11.新しい生活
一定のリズムで聞こえてくる電子音。いつもと違った寝心地。ふと目を開けた。
天井。
琴葉。
一体何が──
「綾斗くんっ!!」
俺と目が合うなり、琴葉ら目を見開かせ涙目のまま飛びついてきた。
「いって!」
琴葉がふところに顔を押し付けると同時に、背中に痛みが走った。
「あ! ごめんなさい!」
琴葉は早急にふところから離れ、どうやら医師に注意されているようで、ぺこりぺこりと顔を下げていた。
それを見て思わず笑ってしまった。
「元気そうで何よりです、綾斗さん」
医師が目を細めた。そして自己紹介を始めた。
「あの……ここは」
「病室です。あなたは大怪我を負ったのですよ。幸いにも命に別状はありません」
背中の痛みはそれでか。一体なぜ。あの時琴葉を助けようとして──
「全て琴葉さんから聞きました。守ろうとしたんですね……」
思い出した。そうだ、俺は琴葉を蛍光灯から守ろうとしたんだ。
「無事でよかったです」
堪えきれなくなった様子の琴葉はついに泣き出し始めた。
「ごめんなさい! 私なんかのために! 私のせいで!」
「いいよ。これは俺に対する罰だよ。散々琴葉に迷惑をかけてきた俺への」
ベットの端に顔を埋めている琴葉の小さな頭を規則正しく優しく撫でる。まるで子猫を撫でている気分だった。
その後は大切な話をするため、病室で医師と二人きりで話をした。
驚いたのが、僕は5日ほど眠っていたらしい。両親や慎太、千鶴も見舞いに来たそうだが、琴葉は毎日面会が許可されている時間は片時も離れず側にいたそうだ。
そしてあと数日様子を見て、大丈夫そうであれば退院できるそうだ。
その日の夜はどうも寝付けず、夜更かししてしまった。
──翌日。
目を覚ますと、琴葉がベットの端に突っ伏せて、規則正しく寝息を立てていた。
こんな朝早くから、と思って時計を見た時には短針が12を指していた。
ずっと側にいて疲れたのだろうか。
「……むぅ」
寝返りを打ち、こちらに向けられた顔はなぜか幸せそうに微笑んでいた。
それを見てすっかり目も覚めてしまい、やる事がなかった俺はとりあえず頭を撫でてみた。
瞬間に琴葉はパチリと目を開けた。状況を把握するのに時間がかかったようで、しばらく呆然とした末に頬を染めてみせた。
「おはよう」
「お、おはよう……」
動揺を隠せていない。寝顔を見られて恥ずかしがっているのだろう。
ガラガラっと病室の扉が開いた。
「あらあら、先客がいるみたいだね! って綾斗が起きてる!」
「おう綾斗! 生きてたのか! 無事だったんだな!」
千鶴と慎太の姿。
そうかみんなにとっての俺は一週間ぶりくらいなんだな。
「心配かけてごめん」
「生きてるならそれで大丈夫だ」
慎太の言葉で和んだ。
「ところでこと、あんたどうして顔真っ赤なの?」
「えっ!? あ、これは……暑いから」
「え? もう秋の下旬だけど。それにこの部屋そんなに暑いかな?」
「……暑いものは暑いの!」
「怪しぃ……」
思わず笑ってしまう。
みんなの会話を聞いているこの時間が本当に楽しい。
慎太は口を開いた。
「いやー。ここに泊めさせてくれねぇかなー」
「そうね、二時間も歩くと疲れるよ」
少し申し訳ない気持ちになってしまった。
「なんかごめん。ってか、ここなんて病院だ?」
千鶴が病院名を言う。
「じゃあたしか、近くに駅通ってなかった?」
「うん……通ってるけど、村の駅は通ってないの」
「え?」
「道路も障害物だらけで通れないし」
意味が分からなかった。
「綾斗、あんた地震が起こったの覚えてる?」
琴葉を守ろうとした時、そうだ……あれは地震だった。それもとびきりでかいの。
「それでね、村の地形はおかしくなっちゃったみたい。うちの学校も……」
続きは言わずとも、察した。
「そうなんだ……みんな無事だったのか?」
「うん。奇跡的に死者はゼロだって」
「よかった」
そしてふと、驚いた事がある。村のことよりも琴葉のことをだ。電車の通らないこの場所に、琴葉はあの日から毎日往復していたのか? 一人で……。
もう琴葉に迷惑はかけないようにしてたのに。
「綾斗くん……」
先程までの琴葉はどこかにいってしまい、目の前にいたのは真剣な眼差しの琴葉だった。
「綾斗くんは、私の命の恩人だよ」
「命だなんて大袈裟──」
「ううん! あれは本当に危なかったよ! だから、助けてくれてありがと。あと、生きててくれてありがとぅ……」
またも泣き出してしまう。綺麗な声が台無しだ。
それから相変わらず付きっきりの琴葉と、両親が来たりして、何事もなく退院の日が来た。
その日は、道路も整備できたようで両親が車で迎えに来た。既に病室にいた琴葉を連れ、共に村へ帰った。
窓越しに見た村は一言で表すと、酷かった。所々ひび割れた地面。そして稀に見る全壊した家、どの家も家とは呼べないものだった。
「ばいばい」
「ばいばい」
琴葉を家まで送り、俺は自分の家を見た。やはり家とは呼べなかった。
その事で俺達はしばらく仮設住宅で過ごすことになったのだ。
何列にも長く連なっている仮設住宅。俺の部屋と同じくらいの大きさの小屋みたいなもので、家と呼ぶには小さいが、しょうがなかった。
家から、無事だった必要なものを、この住宅に移し終えると、両親は用事があると言い出て行った。
荷物などをまとめて配置し終わり、俺は外の空気を吸いにいった。
外に出ると、隣の住宅の前に車が止まっていた。一応隣人になるので、挨拶をしようと思ったのだが。
「「え」」
車から降りてきたのは琴葉だった。
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