方がいいかもです。『ギルガメシュ叙事詩』で有名なシュメール王朝のギルガメシュ、ウル第一王朝の八十年王メスアンネパダ、そして最初のメソポタミア統合者アッカド王サルゴン1世。こんな感じかな」
「ありがとうございまーす」
先生が言っちゃうんですね。
もうだめだこれ。
つーか俺にも一言くらい喋らせろ。
主人公だぞ、今のとこ俺のキャラただの語り部だぞ。
俺はすっと席を立った。
クラスの視線が集まる。
杉咲さんも、東君も、先生も、そしてレビも。
はぁー! ふぅー!
大きな深呼吸を一度、そして二度。
よし。
「授業終わります」
放課後。
「いつまで清楚ぶってるんですか? そんなことじゃいつまでたっても友達を幸せになんてできませんよ。 バカですか、バカなんですか? そうですよね、知ってました」
「あのな、元陰キャ舐めるなよ! ボッチ舐めるな! そう簡単に変わるわけないだろ! ていうかお前、一人で勝手にやりたい放題やりやがって。俺のサポートしてくれるんじゃなかったのか!」
「サポートしようにも何かアクションを起こしてくれない事にはどうしようもありませんよ! あれですか? 努力もしてないくせに俺には何らかの才能があるとか言って、何の努力もせずに根拠のない自信だけが膨らんだクソヒキニートですか! あー、っぽいですよね! 働きたくないってだけで小説家目指しちゃうタイプっぽいですよね!」
「ちーがーいーまーすー! 俺にはあんな高尚な文書けません! 俺が書いてたのはライトノベルですー!」
「確かにそうですねすいませんでした! 頭がいいとはいっても、所詮元バカ校出身ですもんね。ていうか、小説ってジャズとバーボンとせっ、あっ、あのえっちなこと知らないと書けませんもんね! 童貞のオウシキには無理ですね! はいすいませんでしたぁ!」
「セックスが恥ずかしいなら言うな! その三つはあれだろ、村雨晴太先生の小説だろ」
「無駄に長文こねくり回す自分よがりのクソ文章」
「抒情的な美しい文章!」
かぁー、なぜこいつはこう人の感情を逆なでするのがうまいんだ。
ほんと女じゃなかったらぶん殴ってるぞ。
あれ、俺今女子だからぶん殴ってもいいのかな。
そういう問題じゃねーか。
「あの!」
言い争いをしている俺たちの後ろから、彼女はひょこっと顔を出した。
黒髪の地味な女の子。
「どうしたの」
彼女は目をきょろきょろさせ、少し周りを見てから言った。
「お、お願いがあります!」
 




