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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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96話 休息 [許可]

 『治療薬が出来ました』と言って来たマムに対して、少し考えてから答えた。


「直ぐに配る事は、避けた方が良いだろうな」


 勿論、この場で配る様な事をするのは論外だが、それ以外でも”いつ、どこで、誰に”治療していくかは、考える必要があるだろう。


 もし、マムが言う『治療薬』が、ハクエンを治療したような効果を満遍無く示すようであれば尚更、目に触れる範囲を絞る必要があるだろう。


 ……ハク爺に関しては、施設でハクエンに会っている可能性が高い為、当然治療薬に関して知っている可能性が高い。傭兵と云う職業柄、その価値についても人一倍理解しているだろう。


 そもそも、ハク爺自体が瀕死の怪我をしていた訳で、治療薬の効果を体感している可能性すらある。


 当然、それら投薬の判断は今井さんがしていた筈だ。

 今井さんが判断を間違えるとも思えないが……


 状況を考えると、ハク爺及びハクエンの治療に当たっていた看護士、担当医が居るのは確実だ。周囲の医療関係者が、起こった出来事を把握しているのは確実だろう。


 まあ、このホテルに招聘される程の医療関係者が”患者”の個人情報を簡単に漏らすとは思えないが……だとしても、一番情報漏洩の可能性が高いのはこのルートだろう。


 俺から『直ぐには投薬は出来ない』と聞いたマムは、疑問などを口にする事も無く『はい、パパ!』と言った。


 一応、マムには補助的に言い含めておく。


「マム、大々的に薬の存在を広めるわけには行かないが、順番に投薬して行く事になるだろう。もし、治療薬に関して情報が洩れる事が有ったら、喰いとめて欲しい」


 そう言うと、マムは手をギュっと握ってから答えた。


「分かりました! もし、情報が欠片でも漏れそうになったら完全削除(フルデリート)します!」


「まあ、可能な範囲内でな」


 ……やり過ぎないか心配だ。


 マムであれば、データが流出した際に、電子制御を基準とするあらゆる機械を操作し、流出先でも物理的な破壊を起こせるだろう。


 ……近い将来、天災、人災に続く"電災"が起こっても可笑しくない。


 一応、マムには『ヤバい事は相談するんだぞ? 絶対だからな?』と言っておいた。そんな俺に対して、マムは『はい、分かりましたパパ!』と答えていた。


 俺がマムと話していた間静かにしていたサナが、再び手を引き始めた。


 一応、俺とマムが大事な話をしていると察して、話が終わるまで待っていた様だ。


「お兄ちゃん、あのね、サナも守るなの!」


 そう言いながら、手を引くサナに『ああ、そうだな』と返事したところで、今井さん達の座る席へと着いていた。





――

 俺の席は6人テーブル。


 席には既に、今井さん、上原先輩、元衛兵デウの三人が座っていた。

 席は6席なので、俺とサナとマムが座ると丁度良い。


 誰も座っていないイスの前には、誰も手を付けていない豪華な”夕食”が並んでいる。……メインは、ステーキらしい。ステーキの横にハンバーガーが置いてあるが……


 ……イスを見たサナが、『お兄ちゃんの上でも良いの!』と言って来たが、大人サイズ(もと)の俺ならともかく、今の俺に乗せられる膝など無い。


「俺が大きくなったらな」


 そう言うと、少し考えていたサナが『分かったの!』と言って、ニコニコしていた。


 ……本当に分かって(・・・・)いるかは微妙なところだが、今はこれで良い。


「お疲れ様だね……ほら、一杯どうだい?」


 そう言って、ガラス製の容器に入れられた飲み物を注いでくる。


 ……透明な液体だ。


「日本酒とかじゃないですよね?」


