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2話

映画同好会の頃を思い出す。

和也視点。

『和也』


俺と、淳と、後は同じ学部の同級生3人。

少人数で細々と活動を始めた映画同好会。

ゆきが入ったのは、2年の5月だった。






「すみません」

小さな声が聞こえて、開きっぱなしの引き戸から覗いたのは、ショートカットの女の子。

朝原ゆきのという名前のその子は、映画同好会に入りたいと、一人で訪れた。




男の子みたいなショートカットで、化粧っ気が無くて。

まん丸くくりっとした目のその子は、少しずつ俺たちに馴染んで行った。

サークルの皆でお茶して、映画の話で盛り上がったりする時は、彼女は俺の隣に座った。

「どこに座ったらいいの」淳に聞いているから、

「ここに来ればいいよ」

と、俺の方から声を掛けたんだ。

今までのメンバーは俺を含めて5人で、俺の隣はいつも空いていたから…

そうするうち、映画を見に行った時も、彼女は俺の隣に来るようになった。

そして、いつの間にかいつも俺の隣には彼女がいた。

隣にいて色んな話をした。

映画はラブコメとサスペンスが好き。

コーヒーを飲むなら、砂糖抜きのミルクたっぷり。

普段は眼鏡を掛けないけれど、授業中と映画を見るときは、掛ける。




彼女は、映画を見終わると、まず俺を見てどうだった?と聞いて来る。

俺がイマイチかなと言って、ふーんと口を尖らせる時は、彼女は面白かったとき。

面白かった!と返すと、でしょ!っと言ってから嬉しそうにバーっと喋り出す。

映画が好きなことは同じでも、細かい好みは違ったりする。

彼女は決して『自分の好き』を押し付けなかった。

でも、俺の好きなアクション映画は、勧めたら見るようになったらしい。

見終わると、俺に色々質問してくる。

へえ~、と驚いたり、やっぱりねと納得したり。

楽しそうに聞いてる彼女は、無邪気な近所の小さな女の子みたいだった。

その頃から、ゆきと呼びはじめたから尚更だ。

みんなはゆきちゃんと呼び、俺もそうだったけれど。

「呼ぶのにゆきだけの方が、簡単で呼びやすいよな」

いいことを思い付いたと、ゆきに言うと、

「それじゃ、近所のお兄ちゃんみたいじゃない…」

と、嬉しいのか嬉しくないのか、よく分からない顔をした。

「あれ?やなの?」

「べつにーやじゃないよ」

そう笑ってみせた顔は、もういつもの彼女だった。



それからは、大学構内のサークル棟の部屋で、毎日のように集まっていた。

人数が少ないサークルだからか、狭い部屋でみんな集まるとぎゅうぎゅうだ。

でも皆気を使わないメンバーだったから、ずっと一緒にいても気楽だった。

それは、ゆきも同じこと。

すっかり馴染んだゆきは、サークル棟の部屋にいつも遅れてやって来る。

すると、持ち込んだソファに座ってる俺の横に、決まって座るのだ。

「今日はどうするの?」

とゆきが言うと、それから俺が考えた。

それが、日常になって行った。

そんな日常が続いた辺りで、よく言われるようになった。

「二人は、付き合ってるの」と。

そんな風に見えるのかと、正直驚いた。

女の子扱いをしない訳じゃないけど、俺にとってゆきは近所の小さな女の子みたいなものだ。

好きだとか付き合いたいとか、思ったことはなかった。

めちゃくちゃ気は合うし、一緒にいて気楽だけれど。

そもそも、大人っぽい綺麗な子が好きな俺からしたら、ノーメイクで年中パーカーやチノパンのゆきは論外だ。

それを知ってるゆきはそんなことを言われた時は、

「残念でした。村上くんは映画に出てくる美人女優がタイプなんだよ。大外れ 」

そう言って笑ってた。

だから、俺も一緒に笑ってた。

ゆきの顔が、いつもの笑顔だと思ってたから。

