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6話

思わぬ再会をした二人。

何か言いたげな和也が気になるゆき。

『和也』



ゆきとホテルで久々に会った翌年、年度が変わる少し前。

異動が発表になった。

若手にはよくあることだし、そろそろじゃないかと噂はあった。

俺の名前があったから、やっぱりと思い場所を確認する。

…場所も。

誰かが行くんじゃないかと、言われてた場所。

まあ、東京から新幹線1本だし、東北の中では大都市。

心配なのは、冬の寒さと雪ぐらいか。



…ゆき。

結婚式で偶然会ってから、3ヶ月たつ。

メッセージを送って、言いたいことは言えるけれど、出来れば顔を見て話したい。

どうしようかと思っていたけれど、もしかしたら上手く伝えることが出来るかも。

最後のクリスマスパーティーの後、ゆきに言われた言葉でもやもやしたこと。

仕事の合間、ふとした時に思い出しては考えてた。

ゆきの表情、俺に話しかける声。

思い返してみると、ようやくそうだったのかと腑に落ちた。

ゆきの気持ちに。

俺がバカみたいに鈍感だってことに。

あれから、ぽっかり空いた穴は埋まってない。

仕事に没頭しても埋まらない穴…

埋めようとするなら、やることは1つだ。

それが分からなかったこの2年間、空虚な穴を抱えて、足が宙に浮いてるような違和感があった。

でも、偶然とは言えお膳立てが出来たんだから、やることをやろう。

もし、拒まれたら受け入れてくれるまで頑張るだけ。

まずは、引っ越ししないと。



『ゆきの』

年度が変わって、1人で営業にまわることが増えた。

任せて貰う仕事が多くなって、大変だけどやりがいもある。

多少残業しても、気ままな独り暮らしだから、帰って家族に気を遣わせることもない。



4月、二週目の金曜日。

東京に本社がある大手の取引先の担当者が、来訪することになった。

今までのベテランから、4年目の若手が担当するらしい。

そこで、こちらも4年先輩の三上さんから、私に担当替えが決まった。

三上さんは、新人の頃からお世話になっている先輩。

口調も表情も柔らかいけれど、時には厳しくビシッと言ってくれる。

引き継ぎも短い時間でたたき込まれて、今日を迎えたのだ。

あちらは前任者と2人と聞いて、こちらも三上さんと2人で会議室で待ち受ける。

「どうも、お待たせしました」

以前から担当されている、営業課長のいつもの通る声。

「失礼します」

その後に続く声に、一瞬違和感があったけれど、先輩と一緒に深く頭を下げた。

顔を上げて、目の前に並ぶ取引先の営業課長と…村上くん!?

