71話 孤児院 [調査]
正巳の四日目(後編②)
――
部屋を回って、子供達を中央ホールへと連れて来た。
中には寝ていた子供もいた。また、知らない大人である俺に対して、警戒心を露にする子供も少なくなかった為、途中までは説得するのに苦労した。
しかし、途中で迎えに行った孤児の少年、アキラが『手伝う!』と、付いて来てからは説得が楽になった。
……アキラが説得する際に言っていた『アニキは、凄いんだ! ヒーローなんだ!』という言葉が不意に耳に入って来て、赤面するのを必死に抑える事に苦労したが……
「よし、他の部屋の子供は誘導し終えたな……」
リョウも、ハムと協力して子供達を連れて来ていた。どうやったのかは分からないが、ハムに懐いている子供がいた。
……食べ物か何かを、あげたのかも知れない。
ともかくこれで、ほぼ、全ての子供を連れて来た事になる。
子供達の体調が心配だったが……見ると、イタチが動き回って、一人ひとり確認している。
その様子を見て、一先ず安心した俺は、横に立っているアキラに声を掛けた。
「ありがとな、助かった……さて、……」
俺の言葉に、恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いた後で、俺の雰囲気を感じ取ったのだろう。俺の顔を見て聞いてきた。
「……どこか行くの?」
「ああ、もう一人連れて来ないといけない子が居てな」
ハクエンの事だ。
「オレも行く?」
アキラが"手伝おうか?"と言ってくる、が。
「いや、大丈夫だ。一人で行くさ」
俺の言葉に、不思議そうな表情を浮かべた後、"まぁいいや"という顔をする。
「……分かった。あと、大人が”入るな”って言ってた部屋が地下にあるよ……」
何気なく、教えてくれたのだろうが……”入るな”の部屋か、そこに何かあるかも知れない。とても貴重な情報だ。
アキラの頭をガシガシと撫でてから、車両から持って来ていた”布”を手に、歩き出した。
――
……先ほど名前を付けた子供がいる部屋まで来た。
部屋の前に横たわっている男を尻目に、部屋へと入る。
……ハクエンが扉の近くまで、這って来ていた。
「迎えに来たぞ」
俺がそう言うと、ハクエンが嬉しそうにする。
ただ、顔も体も痩せこけていて痛々しい。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、ハクエンの体を持って来た布で覆った。
「……家に帰るか」
そう言って、抱き上げたハクエンを連れて歩き出した。
……ふと、視線を感じた気がしたが、気のせいだろう。
――
中央ホールへと戻ると、半分ほどの子供達が居なくなっていた。リョウの話だと、程度が酷い子供や衰弱している子供は、既に十六班の車両に乗せたらしい。
話を聞いて直ぐ、中央ホールを出た。
正面玄関から外へと出ると、そこにはマイクとジェイが居る。十六班の車両組だ。……先に出発している車には、十五班の車両組であるサンとハオが、重症のハク爺とユミルを乗せ、既に出発している。
見ると、車のライトで施設の周囲が照らされている。正面から施設を見たのは初めてだが、中で行われていたことを踏まえて見ると、監獄の様にも見えて来る……
孤児院に背を向け、車両の前で何やら話し合っていた二人に声を掛けた。
「栄養が足りていないと思われる。向こうに着いたら、先ず栄養を頼む」
「「ハッ!」」
マイクとジェイが、敬礼の姿勢を取る。
……いや、軍隊じゃないんだから……
……じゃないよね?