 見るからに高級な容器から注がれる液体に警戒するが……


「水だよ? ……まあ、この水差し一つで目が飛び出る位の金額だと思うけどね」


 そう言って、まじまじと容器を見つめている。


 そんな今井さんを横目に、恐る恐るマムに聞いてみた。


「マム、アレは幾らくらいするんだ?」


 そう聞くと、マムが一瞬間をおいた後で『そのピッチャーは、欧州に本社を置く会社の特注製品で、一つ当たり24万8千円ですね』と言って来た。


 ……高すぎる。


 一つ壊す毎に、初任給ひと月分の給料が飛んで行く。


 少しばかり、他の席が心配になったが、どうやら何かを壊してしまった子供はいないようだ。


 幾ら金が有るからと言って、物を粗末に扱うのは違う。それに、大きな金額だとよく分からなくなってしまうが、想像しやすい金額だとその価値がよく分かる。


 仕事上では、億単位の金額を扱う事もザラだったが、自分のお金として使うのとはまた違う。


「心臓に悪いな」

「パパ? この位の物であれば買いつくせますよ? 恐らく数百年先まで」


 確かに、900億も有れば、国内の物は買いつくせるかもしれないが、少し大げさだろう。


「確かに、900億もあればな」

「え?」


 マムも大げさに言う事が出来るように成長した、と思ったのだが……


「マムは、パパから任されたお金を増やしたんです」

「……どれくらい増えたんだ? いや、減っていても怒りはしない……せめてこのホテルの支払い分だけ残っていれば……大丈夫だ、うん」


 若干テンパりながら答えた。


 ……もし、足りなかったら今井さんに頭を下げよう。


 しかし、マムの言った言葉に違う意味(・・・・)でテンパる事になった。


「はい、パパの資産は日本円に換算すると、現時点で68兆円です。他にも権利資産等も有りますが、それらを現在の価値で計算すると――」


 マムの言葉が途中から頭に入って来なかった。


 ……俺が任せたのは900億円だから、えっと……10倍で9000億円、100倍で9兆円、500倍で45兆円、600倍で……えっと?


 途中でよく分からなくなってしまったが、取り敢えずたくさんになった。


 うん、それはもうたくさん(・・・・)


 ……。


 ……。


「正巳君?」


 心配そうな顔で覗き込んで来くる今井さんから、コップを受け取る。


 そして、中身も確認しないまま一気に飲み干した。


「……水、ですね」

「そう言ったろう?」


 そう言って相変わらず心配そうにしている今井さんに、『そうですよね。水、ありがとうございます』と返事した。


 水――でなくて。増えた資産の事は、一先ずたくさん(・・・・)になって問題ないようだし、まぁ良いだろう。うん、良い事なんだろう。


 そう考える事にして、意識をテーブルに戻した。


 正面に座っている先輩は落ち付いたもので、テーブルの上のデザートを食べている。


 その隣のデウも同様だ。


 先輩とデウは一言二言は普通に会話しているが、時折先輩が通訳の為"仮面"を取り出しているのが確認できた。どうやら、未だ言語習得には至っていないらしい。


 そんな、先輩とデウの会話の合間を見ていた正巳だったが、いつまでもそうしているわけにも行かない。呼吸を一つすると話しかけた。


「先輩、既に状況は聞いているかと思いますが……どうしますか?」


 この『どうしますか?』には色々な意味が含まれていたが、それを知ってか知らずかあっけらかんとした様子で答えがあった。


「そうだな、新しい所に再就職だな。条件は、俺を捕まえて化物の前に連れ出さない事だな!」


 そう言ってニヤリとするが、何と言うかさすが"先輩"だ。


 そんな先輩に乗っかるようにして正巳も言った。


「そうですか。実は、良い話がありましてね……その会社は、なんと『捕まえないし、縛らない。化け物にもけしかけない』そうです。それに、条件は"信頼できる事"だそうですよ?」