思わず目を見開いて固まっている私に、横から三上さんが肘をつつく。

…いけない、しっかりしないと。

「よろしくお願いいたします」

まさか、村上くんと名刺を交換するなんて。

手渡しながらどんな顔をすればいいか分からなくて、正面を見られない。



その後は、軽い自己紹介と仕事の話。

現状と、今後の展開。

「~こうなっております。…ではそのように…ありがとうございます」

初めて会いましたって顔を保つのは難しくて、たまにムズムズして。

どうにか終えた時、思わずはーっと息を吐いてしまって、また先輩からつつかれてしまった。

エレベーターホールまでお見送りした時、村上くんの何か言いたげな目が気になった。

でも、気づかない振りをしてお辞儀をした。

だって、今さら何を言うの…



その日は仕事が上手く進んで、定時で帰れそうだった。

買い物でもして帰ろうかと帰り支度をしていたら、三上さんに声を掛けられた。

「朝原さん、今日まっすぐ帰るの」

「あ、いえ、買い物でもしていこうかと」

「ちょっと、飲みに行かない?」

「あ、いいですね~行きます!」

職場近くの繁華街。

職場の皆とよく行く飲み屋に入った。

冷えたジョッキを合わせ、お疲れさまをする。

三上さんは、たまにこうして飲みに誘ってくれる。

同期と一緒のこともあれば、課長が一緒のこともある。

話が合うから、飲んでても楽しい先輩。

少し、雰囲気が村上くんに似てるかもしれないな。

…いや、なんで今村上くんのことを考えるの。

それよりも、次回の打ち合わせは村上くんとするのよね。

もう、どうしよう。

まさか、こんなことになるなんて。

「朝原さん、どうしたの?何か悩みでもあるの」

「え?あ、すみません!」

慌ててジョッキを置いた。

「さっきの、取引先の…」

「あ、営業課長さんですか?」

「いや、引き継ぐことになった若手の人」

「…あの人が、どうしたんですか」

「もしかして、知り合いなのかなって思ったんだけど」

「え!なんでですか、いきなり」

「どうしたの、なんか焦ってない?」

「そんなことないですけど…」

ジョッキを置き、お箸も置いて一旦息をつく。

「実は、学生の時同じサークルにいた同級生です」

「あ~やっぱり。もしかして、元カレだったりするの?」

「もう~元カレなんかじゃないです」

「ふ~ん」

とだけ言って、三上さんもお箸を置いた。

「じゃあさ、今度…」

三上さんの顔を見て、今度…?って首を傾げた時、私のスマホが鳴った。

電話!?

まさか…

村上くんだ。

「あの…ちょっと出てもいいですか?」

「電話?どうぞ、どうぞ」

「すみません、ちょっと…」

横を向き片耳をふさいでもしもし、と応答する。

「あ、村上です」

村上くんだ…

「あ、朝原です…」

「昼間は驚かせてごめん。俺が担当になるか直前まで分からなかったから」

「それは、いいんですけど…なんで今電話!?」

「あれ?今側に誰かいるの?もしかして外?」

「今、は…居酒屋の中で…先輩と飲んでて…」

「ああ、そうか、ごめん…じゃあ要件だけ」

「要件?」

「明日、会ってくれないかな。話したいことがあって。ゆきのアパートの最寄り駅知ってるから、そこに1時で」

「えっちょっと待って。そんな急に言われても」

「…何か用事あるの?」

「用事は…ない、けど…」

「急で悪いんだけど、用事が無いなら頼むよ…飲んでるのにごめんな」

プツッと切れた電話。

画面を見ると、村上和也って出てる。

村上くんと電話で話すなんて、何年ぶりだろう…



「朝原さん、もしかして今の…」

「あ…分かりました?あちらの担当の人でした」

「仕事の話じゃない、よね」

「いえ…なんか急に話があるって。この2年、全然連絡なんか取って無かったのに、何でいきなり…」

「あのさ」

急に三上さんが身を乗り出して来て、びっくりする。

「なんですか」

「いきなりって思うだろうけど…今度休みの日にドライブでも行かない?」

「ドライブ、ですか?三上さんと?」

「うん。どう?」

「どうって…」

私の目をじっと見る三上さんは、面白がってるようにも見える。

「なんで、私を…」

「誘うかって?前から興味があったからだよ」

「そんなこと、初めて聞きました」「そりゃ、初めて言ったから」

「…からかってるんですか…」

どう答えたらいいか分からなくて、三上さんの顔を恨めしく見る。

すると、三上さんが座り直した。

いつもの笑顔で、からかってるようには見えないけど…

「ごめん、ごめん。そのうち誘おうと思ってたんだ。でも、急に元カレが登場しちゃったもんだから」

「だからっ元カレじゃありませんよ」

「…ほんとに?じゃあ、好きだったのかな、その人のこと」

図星をさされて、言葉が出なくてそっぽを向いた。

でも、こんなので三上さんは誤魔化せないだろうな…

「当たり、か。好きだった人に誘われてどうなの?」

「もう…勘弁してください。どうしたらいいか、分からないんですから」

「そっか」

ビールをぐいっと飲み干すと、店員さんを呼んでる。

私のは、まだ半分も残ってる。

村上くんも三上さんも、なんで人を惑わすことばっかり言うかな…

運ばれて来たジョッキに口をつけると、美味しそうに飲んでる。

こんな風にさばけてて、面白くて、頼りになる人なんて、なかなかいないよね。

そんな人に誘われるなんて、もっと喜べばいいのに…

「明日、会うんでしょ、その…村上くんだっけ」

「それは、分からないです」

「いや、絶対気になってる」

「それはそうですけど…」

「彼と会って、気持ちが彼に向かなかったら、考えて、ドライブ」

「…はい」



『和也』



スマホをテーブルに置いて、ふう、と息をついた。

一緒にいたのは、もしかして顔合わせにいた前任者?

…頼りになりそうな人だった。

ずっと気を配って、ゆきをリードして。

ゆきも、ああいう人とだったら何も気にすることもなくて…

俺は、何をもやもやしてるんだろう。

胸の奥が重くなっていく。
















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