65話 夢と現実の境目
今井の三日目(後編)
マムとの『何作ろう談議』が盛り上がり、気がついた頃には夕方になっていた。
「それじゃあマム、正巳君を頼んだよ」
正巳君は今、孤児院の子共たちを救出に行っているだろう。幾ら、国の法律で武器類の所持を禁じているとは言え、銃はないだろうと安心は出来ない。
事実、大使館内の兵士は銃器を携帯していた。
所持は疎か、持ち込みや製造が禁止されていたとしても、そんなもの幾らでも穴があるのだ。
仮に銃器で無かったとしても、殺傷能力のあるモノで用意できそうな物は幾らでも考え付く。だからこそ、少しでもマムのバックアップでサポートして欲しかった。
「はい!」
元気に返事をするマムに、満足しながらも考えた。
僕に出来るのは……
「もっと便利な道具を作るしかないよね、やっぱり」
そう呟きながら、手元の紙にアイディアを書き始めた。
◆
結局、時間になって呼びに来るまで作業をしていた。
「飛行機の出発の時間になります」
聞こえて来た声に首を回すと、時計の針が予想の十倍進んでいた。
「…………あ、ああ、そんな時間か」
時刻は20時を回っているが、生憎準備などできていなかった。申し訳なさそうに頬を掻きながら顔を向けると、いつも通りポーカーフェイスな男に言った。
「ザイ君、悪いんだけど、そっちにある紙をまとめてくれないかな?」
「承知しました。これは……、紙に書くのですね」
恐らく、何でもデジタルでこなすイメージを、持っていたのだろう。意外そうな顔をするザイを見て、少し面白く思った。
「あぁ、そうなんだ。紙に書いた方が自由に発想出来るし、思わぬ発見があったりするからね」
「なるほど、"空白の理"ですな」
ふむふむと頷くザイを横目に、続けて口が動いていた。
「後はほら、データと違って、知らない内に盗まれたりが無いからね!」
言いながら、マムが世界中の研究技術を食べている事を思い出して、一人苦笑した。
ザイもその様子に気付いていただろうが、触れて欲しくない事を察したのだろう。それ以降、部屋が綺麗になるまでは無言だった。
紙が散らかっていたのは一部屋だけでなく、全部屋にわたってだったが……これには理由があるのだ。そう、深い理由が。
と言うのも、思いついた事を紙に書き、紙が互いに重なって来たら移動してまた書いて。移動した先で床が埋もれて来たらまた移動して……そんなこんなで、気がつくと至る所に紙が散乱していたのだ。
違う、いいや違う分かってはいる。
『そんな事してたら当たり前だ』は、分かってる。
分かってはいるけど仕方が無いのだ。
何せ、集中している時は、集中している対象以外全て頭から外れてしまうのだ。
黙々と拾い集めるザイの姿を横目に見ながら、きっと執事が居たら、自分は研究以外に目もくれず最終的には社会不適合者――廃人になるのだろうなと思った。
残り一部屋丸々残っていたが、さっさと片付けてしまう事にした。
◆
荷物をまとめ終えたので、部屋を出た。
"荷物"と言っても、書きなぐった紙の束のみだったが。
部屋を出た後、まっすぐ駐車場へと移動して車に乗った。
「それでは、空港まで出発します」
そう言ってハンドルを握ったザイだが、心なし疲れているように見える。
「休憩してたと思ったけど、何かあったのかい?」
休む為の時間にしていたのだが……。
「昨日、ホテルを襲撃した者達を殲滅――いえ、捕縛して来た所です」
どうやら、自分が紙に書きなぐっている間、ザイはザイで忙しくしていたらしい。昨日の事を思い出してお礼を言った。
「ありがとう」
昨日はだいぶ怖い思いをしたが、このタイミングで解決して来たと言うのは、恐らくこちらを気遣っての事なのだろう。礼をした今井にザイが首を振る。
「いえ、あくまでもホテルの"自衛権"を行使しただけですので」
ホテルの"自衛権"と言うのは初めて聞いたが、恐らくあまり触れない方が良いのだろう。何にせよ、気持ちが軽くなったのは確かだったので、素直に好意として受ける事にした。
「……そっか、わかった」
「到着までお寛ぎ下さい」
軽く頷いた今井とそれに短く応えたザイだったが、その僅かにほほ笑んだ横顔を見て、ふと懐かしい感覚に浸っていた。
それは、既に記憶の奥に仕舞われてしまったいつかの記憶だったが、確かに経験した事のある感覚だった。首を傾げた今井と、その様子を視界の端に映しながらも黙っているザイ。
静かながらに心地の良い時間だった。
◆
その後、何事もなく空港へと着いた二人は、飛行機に搭乗していた。
「さて、帰りはぐっすりだ!」
そう言った今井だったが、座席に横になってすぐお腹が鳴った。