 少しばかりおどけた様子で言うと、それにふふふと笑って先輩が言った。


「お、興味があるな。どれ、どんな会社か教えてくれないか?」

「仕方ないですねぇ良いですよ。それじゃあグラスを持って下さい」


 そう言って自分のグラスを持つと、先輩が頷く。


「これで良いか?」


 楽し気に真似をして言うので、それに笑みで返すと言った。


「それじゃあ、これからよろしくですね、先輩?」


 そう言ってグラスの淵を軽く合わせると、先輩も応じる。


「ああ、よろしくな、後輩!」


 そして、二人してグラスの中身を飲み干した。


 飲んだ後で悪い顔して聞いて来る。


「それで早速だが、呼び方は『社長』で良いか?」


 それに苦笑して『これまで通りでお願いします』と返す。


 そんな様子を不思議そうに見ていたデウだったが、その様子を見てまた要らぬ事を思いついたらしい。先輩が近寄ると、何やらゴニョゴニョと耳打ちしていた。


 何を聞いたのか、慌てた様子でデウが言う。


「アノ、ワタシ、ヲ、ヤトッテモラウますか? おカネ、イラナイ、ケドアンゼンがイイ」


 そう言いながら必死な顔をしている。


 また変な事を吹き込んでとため息ついた正巳だったが、その様子に心配になったのだろう。いきなりたくさん水の入っていた"ピッチャー"を掴むと、中の水をゴクリゴクリと飲み始めた。


 きっと、先程のやり取りからまたおかしな誤解をしたのだろう。


 やめろと言おうとした正巳だったが、それより早く先輩が慌てて止めていた。


 先輩は、ひたいを拭いながら『冗談を教えないとな』とか言っている。


 そんな様子を見ていた今井さんが、面白そうに言った。


「何だか、賑やかな”仲間”が増えたね」


 そう言っている今井さんは、何だか楽しそうだった。


 ◇◆


 デウは、その後先輩と少し話しこんでいた。


 話の中で説明を受けたのかどうなのか、ようやく落ち着いたみたいだった。先輩が申し訳なさそうにしていたのは、きっと気のせいでは無いだろう。


 そんな二人を見ていた正巳は、ふと大使館での出来事が、もう随分と前の出来事のような感覚になっていた。つい最近のはずなのに感慨深いものがある。


 まさか、今井さんの部屋を訪ねた後こうなるとは……人生は何が起こるか分からない。――と、そんな風に思い出していた正巳だったが、他でもない今井さんから声を掛けられた。


「それで、子供達はどうしたいって?」


 どうやら子供達の希望について聞いているらしい。


「そうですね、全員に確認しましたが。里親に出たいとか、外部の施設に行きたい子供は一人もいませんでした。やはり、もう少しの間心の安定が必要みたいですね」


 そう言って答えると『そうだろうね』と言って、何処か安心した表情を浮かべていた。恐らく、今井さんとしても子供達の事が心配だったのだろう。


 何となく同じ事を考えていそうだったので、自分から切り出す事にする。


「それで子供達なんですが、俺としてはこのホテルで一緒に……」

「アニキ、お願いが有るんだ!」


 話の途中だったが、後ろから声がした。


 その声に振り返ると声の主はアキラだった。それだけではない。その少し後ろには、ハク爺とハクエンがいてテンもいた。その面々を首を傾げて眺めると聞いた。


「うん……どうしたんだ、アキラ?」


 そう言うと、アキラは『”ゴクリ”』と唾をのみ込んだ後、思い切った様子で言って来た。


「俺達がハク爺に鍛えてもらう事を、認めてほしいんだ!」

「認めてほしい? ……ああ、許可して欲しいって事か」


 流れとしては大体想像できる。


 恐らく、ハク爺の技術(ちから)を知っているアキラが、ハクエンを鍛えているハク爺を見て『俺にも教えてくれ』と言ったのだろう。それに対してハク爺は『先ず、保護者である俺から許可を貰ってこい』と言った。


