プロローグ
その緑の瞳が齎すのは幸福か災禍か。
芽吹く新緑のように鮮やかな、まるで大地の寿ぎのような聖なる色の、夜闇にさえ煌々と輝く一対のエメラルドの星の、緑の目。
古代の覇者と呼ばれる王たちは総じてその緑眼の持ち主だったという。
故に、かの瞳は「覇王の緑」と呼ばれ至宝とされたが、長い歴史の変遷の中でその情報の正確性は損なわれていった。
いつしか、かの至宝を手に入れた者こそが覇者となる、と。
ニュアンスとしては元の意味も含むが、実際そう解釈する者は少ない。
至宝と称される故にそれは時に二つとない大きな緑柱石であり、時に緑の希少な鳥獣であり、時に緑色の万能薬であり、時に緑色の不思議な泉であり、時に、時に、時に…………――時代によって形は定まらなかった。
これまでも、時の潮流に生じる小さな渦のように、至宝の争奪劇は繰り広げられてきた。
そして、この時代に一人、至宝を身に宿す者が生まれ落ちた。
科学技術が進歩しても尚、未だ一部では迷信もまかり通るこの時世。
至宝を得んと占いを行い、神託に従う人間は皆無ではなかった。
「――お告げによれば、至宝は現在この場所にあるとの事です」
深夜も回った静かな一室。
赤いビロードの垂れ幕の奥の寝台。
寝台脇の蝋燭明かりで地図を広げ眺めていた一人の男が、神官からとある報告を受け取った。
書面を受け取ると寝台脇のローチェストの中から無造作に摑んだ宝石をやってさっさと神官を下がらせた。神官でありながら俗物だった男は報告一つで破格な褒美が与えられたことに狂喜し何度も長衣の裾を翻し恐縮の礼を返した。
「皆あのような者ならば、御しやすいものを……」
例の至宝の話を聞いて以来、ずっと燻ぶるように胸にあった。
得られれば覇者になれるという至宝。
自分にはそれが必要だと思った。
それが実はこの国に現存しているらしいと知ったのはここ最近だ。
そのような神託があったのだ。
「ここは、メイフィールド伯爵家の領地か。……どうしたものか」
地図をなぞる指がピタリと止まる。
だが手に入るのなら背に腹は代えられない。
何だろうと利用する。
「国の安寧のためにも、必ず手に入れて見せよう」
静かな室内に、ジジジ…と燃焼の微かな音を立て、蝋燭の炎が揺れた。