「今日何食べたっけ?」
お腹を擦りながら思い返してみて、何も食べていなかった事に気が付いた。通りでお腹が空くわけだと苦笑した今井は、今日初めての食事を取る事にした。
「ちょっと良いかな?」
歩いて来た客室乗務員に声を掛ける。
「御用でしょうか」
「うん、何か軽食ないかな?」
時計を見ると21時18分、夕食の時間帯。
食べ物を頼んでも、別に可笑しくはないはずだ。心の中で緊張しながら平静を保っていると、ニコリとほほ笑んでお姉さんが言った。
「はい、こちらからお選びください」
そう言って、座席に付いた液晶パネルを操作してくれる。
「うん、カレー……いや、このシュウマイセットをお願いできるかい?」
表示されたメニューを見ながら、『カレーナンを』と言おうとしたが、その横にあって目に入って来たシュウマイの写真に惹かれた。
カレーナンにも心残りがあった為だろうか、チラチラと見ながら注文していた。すると、その視線の動きを見てか、お姉さんが提案してくる。
「こちらに、小皿のメニューもございますが」
細い指先を見ると、そこにはほぼ全種類が小鉢の状態になってメニューに載っていた。きっと、これまでにも同じような事があったのだろう。
「おぉっ! っと失礼。……それじゃあ、このミニカレーナンと、シュウマイ二つ、豚の角煮、あと……そうだね、サラダボウルを貰えるかな」
そう言うと、乗務員のお姉さんが『承知しました』と言って下がって行った。
程なくして料理が出て来たが、最初に出て来たのはサラダボウルと、頼んでいなかった味噌汁だった。先ず、コップに入った味噌汁をすする。
「胃が……優しさで包み込まれるぅ……」
次にサラダボウルを口に運ぶ。
「シャキッとした食感、臭味が無くほんのりした旨味……」
野菜を食べ味噌汁をすすっていた処で、豚の角煮が運ばれてきた。
「肉厚で噛むと無くなってしまう程柔らかい、肉!」
満足していたところでお茶が運ばれてきた。
湯呑の大きさは若干小さくて、入っているお茶も半分ほどだ。
「あっさりしていて飲みやすいなぁ~」
口直しだったのだろう。飲み終えたタイミングでシュウマイが出て来た。
「肉汁がこんなに……う~ん、たまらないね!」
小皿に零れた肉汁まで綺麗にすすってしまう。
綺麗に頂いた小皿の代わりに、ミニカレーナンと水が運ばれてくる。
「なんだかんだ言って、水って美味しいんだなぁ~」
何となく何処かの画伯のような口調になるが、そんなのには構わず、今日のメインに手を付けた。一口目を舌で味わい、二口目を喉で味わう。
「やっぱり、カレーなんだなぁ……」
思わずそう呟いたところで、すぐ後ろの席から吹き出すような声が聞こえた。
「ぶふぉっ!」
「……?」
振り返ると、何列か後ろに座っていた人が『すみませんね~』と言いながら近づいて来た。
近づいて来る男を見ながら視線を横にずらすと、何時でも動ける姿勢にザイが構えを取っていた。もし何かあっても心配無さそうだ。
それにしても、このクラスの席は機体の中でもハイクラスに当たり座席数が少ない。当然、利用する際の金額も桁が違う。
そんな中、このクラスに座っているという事は、相当なお金持ちなのだろう。
「抑え切れずにすみませんでした」
「いや、特に気にしてないさ……」
男は、手にノートを持っている。
「あの、こちらの文章、ウチの雑誌の記事にしても宜しいでしょうか……余りにも素晴らしい文章で、是非使いたいなと思いまして」
そう言いながら広げるノートを見ると……
「これは、もしかして僕の?」
そこには、先ほど呟いていた言葉が丸々そのまま書かれていた。
「それで、如何でしょうか。もちろん原稿料もお支払いしますので」
自分が口にした言葉が文字になっているのを見ると、とても恥ずかしいモノが有る。しかし、特別断る理由もないので承諾する事にした。
「構わないけど……ただ」
「ただ?」
これだけは譲れない。
「僕の事は載せないでね」
「勿論、写真や実名は載せません。代わりに、イラストや仮名を使わせて頂きますが」
イラストに仮名であれば、まずバレないだろう。
「分かった、それで良いよ」
そう答えると、男はノートを掴んでガッツポーズをしていた。
その後、少しして落ち着いた男が聞いて来た。
「それで、原稿料の事ですが――」
「ああ、要らないよ」
即答したが、どうやら引き下がるつもりはないらしい。
その後しばらく問答していた。
要らないを繰り返して二桁目に入った処で、懲りずに聞いて来る。
「あの、本当に原稿料は宜しいのですか?」
何度も聞いて来る男に『要らない』と返していたが、このままでは埒が明かなそうだったので、原稿料の代わりに男の事を話してもらう事にした。
