生涯の終わりと・・・
一人の老人が、今まさに天寿を全うした。
ベッドに横たわるその老人の名は、シド・マゼスタ。
かつて剣豪として名を馳せ、数多の弟子をこの世に送り出してきた男だ。
彼の生み出したマゼスタ流と呼ばれる剣術は、今や学院での必修内容にまでなっている。
そんなシドを見送るために、昼間にも関わらず、多くの人々が彼の家に訪れていた。
「惜しい人を亡くした……」
「シドさん……貴方から教わった剣術、必ず後世に伝えていきます……!」
彼が亡くなったことを惜しむ声と嗚咽が、部屋中に伝播する。
――その光景を、老人が見下ろす形で眺めていた。
「ふむ、どうやら死んでしまったようじゃの」
自分の事ながら、どこか他人事のように思うのは、この世に未練というものがあまり残ってないからだろうか。
名を残そうとしていた訳ではないが、自分の名がつく流派を遺すことも出来たのだ。
唯一の未練といえば、青春時代を剣術のみに注いできて、結婚をしなかったために子孫がいない事だろう。
「近所の連中が孫を自慢しているのを見ると、羨ましかったからのぅ」
老年になってからのシドにとって、子供がいない事よりも、孫がいない事の方が寂しかったのだ。
そんな事を考えていると、急に視界が遠くなり、そして暗転した。
「死後の世界、なんてよく聞いたものじゃが、これがそうなのかの?」
真っ暗な世界で独り言を呟く。
これが死後の世界だとするならば、地獄に落ちてしまったのだろうか。
「違いますよ? ここはあの世とこの世の狭間です」
相変わらず暗転した世界に、声だけが聞こえてくる。
まるでハープの音色のような、心地の良い声色だった。
「つまり、どういう事なんじゃ?」
「そうですね……簡単に説明しますと、ここは亡くなった方の魂が、一度集められる場所なんです。そして、その方の善悪をここで判断します」
ふむふむ。
「罪人と判断されれば、その罪の重さに応じた年数の奉仕が待っています。善人なら問題ないですけれど」
「それで、儂はどうなんじゃろうか?」
「シド・マゼスタさん。貴方は善人です、心配いりませんよ」
それは良かった。
特に後ろめたい事もしてないし、問題ないとは思ってはいたのだが、若い頃はやんちゃもしていたため、多少の心配はしていたのだ。
「儂はこれからどうなるんじゃ?」
「この世界の仕組みとして、これから生まれてくる生命に転生してもらいます。貴方は偉大な功績を残しているため、もし望みがあるならば、できるだけ叶えますよ」
「ふむ、では今生で出来なかったような体験がしたいのぅ」
「今生で出来なかったような体験、ですね。分かりました、出来る限り叶えようと思います」
そんな言葉が聞こえるや否や、急速に意識が遠ざかっていった。
「少しだけオマケしておきます、良い人生を送ってくださいね」
意識が完全に途切れる寸前、声の主はそう呟いたのだった。