そんな仲のいい皆と、ぬるま湯みたいな時間を過ごしていた毎日。

それが、すっかり変わってしまうなんて、思ってもみなかった。




3年になった春。

ゆきと同じように、同好会に入りたいと1人で訪れた子がいた。

開いているドアを軽くノックしてから、さっさと入って来た彼女。

「はじめまして。木原陽子です」

はきはきと自己紹介する彼女は、見るからに大人っぽい子だった。

毛先で巻いたロングヘア、綺麗に彩られたネイル。

念入りに塗られたシャドウ、その上に立ち上がってる睫毛。

ぽってりとした唇に乗ったローズカラーは、映画に出てくる美人女優みたいだ。

かっちりめのグレーのスカートに、ゆるめのシャーベットピンクのシャツ、ピンクのパンプス。

俺は目をパチパチさせてしまった。

女の子から、こんなものすごい情報量を受け取ったのは、久しぶりだ。

何せ、ここのところずっと目にしてたのは、ひたすらシンプルなゆきだったからな…

こんな細々と活動してる同好会だ。

すぐに入会を決めた彼女は、ゆき不在の俺の隣に座り、俺に色々質問してきた。

隣に座ると、いい匂いがする。

化粧品の匂いやシャンプーの匂い。特に化粧品の匂いは、ゆきからは感じたことが無いものだった。



ちょうどその週は、用事があってゆきは帰省中で、来ないと知っていた。

せっかくだからと、皆でいつものカフェに行った。

木原さんは、当たり前のようにいつもはゆきが座る、俺の隣に来た。

いつもと違う香り、彼女が頼むゆきとは違う飲み物。

俺に話しかける時の、すっと伸びた指の動き。

いつもと違い過ぎて刺激が強かったのか、心臓が落ち着かない。

どこを見たらいいか分からなくて、つい口元を見てしまう。

ぽってりとした唇が動くのを見て、またドキドキする。

どうしたんだ、俺。

彼女は、特に映画好きと言うわけではないが、映画に詳しくなりたいんだそうた。

有名な映画しか知らないから、もっと色んな映画を知りたいし見てみたい。

だから色々教えてねと、俺ににっこりしてみせる。

そこは映画好きとしては張り切る所だったし、その笑顔を見て俺の顔はたちまち緩んだ。

ただ、会話が盛り上がると言うより、俺が一生懸命解説してる状態だったけど。

明日も授業が早く終わるから来るねと言って、彼女は帰って言った。

ずっと彼女を見て喋ってた俺は、見送った後ボーッとしてしまった。

その週、木原さんはマメに顔を出した。

そして、サークル棟に来ると当たり前のように、俺の隣に座った。

俺は、ゆきをゆきちゃんと言ったように、横に座った彼女を陽子ちゃんと呼んだ。

でも、名前をちゃんづけなんて恥ずかしいと言われて、結局木原さんになった。

名前を呼んだら、恥ずかしがったけど嬉しそうに照れてたゆき。

…ゆきとは、違うんだな。

金曜日、淳がこそっと

「和也、ゆきちゃんが来たら木原さんどこに座らせるんだよ」

と言ってきた。

…いけない。

ゆきのこと、すっかり忘れてた。

「どうするって?」

「いつも隣に座ってたのは…」

「ああ…それか。まあ、席が決まってる訳じゃないんだから、いいんじゃないか。ゆきだって、ここじゃなきゃ、なんて思ってないだろ」

「…それは、そうかもしれないけど…」

その時の俺は、淳は相変わらず心配性だなとしか、思ってなかった。

鈍感なヤツだったんだ。



案の定、週が明けてゆきが戻って来ても、木原さんは俺の隣に座った。

まあ、ずっとゆきが隣だったなんて、木原さん知らないんだから、しようがない。

二人は同じクラスみたいだが、よくは知らないらしい。

簡単な自己紹介はしていたが、そんなに喋っていなかった。

それから、お茶をするのも映画を見るのも、ゆきと入れ替わるように木原さんが隣に座った。

そして、ゆきは淳の隣に。

淳の横に座るようになったゆきを、気にしないわけじゃない。