「お金は要らないから、君の話を聞かせてくれないかな?」
「お金の代わり、ですか? もちろん良いですけど……」
首を傾げながら口を開いた男が話し始めた。
男の話では、航空会社からの依頼で搭乗していたようで、完全な取材中だったらしい。
設備や乗り心地に関しては問題なかったが、食事レポに関しては全く経験がなく、どうしようかと困っていたらしかった。
つまり、食べる時に漏れた呟きを聞いて、それをそのまま記事にしようと考えたのだろう。
一応、男の名刺を貰っておいた。そこそこ大きな出版社と言う事だったが、一切興味のない今井にとっては全く知らない会社だった。
「有難うございます! これで生きて帰れます~」
そんな風に言いながら、自分の席に戻って行く男を見送った。
「……ふぅ、色んな人が居るんだねぇ」
そう呟いた後、座席に備え付けられているモニターに出て来たマムに、男の名刺を確認させておいた。今後役立つことがあるかも知れない。
そんな事を思いながら、残りのカレーナンを食べてしまった。
満腹に満足した今井だったが、そう言えば……と思い出してマムに声を掛けた。
「マム、今回は飛行機を落としそうになるのは止めてくれよ?」
「大丈夫です、マスター! 既に操作関連の技術は習得済みですし、今回のイベントで吸収した技術の中に、自動運転技術に関する先進技術がありました。いざとなれば、自動運転で航行出来ます!」
早速、今回100億円の懸賞金を餌にした効果が出て来ているらしい。
「分かったけど、"自動運転"は止めてくれるかい。一度検証してからにしたいからね」
「はい、わかりましたマスター。手動運転に戻します!」
…………戻します?
「もしかして?」
「あ、先ほど迄は自動運転でした」
既に遅かったらしい。
ただ、気が付かない程完璧な自動運転だったと考えれば、問題ないのかも知れない。問題はあるが、きっと深く考えなければ問題ないのだろう。うむ、問題なし!
「今度からは僕に一言欲しいな」
「すみません、マスター。次回からはそうします」
モニターの中で頭を下げるマムを見て頷くと、座席を倒した。
きっとこれで今後は大丈夫だろう。
気を取り直した今井は、早速目を閉じて呟いた。
「さて、少しでも休まないとね……明日は忙しくなりそうだ」
呟きながら、明日楽しみにしているアレコレを脳裏に描き始めた。
思い浮かべたのは、ホテルに着いているであろう資材とそれで作る機械たち。以前から欲しかったものや、構想はあったものの材料が手に入ってこなかった物まで。
そうして楽しく妄想していた今井だったが、いつの間にか夢の世界へと入っていた。
夢の中で、ひたすら機械を組み立てていた今井は、起きてみて、作ったはずの機器が出来ていない事に一瞬混乱する事になるが……。
そんな今井の、数列後ろの席に座っている記者は、面白く書けそうな記事に興奮して、何度も何度もノートを開いては書込み、開いては修正し――を繰り返していた。
後日、ある旅行雑誌に掲載された、機内食紹介コーナーが話題を呼ぶのだが、当事者である今井はそんな事を知る由もなかった。
◆
夢の中で楽しく機器を組み立てていた今井は、結局到着するまで目を覚ます事は無かった。結局、到着後ザイに起こされて目が覚める事になったが……
目が覚めた時、『あれ? 僕の組み上げた腕は?』――と呟いた今井は、ザイだけでなく周囲の乗客から、不思議な視線を向けられる事になった。
しかし、当の本人は、そんな事より折角作った”腕”を夢の中に置いて来てしまった事の方がよっぽど、残念で仕方ないという様子だった。
飛行機のタラップを降りるまで、若干機嫌が悪かった。
しかし、それも車に乗り込むと様子が変わった。
いよいよ本当に作業に取り掛かれるという気持ちと、二度目だから前よりも"夢よりも"上手く作れる!と、テンションが上がっていたのが理由だった。
口角を上げた今井が真っすぐ指さすと言った。
「ザイ君、地下の研究所に直行だ!」
それに頷いたザイは、頷くと同時にアクセルを踏み込んだ。
「承知しました」
薄日に赤らみ始めた空の下、車体は赤く染まっていた。
「やっぱりカレーなんだなぁ~」
無性にカレーナンが食べたくなってきました。
明日の昼食は、カレーとナンで決まりですかね。
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少しづつ、文章を読みやすく修正しますので、ご容赦ください。
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