75話 帰還 [捜索隊]
今井の四日目~夕方
ユミルを見送った後も、ホテルのロビーで正巳の帰りを待っていた。
本来だと、とっくに戻っているはずの時間なのだが……
心配になったので、何度かマムに連絡を取って貰った。
しかし、一度も電波が繋がらなかった。
ソファで寝ていたサナが、寝がえりを打った際に床に落ちそうになったので、部屋に寝かせて来る事にした。……部屋に戻ると、子供達は部屋に居なかった。
慌てて、サナをベッドに寝かして、部屋を出た。
部屋を出ると、ホテルマンが居たので『子供を見なかったかい?』と、話しかけた。
すると、『”ライト・ホール”にいらっしゃるかと、思います』と返事が有ったので、場所を聞いて歩き出した。
”ライト・ホール”は、別館の5階にあった。
そして、子供達も見つけた。
◇◆
”ライト・ホール”と名付けられた会場は、大きな宴会場だ。一テーブルに8人座れるテーブルセットが横12セット縦24セットあり、約2,000名が着席して利用できる。
――この会場は、式典や各国の要人が集まる交流の場として使われる事が多いらしい。
そんな、巨大な宴会場だったわけだが……テーブルや椅子が全て取り除けられていた。
「これは?」
入り口付近に居たテンに声を掛ける。
「ハイ、部屋に連れて行っタラ、泣き始めたコドモイて、ミンナで一緒に寝る事二なりまシタ」
急に知らない場所に来たのだから、子供達が不安になる気持ちも分かる。
連れて来られた子供の平均は、大体8歳~9歳位だろう。
それに、子供達の様子を見た感じでは、あまり扱いが良かったとも言えない様だ。
――見える部分に、煙草を押し付けた跡がある子どもが多い。
ただ、健康状態が悪い子供ばかりでは無く、中には、明らかに肌ツヤの良い子達もいる。
――ただ、その瞳は濁っていて、表情も無い子供が多いように見えるが。
それぞれ、会場内でも幾つかのまとまりが出来ている。
――自然と、救出された施設毎にまとまっているのだろう。
「そうか。それでこの”会場”を使う事になったのか……」
見渡す限り、子供達が溢れている。
会場が大きいのと小さな子供ばかりなので、それほど窮屈さはない。
全員が横になっても、まだまだ十分な広さがあるだろう。
「まだ増えるのかな……」
今の時点で、既に800人近く居るだろう。
まあ、幾ら増えても資金的には大丈夫だろうが……
何せ、マムが兆円規模の利益を上げたばかりなのだ。
だから、幾ら人数が増えても心配は無いのだ。
問題なのはそんな事ではない。
この国で、これだけの数の子供達が”商品”として、売り買いされていた事実が問題なのだ。確かに、アフリカだったり、中国の地方だったりでは、自分の子供を売る人が居る事を知っている。
しかし、日本は”先進国”であり、”治安が良い”と言われている国で、世界的にもマナーや民族性に関して定評のある国なのだ。
それなのに……
”この国の闇”について考えていたら、話し掛けられた。
「ネエさん、俺タチココで手伝いスル。ダカラ……」
僕が、難しい顔をしていたのかも知れない。
テンが、伺う様にして話しかけてくる。別に、テンたちの事で考え込んでいたのでは無かったのだが、どうやら誤解させてしまったようだ。
「あぁ、大丈夫。……いや、手伝いを頼んだよ!」
そう言うと、不安そうにしていたテンの顔が、パァっと明るくなった。
「ハイ! あの、ミンナも手伝うのデ!」
「分かった。僕は、研究室に居るから何かあったら呼んでくれ。あと、サナくんが部屋で寝てるから、起きたら面倒を見てくれるかい?」
『分かりまシタ!』と言う、テンの返事を聞いて、今井は会場から歩き出した。
◇◆
その後、『研究室に行く前に、少しだけ……』と、正巳の帰りを待っていた今井だったが、気付かぬ内に眠り込んでいた。
日中の作業や、一週間忙しかった疲れが溜まっていたのだろう。
そんな今井を、優しい目で見守る男がいた。
――シンガポールで、今井の運転手兼護衛をしていた男だ。
男も、今井と共にシンガポールに行った。それに、先ほど戻って来た”部下”の傷口を縫合をしたり、”指揮”をしている佐藤から”報告”を受けていたのだが……その顔には一切の疲れが見えなかった。
むしろ、生き生きとしている様にすら見える。
そんな、"見守る視線"に気が付いたわけでは無かったが、今井は"夢"から目覚め掛けていた。
「……んぁ?」
最初に感じたのは、淡い光がキラキラと輝くシャンデリアの輝き。
次に感じたのは、いつの間にか掛けられていた布の感触。
そして、”夢”から覚めた。
自分の手の平を見つめながら、呟く。
「……そうか、夢だったか」
まだ薄っすらと覚えている。
エントランスで待つ自分の元に、苦笑しながら戻って来る正巳君の姿。
そして、その手を握る僕の姿。
「…………」
もしかしたら、何処かに居るかも知れない。
そう思い周囲を見回すが、どこにもその姿はない。
何か用事があって、まだ帰って来れないのだろう。
「ふぅ……」
ソファから立ち上がり、布を手にして、カウンターへ歩いて行く。
「ザイ君かい? これ……」
そう言いながら、手に持った布を差し出す。
「お疲れの様でしたので」
「そっか、ありがとう。それで、正巳君は?」
ザイに、布のお礼を言い、正巳の所在を聞く。
「現地に同行した者達も、戻って捜しているようなのですが……未だ見つかっておりません」
「……そっか、何かあったら教えて欲しい」
