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クーリフ・ルーエ

作者: A99

 クーリフ・ルーエを見たことがあると言うと、人は決まって笑い飛ばす。

 そんなものあるわけない。噂だけの存在だ。都市伝説じゃないか。

 人々は示し合わせたかのようにそう言うのだ。噂だけが独り歩きして、実はそんなものはないのだと、人々はそう信じているのだ。

 かく言う私もそうだった。クーリフ・ルーエなんてあるわけないと、根拠もなく信じ込んでいた。

 周りの声に流されたのだろう。みんなが言うから私もそう言って、見たことがないからクーリフ・ルーエはないなんて信じていた。

 それは宇宙人と同じようなものだ。宇宙人がいるかどうかは誰にもわからない。科学者が望遠鏡で観察したと発表したり、目の前に現れて「やぁ」なんて挨拶されない限りは、宇宙人の存在を立証も否定も出来ないのだ。

 そんな私は、宇宙人を信じていないのと同じように、クーリフ・ルーエを信じていなかった。信じるに足る根拠がなかったから、信じようとも思わなかった。

 それはきっと誰もがそうで、誰もが自分の目で見ない限り、そういったものを信じようとしないだろう。

 そんな私が変わる出来事があったのは、不思議なプレハブ小屋を見つけた時だ。

 一年前のあの夏の日。それが、私が変わるきっかけだった。

 

 クーリフ・ルーエとは何なのか。人々は言う。

 小屋だ。

 喫茶店だ。

 占い屋だ。

 いや、民家だ。

 共通しているのは建物ということだけ。外観は語る人によって様々だ。

 しかし、建物の内部は全て一緒だ。

 中央には大きな魔法陣。壁には多くの燭台が飾られていて、火のついていない蝋燭が立てられている。

 それ以外には何もない。それしかないのが、クーリフ・ルーエだ。

 一体何のための建物なのか。誰がそれを建てたのか。それは誰にもわからない。それは誰も語らない。

 わからないから、都市伝説になったのだ。そもそもあるかどうかもわからないから、噂として語り継がれたのだ。

 まあ、あったんだけど。それを私は見つけてしまったんだけど。

 それが、一年前の夏の日の出来事。

 

 クーリフ・ルーエとは何なのか。それは私にはわからないし、誰にもわからない。

 ただ一つ言えることは、クーリフ・ルーエを見つけても、むやみに入らないほうがいいということだ。

 一年前の夏の日に、私は川岸で不思議なプレハブ小屋を見つけた。

 普段通る道だから、川岸の風景もよく覚えていた。昨日まで川岸にあんなものはなかったはずだ。

 一体誰が建てたのか。工事でもしてるのかと思ったけれど、周囲に人は誰もいない。まるで私だけが現実から切り離されたかのよう。

 空は青色、海の色。高く雲は浮いていて、でも鳥の声は聞こえない。

 風が吹いて木々のざわめきが聞こえるけれど、あれほどうるさかった蝉の声は全く聞こえなくなっていた。

 生物だけがサイレントモード。私の声は聞こえるけれど、他の誰もがいなくなった。

 だから、なのだと思う。

 私は吸い込まれるようにして、その不思議で不気味なプレハブ小屋へと入っていた。

 この不気味な静寂の世界から、抜け出したかったのだ。

 

 プレハブ小屋の薄い扉を開けて中に入った私は、その内装に驚いた。

 中央には血のように紅いペンキで描かれた魔法陣。金色の見事な燭台には、使われた形跡のない蝋燭が立てられている。

 思わず唖然としてしまったのは仕方ないだろう。見たことはないけど知っている。知らないけれど、知識にあるその光景。

 まさか、噂通りの光景が広がっているとは全く思っていなかったのだ。

 クーリフ・ルーエ。まさしく噂通りの建物に、私は入り込んでいた。

 ゾクリと、背筋が震えた。

 嫌な予感がした私は、すぐにプレハブ小屋から出ようとした。こんな怪しい場所には、一秒たりとていたくない。そう考えた私の頭は、実に正しかった。

 

 遅かったけれど。

 

 扉はなかった。

 私が入ってきたはずの扉は、その姿を消していたのだ。

 予想だにしない出来事に、私は思わず固まってしまった。扉があったはずの壁を何度も強く叩いて、何で、どうしてと叫ぶことしか出来なかった。

 窓の存在に気がついたのは、それから数分後だった。落ち着いて考えればすぐにそれに行き着いたはずだけど、その時の私は混乱の真っ只中。部屋を見る余裕すらなかったのだ。

 まあ、落ち着いていたとしても、無駄だったのだと思うけれど。

 

 窓を見つけた私は、当然窓に飛びついた。ここからなら出られる。そんな淡い期待を抱いて。

 ガチャガチャと窓を開こうとしても、開かない。鍵がかかっているから当然だ。だから私は鍵を開けて、もう一度窓を開こうとした。

 

 開かない。

 

 窓は開かない。どれだけ力を込めても、どれだけ叩いても、窓は一ミリも動かない。

 割ろうと思って窓を思い切り叩いても、やっぱり窓はびくともしない。

 何度叩いても、何度殴っても、窓は無言で私を阻み続けている。

 これで私は理解した。これで私は思い知った。

 

 私は閉じ込められてしまったのだ。

 

 まるで生贄。謎の魔法陣のあるプレハブ小屋の中に、たった一人でポツンと私。恐怖を覚えるのも当然だ。

 眼の前にはとびきり怪しい魔法陣。そこからは、一体何が出てくるのだろう。化物? 魔法使い? 宇宙人? それとも、もっと別の怖いもの?