でも、ゆきと隣に座ろうなんて約束はしていないんだから…

淳と楽しそうにしてるのを見ながら、そんな言い訳じみたことを呟いていた。

むしろ、横を向くといい香りのする木原さんが俺を見る。

そんなことに浮かれていたんだ。

ただ…

ゆきと木原さんとは違うってことを、俺は少しずつ分かりはじめた。。

映画を見てる時や見終わった後。

見てる最中に色々聞いて来る。

見終わると、まず自分が面白かったかどうかを、言ってくる。

それを言うと、満足してしまうのか立ち上がってしまうのだ。

エンドロールまで我慢が出来ないの、とある時言っていたけれど…

俺は、と言いかけた言葉がしぼんで、消えて行く。

映画を見た後は、ゆきと感想を色々言い合って、盛り上がってた。

相手が聞いてくれないのでは、自分だけじゃ盛り上がらないものなんだ。

そんなことに、ゆきが離れてから気づいたんだ。



それからのゆきは、木原さんがいてもいなくても、淳と一緒にいるようになった。

俺は木原さんばかり見ていて、気にもしなかった。

だから、木原さんがいない時は、俺は1人になった。

1人になったからって、今さらゆきに隣に来いよとも言えない。

淳は前からゆき贔屓で、俺がゆきをからかってゆきがふくれると、いつも宥めてた。

淳は、ゆきが隣に来ると嬉しそうだ。

ゆきも、淳といる方が楽しそうに笑ってるように見えた。

それは、隣にいないからそう思うのか…

そう思ったら、なんとなく胸の奥をぎゅっと掴まれた気がした。

それがなんなのかは分からない。

でも、深く考えることもなく目を逸らした。

だって俺は、木原さんが彼女だったらなんてこと、想像したりしてたんだから。

しかも、もしかして木原さんも満更でもないかもなんて。

でも、すぐに俺は現実を知ることになった。




夏が過ぎ涼しくなりはじめた頃、木原さんがサークル棟にくる回数が減っていった。

気にはなったけれど、何故かなんて聞けない。

そもそも俺は、木原さんのことをどう思ってるんだろう。

そして、同じように来る回数が減ったゆきのことは…

あんなに浮かれてたくせに、そんなことを考えてモヤモヤした。

そして、10月も終わる頃。

木原さんが久しぶりに姿を見せた。

いつものように俺の隣に座ると思ったのに、立ったまま。

「久しぶりだね。どうしたの、座らないの」

「村上くん、久しぶりね。あの、ちょっと言いたいことがあって」

言いたいこと?

何だろう、いきなり。

「え?うん、何?」

「私、同好会辞めようと思うの」

「え、どうして?映画に興味無くなった?」

そう言うと、気まずそうな顔をする。

「そうじゃなくて…実は私、好きな人がいて」

「好きな、人?」

一体、何の話なんだ…?

「その人がかなりの映画通なの…私、彼の気を引きたくて。だから、同好会で色々教えて貰って、手っ取り早く映画好きになろうと思ったの」

「それが入る理由だったんだ?」

「うん…ごめんね、不純な動機で」

「そんなのは、全然…で、その好きな人とは上手くいったの」

「うん…ちょっと前から付き合い始めたの。上手くいったの、村上くんのおかげよ」

「俺の?何で?」

「映画のこと、色々教えてくれたじゃない」

「ああ…そうだったね」

…なんだ。

そういうことなのかよ。

ケロッとごめんね、なんて言って出て行く木原さんを、呆然として眺めた。

空回りもいいとこだな。

自業自得だけどな。

木原さんは、俺を誘うようなことなんて言ってないんだから。

1人で浮かれただけ。

俺は本当に馬鹿だ…




























































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