『承知しました』と言ったザイに、もう一度念を押すと、歩き出した。
……廊下を抜け、歩いて行く。
歩きながら、考えていた。
正巳君と連絡を取れなくなったのは、突入した孤児院。
その孤児院は、既に制圧済みだった。
一緒に行った者達も、何処に居るか分からない。
「……」
背後に人が居ないのを確認して、マムに話しかけた。
「マム、正巳君は最後に、何と言っていたんだい?」
すると、マムから返事があった。
「マスター、パパは『施設の図面に”不自然”な部分が無いか』と聞いていました」
「不自然? ふむ……それで、何と答えたんだい?」
「はい、『一部の施設強度が過剰に強く設計されています』と、答えました」
「……」
無言で、今歩いて来た道を戻った。
◇◆
ロビーには、”関係者”が集められていた。
今井が、ザイに対して集めるように依頼したのだ。
ロビーいっぱいに集まっている。
一応、『他のお客さんの邪魔にならないか』聞いた所、『ココはロイヤルですので』と言う返事が帰って来た。どうやら、一般のお客さんは利用しないらしい。
今集まっているのは、正巳と同じ施設を担当した者達だ。中には、腕を怪我していたはずのユミルや、全体指揮をしている佐藤の姿もある。
ただ、その数は全部では無い。今ここにいないのは、正巳と戻るはずだったリョウとジュウ、ハムだ。今も、この3人は施設内で正巳を探している。
探し続けて、既に10時間以上が経過しているが、未だ見つからない。
ロビーに集まった面々を見ながら、口を開いた。
「君達にお願いしたい事があるんだ」
周囲の視線が集まった処で言った。
「正巳君を! 君達と一緒に行った正巳君を!」
途中で息が切れそうになったが、息を吸い込むと最後まで言い切った。
「どうか、どうか……見つけて、連れて帰って欲しい……!」
実の処、『何故、君達が無事で、正巳君がいないんだ! 何の為の護衛だったんだ!』そう叫んで、掴みかかりたいのが本音だった。
しかし、そんな事をしても無意味――いや、マイナスなのは分かっている。何より、ここに集まった一人ひとりの表情を見れば、その心境が分かる。
片腕を包帯で縛り、体に固定しているユミル。
その無事な拳から、赤い雫が滴り落ちている。
「……申し訳ありません。私が残っていれば……護衛でしたのに」
ユミルが俯いて、更に拳を握りしめる。
「手」
「え?」
ユミルの側に近寄って、手を差し出す。
「手がそれじゃあ、探しに行けないだろう?」
「わ、私がっ――」
『私が』何だと言おうとしたのかは分からない。
しかし、その言葉を言い終える前に制した。
「君は傷を治すんだ。行くのはその後で、だよ?」
「しかしっ!」
食い下がるユミルに、一呼吸して言った。
「協力するなとは言っていないさ。君は、正巳君と現地に行っていた一人なんだ。知識を貸してもらう。……それには、しっかりと傷を治してから向かえば良い」
消え入るような声で返事したユミルに頷くと、再びその場の全員に話し始めた。
ユミルの”想い”を感じ取ったからか、今井の溜飲は下がっていた。
◇◆
その後、施設の”不自然”な点に関して共有した今井は、他の班員の話を聞いていた。
「それで私は聞きました『カグラ様はどちらに?』と。すると――」
会話の内容は、『ホテルマンが正巳君に何処に行くか聞き、それに対して正巳君が、”後始末”と答えた。その後、歩いて行く正巳君の背中に、後から来る『車のキーはダッシュボードにあります』と伝えた』――と言う内容だ。
もしかすると、正巳君は、自分以外の人に『先に帰るように』と、言っていたのかも知れない。今回施設の存在を知った経緯を考えるに、恐らく正巳君は、施設と関わっている者に繋がる”情報”を、手に入れようとしていたのだろう。
今話したホテルマンが、正巳君と最後に会話した男らしかった。
どうやら、今ここに居るのは先にホテルへと帰還して来たメンバーらしい。
正巳君と同じ施設へと出発していた者達は、残って探していると云う事だった。
「ありがとう。それで――」
ホテルマンに礼を言い、皆に意見を求める。
「それで、一通り皆から話を聞いた訳だけど。どう思う?」
「……やはり、施設の図面の”不自然”な場所が怪しいかと」
確か、マイクと言ったか、男が言う。
「その可能性が高い」
ハオと言う男が答える。アジア系の顔だ。
他の者も同じ意見のようで、皆が頷いている。
「それじゃあ、このエリアを重点的に調べてくれるかな」
「「「ハッ!」」」
その場にいた全員が同意した。
◇◆
それから一時間もしない内に、再び班を組んで出発していた。
向かった捜索隊は、4班16人と云う事だ。
捜索隊を見送った際に、新たな孤児救出隊が戻って来た。
その車両には、30人弱の子供達が入っていた。ザイの話によると、今戻って来た班の人員も、一度休憩をしてから追加の”捜索班”として、現地に向かうとの事だった。
施設内だけでなく、周辺の山中も捜索するらしい。
「無事に帰るって約束したじゃないか」
出発して行った者達を見送りながら、一人そう呟いていた。
既に20時を回っていたが、下手に睡眠を取ったせいで目は冴えていた。
「戻った頃には、正巳君が居るはずだよ。きっとそうさ」
最後にそっと呟くと、研究室に向かった。
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