お嫁さんうさぎはどこにいくのか?[カクヨム作品他薦エッセイ]
『旅に出ることにした』というのが、この小説のタイトルで、作者は、44さん。カクヨムで公開されている。
いままでこんな風に小説を紹介したことはなかったけど、この作品をもっといろんな人に見て欲しいと思ったから、ここに文章を書くことにした。
かんたんに、紹介していく。
車が空を飛び、生活の中に人型のロボットや高度なAIがいる、そういう未来で、主人公は荒廃した地上を旅する。おおまかに言えば、『キノの旅』とか、そういう物語の系譜に属する作品だと思う。
2016年から執筆され、おそらくはまだ序盤。
今、物語の中心にいるのは、ララという、うさぎの耳を持ったロボットの少女。
顔のないそのロボットは、閉店したはずの喫茶店で、ずっと人を待ってる。やってくるお客さんと、ずっと前に出ていった店の主人を。
物語を読み進めるにつれて、明らかになるのは、この少女は、捨てられたのだということ。そして、その身体の持つ機能のいくつかを失っているということ。だがその少女は、ずっと待っている。陰を見せず、残されていったお店を開けながら。
その少女は、顔を奪われた。視覚を奪われた。そして存在するかもわからないその心から、信頼を奪われた。
果たしてその少女の心に救いを与えることはできるか?
自分には、わからなかったし、主人公にも、まだ見えていない。
だがこの作品を注意深く見れば、その術は、既に提示されているのがわかる。
この店に飾られた、うさぎの小物。そのひとつひとつには、名前が付けられている。
お姉ちゃんうさぎに、弟うさぎ、お母さんうさぎに、お父さんうさぎ。
主人公は聞く、それじゃあ君は、何うさぎなんだ?と。
ロボットは答える、自分は、お嫁さんうさぎです、と。
店主が置いていった手紙がある。そこには、店主がララに伝えられなかった言葉が書いてある。ララを置いていく事情、二度とは戻らないこと、不埒な人間に気をつけるようにという忠告。
止むに止まれぬ事情があったのだということ、そこには確かに、優しさと言えるものがあったのだということが、わかる。
だが、ララに必要だったのは、そんな言葉じゃない。
ララに必要だったのはどんなことがあっても、連れて行くということ。すべてを投げうってでも、それが、重荷だろうと何だろうと。そして、守ることだ。どんな、悪意を持った連中からも。
それが「お嫁さん」うさぎにとって必要なことだった。
そこで描かれる世界が、どんなに遠い未来だろうと、異世界だろうと、そしてそこに描かれる人間がどんなものであろうと、そこに映し出されるのは、ここにいるぼくらの心だ。そうであればこそ物語は、今、ここに生きるぼくらにとって、価値を持つ。
旅人を主人公とした物語が抱える根源的な問題とは何か?
それは、決してひとつのところには居付かない、ということだ。人と交じり合い、時に救いを与えながら、結局はそこで、その土地で、共に生きていこうとはしない、ということだ。
居付こうとすれば、そこで旅人は旅人では、なくなってしまうからだ。そこで、旅人としての物語は終わってしまうからだ。
この物語はまだ序盤で、旅人を主人公とした物語が持つ問題と明確にぶつかっている。その問題を革新していこうという気概を持っている。そこには価値がある。
だからこの文章をここまで読んでくれた人は、この小説を読んでほしい。そしていろんな感想を伝えて欲しい。そのためにこの小説は、このネット上に、あげられているのだから。
カクヨム
44『旅に出ることにした』
URI:https://kakuyomu.jp/works/1177354054882095320