 ……恐らくこんな所だろう。


 自分の身を守る為、必要な技術(ちから)を身に着けるのは必要なことだ。特にレールが存在しない場所を進んでいる者には、ある場合必須な事ですらある。


 それは、今回レールから外れてみて痛感した。


 真剣な様子で向ける眼差しに頷いた。


「良いだろう。許可する」


 求める者にはチャンスがあっても良いだろう。


 それこそ、ダイヤの原石である子供達の"研磨"の機会を潰すのは、愚かな大人のする事だ。大人の役割は、子供達がやろうとしている事を見守る事。


 そして、困った時に手を差し出す事だろう。


 頷いた正巳に少しの間口をパクパクとさせていたが、ようやく酸素が届いたのか理解が追い付いたのか、飛び跳ねて喜び始めていた。


 アキラだけではなく、テンそれにハクエンまで一緒になって飛び跳ねている。


「そんなに嬉しいのか。それも皆も喜ぶほど……?」


 首を傾げて呟くと、ハク爺が苦笑して言った。


「ふむ、お願いしに来ていたのはアキラ()だったのじゃが。どうやらそれには気が付いておらんかったようじゃのぅ」


 そう言いながらハク爺が視線を動かす。


 その視線を追って見ると、そこには静かに待ってこちらを見ている子供たちの姿もあった。


「まさかこの全員が?」


 そんな事は無いだろうと聞くも、どうやらそうだったらしい。


 飛び跳ねていたアキラが歩いて行き、何かニ、三話しをした瞬間、子供達が『ヤッター』と、盛り上がり始めた。その数、軽く三百はいるだろう。


 今更撤回するわけにも行かないだろう。


 やってしまったなと息を吐くと、それにハク爺が言った。


「あの後、アキラがみんなを集めて話し合っていたみたいじゃのぅ」


 あの後というのは、戻って来て直ぐの事だろう。


 喜び飛び跳ねる子供達の姿を見るも、一番幼い子でサナより一、二歳上と言った処だろう。決して幼過ぎるとは言えないが、十分な年齢だと言う訳でもない。


「それで、何を教えるんだ?」


 すると、楽しそうな顔をして言う。


「そうじゃのう。基本的には、ワシが普段教えてる事じゃが……そうよのぅ、一通りのサバイバルを重点的に教える事になるかのぅ」


 ……まあ、それならまだ良いか。


 こう見えて、ハク爺は教えるのが上手い。下手な人に下手な事を頼むよりは良いだろう。教えるのが上手すぎて、子供達の生活スタイルが変わってしまわないか少し心配だが。


「分かった、それじゃあ頼もうかな。因みに、どのくらい時間はかかりそう?」


 そう聞くと、『そうじゃのぅ』と考え込んだ後で、言って来た。


「最低でも四ヶ月、五ヶ月は欲しいのぅ」


 ……五ヶ月か。


「今井さん、どう思いますか?」


 そう聞くと横にいた今井さんが答えた。


「そうだね、僕は良いと思うよ」


 今井さんが反対で無ければ、答えは決まっている。


「それじゃあお願いするかな。それで、幾ら位になる?」


 ハク爺は傭兵だ。それも、俺が思いつく中で最高の傭兵だ。


 ……まあ、語れるほど知っている訳ではないが。


 ともかく、そんな凄腕の傭兵であるハク爺に"依頼"するのだから、それなりに掛かるはずだ。


 正巳の考えを知ってか知らずかハク爺は、一度正巳の顔を見て、その後今井さん、先輩、デウ、そして子供達へと視線を動かした。


 そして、一巡して戻って来ると、満足したように頷いて言った。


「そうじゃのぅ、ワシとワシの家族が戻る場所を空けておいてくれれば嬉しいのぅ。それがこの上ない報酬となるはずじゃ」


 その意図は分からなかったものの、居場所を用意する。その位はお安い御用だった。


「約束する。ハク爺とその家族の居場所は、いつもここに有る」


 そう言って立ち上がると、ハク爺と手を握り交わした。


 その様子をじっと見ていたのだろう。いつの間にか集まっていた子供達だったが、俺とハク爺の周りに来ると再びはしゃぎ始めた。


 中には、ホテルマンに胴上げして貰っている子もなんかも居たりしたが……いったい、いつの間に仲良くなったのだろうか。何にしても、仲の良い事は"良い事"に違いなかった。



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