 そんな荒唐無稽な妄想をしてしまうくらい、私の心は恐怖で塗りつぶされていた。油のように恐怖は私の心にどこまでも染み付いてきて、決して私を逃さない。

 いや、それも仕方ないことだ。何せ、今の現状そのものが、そんな荒唐無稽なことなのだから。

 都市伝説が実は本当だった。幽霊や宇宙人が実在する、ということにも匹敵する事実ではないだろうか。

 事実は小説よりも奇なり。その言葉をこの身で体感する日が来ようとは、私は想像だにしていなかった。

 諦めが、絶望が私を支配する。先の見えない暗闇が、私に呼びかけているような錯覚を覚える。

 まさしくそれは錯覚で、でも私には心地よい隣人のようにも思えてしまって。

 脱出出来ない謎の部屋。クーリフ・ルーエ。それはまさしく絶望そのもの。私はきっと、誰にも見つけられることなく、ここで果てていくのだろう。

 隣人の声に、私は耳を傾けた。

 何もかも考えることをやめて、私はその場に座り込んだ。少しお腹が空いてきたけれど、そんなものもはやどうでもいい。

 親愛なる隣人は、私を優しく迎え入れてくれるだろうから。

 私は死ぬ。ここで死ぬ。この出ていくことの出来ない小さな空間で、私は孤独に死んでいくのだ。

 理不尽だと喚き散らしたい私がいたが、同時に受け入れている私もいた。死にたいわけではないし、まだまだ生きていたい。でも、不思議と私の覚悟は決まっていた。

 

 人は絶望の淵に立たされると、どうでもよくなるのだとはじめて知った。

 

 そのまま目を閉じて、私が死ぬまで何も考えずにいようと思った。だから、気がつかなかった。

 魔法陣が光り輝いているのを。

 きっと、恐怖で前が見えなくなっていたのだ。優しい暗闇に抱かれて、静かに眠ってしまいたいと思っていたのだ。

 私がそれに気がついたのは、魔法陣が太陽の如く強烈に光り輝いていたからだった。目をまともに開けられないくらいの強烈な光。強く瞼を閉じてもなお眩しいその光は、数秒ほど私を包み込むと、すぅっと消えていった。

 

 そして気がついたら、私はプレハブ小屋があったところに立っていた。

 

 思わず呆けてしまったのは当然で、状況が理解出来ないのも当然だった。

 意味がわからない。私の心境を表すならば、それが最も相応しい。

 プレハブ小屋に入って、クーリフ・ルーエに閉じ込められたことはわかる。魔法陣が光っていたのもわかる。

 そしたら全てが消えていた。

 もちろんプレハブ小屋も消えていて、私は何事もなかったように川岸に立っていた。

 何だろうか、今までのは全て白昼夢? でも、閉じ込められた時に感じた恐怖は本物だ。あれが夢だと、私にはとても思えない。

 じゃあ、何が……。更に深く思い出そうとして、私は知らない記憶を思い出した。

 知っているはずのないことを、私は何故か知っていた。

 

 寂れ果てた村。

 魔物としか思えない何か。

 捕まり、戦いに酷使され続けた日々。

 影そのもので出来たような漆黒の化物。

 化物の言った逃がすものかという言葉。

 

 そして、その化物に、胸を貫かれて殺されたこと。

 

 思い出した瞬間、私はその場で吐いていた。幸いにもここは人の少ない川岸。見ている人はいない。

 何だこれは、私は知らない。私はこんなこと知らない。理性はそれを否定する。

 でも、本能が、心が、叫んでいる。

 認めろと。

 お前は死んだのだと、私が私に告げている。

 

 意味がわからない。ますます混乱してきた。一体私に何が起きたのだろう。

 ああ、駄目だ。何もわからない。だったら考えないほうがいい。思い出さないほうがいい。

 ため息を一つ。認めるも認めないも、とにかく何だか疲れ果ててしまった。難しいことを考えるのは、家に帰ってからでいい。

 足取り重く、私は遠くのビルの間に消えていく夕日を見ながら、家路についた。

 よくわからない体験だったが、ようやく私は取り戻せるのだ。私のいつもの日常に。

 

 そうして、私は元の日々に、

 あの平和で穏やかなつまらない日常に、

 

 戻れない。

 

 悪夢は続く。

 

 クーリフ・ルーエは、

 

 私を逃さない。

 

 家でお風呂に入った私が見たのは、胸の中央についた大きな傷跡。

 思い出すのは漆黒の化物。

 その身体を槍のようにして、私の胸を一突きしたあの瞬間。

 貫かれた瞬間に胴体を斬ってやったけれど……。

 

 今の私にその力は、ない。

 

 だから、

 

 見つけたぞ。

 

 排水口から

 

 言っただろう?

 

 あの化物がやってきても、

 

 逃さない、と。

 

 私は逃げることも出来ないのだ。

 

 見つかったと理解した瞬間、私は全てを諦めた。

 

 化物は楽しそうに私に告げて。

 血だらけの化物は、ニヤリと笑って。

 怯えて竦む私を見て。

 口が大きく開いて……。

 私を……。

 私は……。

 ああ、やっぱり……。

 

 クーリフ・ルーエなんて入らないほうがよかったのだ。

 その後、私は気に入ったとか言って押しかけてきた化物と一緒に幽霊を成仏させたり、妖怪を退治したり、大悪魔ティタールーベルを倒したり、聖魔闘王と激戦を繰り広げたり、悪役を名乗る謎のですわさんに吹き飛ばされたりと、忙しい日々を送ることになるのだがそれはまた別の話。

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