子供は風の子
「「ニアちゃんあそぼー」」
森の木々が次第に葉を落とし始め、肌寒くなってきたある日の昼下がりの事。
エルフの子供数人が、ニアを呼びに家まで来ていた。
「むぅ、今日もかの……こんなに寒い中、外へは出たくないのじゃが……」
ニアの住むフリューネ村は人里離れた森の中にあり、娯楽が多くない事と、エルフの出生率が高くない為に子供が少ない事も相まって、毎日のように遊びに誘われているのだ。
孫がいたならこんな感じだったのだろうかと、嬉しさ混じりで相手をしていたニアだが、寒くなり始めた外へ出て遊ぶのは、流石に少し辛いものがあった。
「儂、寒いのは苦手なんじゃよ……」
「ニア? お友達が外で待ってるわよ?」
「仕方ないのぅ……母上、ちと出かけてくるのじゃ」
――いつまでも外で待たせておくわけにもいくまい。
ニアは厚手の上着を着込んで、シノアが作ってくれたマフラーを巻くと、外で待っている子供達の元へと向かった。
「――あ、やっと来たぁ。遅いよぉニアちゃん」
「うむ、すまんのぅ」
「相変わらずおかしな喋り方してんのなぁ」
「こら! そんな事言わないの!」
ニアを最初に出迎えてくれたのは、少しのんびりとした喋り方をするのが特徴の、ニアと同い年の金髪の女の子で、名前はリエル。
「そんなにおかしいかの?」
「自覚ないのか……」
呆れ顔でそう返してくるのは、グループ唯一の男の子、アイン。ニアの一個上で、深碧の髪と瞳をしている。
一緒に遊ぶようになってから、何かにつけてニアに絡んでくることが多い子だった。
「話し方なんて人それぞれなんだから、いいじゃないの」
先程からアインを窘めているのは、最年長のシーナだ。
紫苑色の髪をした大人びた女の子で、グループのまとめ役といった感じである。
「気にしておらんから構わんよ。それで、今日は何をするんじゃ?」
「んっとねぇ、鬼ごっこが良いんじゃないかなぁって話してたんだよぉ」
「鬼ごっこ、のぉ」
リエルの言葉を聞き、少し微妙な顔をするニア。
寒い中で走り回るなんて、どれだけ元気が有り余っているのだろうか。子供は風の子とはよく言ったものだ。
「ん? 嫌なら違うものにする?」
「いや、大丈夫じゃ」
ニアの表情を見たシーナが気を利かせて尋ねるが、別段変更してまでやりたくないという訳ではない為、ニアは首を横に振りながらそう返した。
「じゃあ鬼を決めようかしらね」
「そうだねぇ」
「よし、んじゃやろう。 最初はグー、じゃんけん――」
「「「「ポン」」」」
ニア、リエル、シーナがパー。
アインだけがグーだ。
「アイン、じゃんけん弱すぎるわね」
「うるせー。今回はたまたまだよ、たまたま」
「とか言いつつ毎回負けてるよねぇ」
「やる度に最初の一回で決まっておるからのぅ……」
鬼決めジャンケンの結果、アインが最初の鬼になる。
彼は絶望的なまでにじゃんけんが弱く、何をやるにも毎回最初に負けているのであった。
「まぁいいや、十数えたらでいいか?」
「いいんじゃない?」
「よし。あー、ニア」
「む?」
アインはニアに顔を向けると、神妙な面持ちで口を開く。
「今回は手加減するなよ?」
「何のことじゃ?」
「とぼけるなって、前やった時わざと捕まっただろ」
それを聞いたニアは、ギクリと肩を強張らせた。
以前鬼ごっこをした時、逃げきれる所で敢えて捕まっていた事は、どうやらバレていたようである。
それは決してニアのやる気がなかった訳ではなく、いつまでもアインが鬼だと可哀想だと思ったが故の行動だったのだが。
「わかったのじゃ。今回は手を抜かぬよ」
「そうしてくれ。んじゃ数えるぞ。いーち……にーい――」
アインが数え始めるや否や、蜘蛛の子を散らすように思い思いの方向へと逃げ始める三人。
ニアも約束したからにはと、全力で距離を取っていた。
「――じゅう! よし、いくぞー!」
数え終わったアインが追いかけ始めたのは――案の定と言ったところだろうか――ニアだった。
アインは、木々の間を縫うように逃げていくニアの背中を追って必死に駆けていくも、なかなか距離が詰まらない。
「まじか……! あいつ……こんなに足が早かったのかよ……!」
これは、別にニアがアインよりも身体的に勝っている訳でも、インチキじみた魔法を使っている訳でもなく、前世で習得した体の動かし方のコツと、走りやすい場所を選んでいる事が大きな要因であった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結局日が暮れるまで鬼ごっこは続き、何度か鬼が変わっても、最後までニアが捕まることはなかった。
「ニアちゃんすごいねぇ、一度もつかまえられなかったよぉ」
「本当に凄かったわね。どんな手品を使ってたの?」
「別に特別な事はしとらんけど……」
ニアを素直に褒めるリエルと、興味津々といった様子で尋ねてくるシーナ。
その横ではアインが仏頂面でニアを見ていた。
「ニア……お前、足早かったんだな」
「皆より体の動かし方と、逃げ方を理解しておるだけじゃよ」
ある意味でそれも反則に近いかもしれない、とニアは思う。
彼女くらいの歳でそれらを理解しているのは、普通ではないのだ。
「なんだかよくわからないけど、次こそは絶対に捕まえるからな」
「今のままじゃ無理なんじゃない?」
「なんだと!?」
「「まぁまぁ」」
シーナに食って掛かるアインを、ニアとリエルが宥めるという光景を以って、この日の遊びはお開きとなった。