俺の様子に構う事なく、ジェイが、段取りよくハクエンを車両に乗せる。
……車両の扉を開いた際に、中の子供達の様子がチラッと見えたが、どの子供も瞳に色が無いように見えた。
……もしかすると、俺達の事も”新しい大人”としてしか、認識していないのかも知れない。そうだとすると、子供らしさが戻るまでに、時間がかかる可能性が高い。
一歩引いて見ていたが、どうやらマイクが運転、ジェイは子供達と一緒に乗り、世話をする様だ。
……二人が、敬礼してくるので、軽く手を挙げて返しておく。それと、施設内で見つけた白い錠剤に関して説明し、今井さんに分析してもらう様に頼んでおいた。
車両の扉が閉まる際、ハクエンの顔に何とも言えない表情が見て取れたので、視線が合ったタイミングで、頷いておいた。
一瞬、ホッとするような表情を浮かべたのを見て『俺は裏切ってはいけないな……』と、思うと同時に今後の事を考えていた。
子供達を保護したは良いが、大使館から連れ出して来た子達と違い、攫われて来た訳ではない。親の居ない”孤児”なのだ。手段は幾つかあるが、俺が選択できるのは三つだろうか……
一つ目は、里親を見つける。
二つ目は、自分達での自立を促す。
三つ目は、俺が親として面倒を見る。
一つ目と三つ目は、本人達の希望次第だ。二つ目に関しては、直ぐには無理だが、子供達の内誰かが成人したタイミングで可能だ。その際は資金的援助を行うが、少なくとも成人するまでは俺が面倒を見る事になる。
俺自身の選択肢として、三つ考えてみたが、実際には選択肢など無い事に気が付いた。
苦笑していると、子供達を乗せた十六班の車両が出発した。
――
車両の光が見えなくなるまで見送った後、施設の中へと戻った。
施設の中へと戻ると、中央ホールの扉の前にハムが居た。
「皆はどんな様子だ?」
「ハッ! 重度の者は先ほどの車両に乗せたので、中には比較的軽症の者と、外傷のない者が残っています」
外傷のない、ね……内面はどうなんだろうか……
体の傷は治るが、心の傷は治りにくい。
「車両が着いたら、一台を残して、子供達と先に帰還してくれ」
情報が全く見当たらない等、場合によっては、今から数時間かかる事も考えられる……考えたくもないが。
「ハッ! 了解しました。カグラ様はどちらに?」
「ん~……後始末かな」
”後始末”と言うよりは、どちらかと言うと、これからの”下準備”と云う面が強い。ただ、残らず情報を取って行くという面においては”後始末”と言えなくもない。
「了解しました …………***」
頷いてから歩き出す。
……暫くしてから、ハムが何か言っていたのが聞こえたが、手を挙げて答えておいた。
――
暫く廊下を歩く……この施設は回廊になっているので、何処かに地下への入り口があると思ったのだが……歩いていてもそれらしい場所が無い。
こんな事だったら、アキラに”地下室”への入り口を聞いておくんだった。と考え始めた頃、耳に入っているイヤホンの存在を思い出した。
「マム、良いか?」
話しかけると、元気に返事がある。
「はい! パパ、何でしょう!」
「いや、子供の救出は無事に済んだんだけど、施設内の情報を探す手助けをして欲しいんだ」
マムは、この施設の図面を持っている。
マムに協力して貰えば、地下室への道が見つかるかもしれない。
「分かりました……液晶等の機器は有りますか?」
……スマフォはサナにあげてしまった。
手元に、映像を確認できる機器は無い。
「無いな……こう、空中にホログラム表示が出来れば良いんだけどな」
「……ホログラム? あぁ、それなら……ムム……これなら……」
マムが、何やら呟き始めた。
「マム?」
「はい! あ……そうですね、見る限り図面上に地下への入り口らしき設計はありませんが……」
……そうか、そもそも設計段階で秘密の地下室を設計する人は、いないだろう……それなら……
「マム、図面上で不自然に感じる部分は無いか?」
ネット上で自己学習しているマムならば、建築の知識もあると思ったが……
「……そうですね、正面入り口を前として、右後ろのエリア……奥から3部屋目あたりの強度が過剰に強く作られています。他の場所の倍以上です!」
「強度が過剰に? ……行ってみるか」
強度が強く設計されているという事は、上か下に他とは違った設備がある事を示している。屋上に貯水槽を備えた施設なんかも、貯水槽の下の構造は強く出来ているらしい。
もう少し歩いて行けば、マムの言う場所に着くので、歩き出した。
――
目的の場所に来ていた。
……部屋と部屋の間に2メートル程の”何もない壁”があった。
両側の部屋に入ったが、特に部屋が広い訳でもなかった。
「この壁に仕掛けが、あるのか?」
目の前の壁を、上から下まで見るが……
何か装置が付いている訳でもない。
「ほんとに有るのか……? ……あっ」
壁を触っていたら、横にスライドした。
「……意外と単純な仕掛けだな」
見ただけだと、全く気が付く事は無かったが、触れば直ぐだった。
施設の職員が、子供達に”地下には行くな”と言っていた意味が分かった。恐らく、施設内の人間にとっては、”地下室”の存在は、皆が知る処だったのだろう。
これだけ完璧に作ったのであれば、もうひと手間加えれば良かっただろうに……
まあ、お陰でさほど苦労せずに”地下室”に入れるわけだが。
スライドした壁の向こうには、下に続く階段があった。
「行くしか無いよな……」
開いた扉をくぐって、”地下”へと歩き出した。
評価、感想等ありがとうございました!
大変、力付けられておりますm(_ _)/




