64話 金融界の化け物
今井の三日目(前編)
金融界の化け物
目が覚めると、既に時間は昼を回っていた。
「す~~はぁーーす~~……」
息を吸い込みながら伸びをして、ゆっくりと吐き出しながら体を捻る。
簡単なストレッチだ。
「帰りにマッサージでもしてもらおうかな」
捻る度バキバキと音を立てる体と、肩甲骨の辺りに残る疲労感に眉をしかめる。
肩を支点にして、肘で円を描く様に動かしていると、壁のパネルにマムが現れた。
「マスター、お早う御座います!」
手を後ろで繋いで、膝丈のスカートをひらひらさせている。
「おはようマム、僕が寝てる間に何かあったのかい?」
何やら、報告したくてウズウズしている様子のマムに、促すように言う。
すると、後ろに回していた手を前に持ってきて、手をパチンッと合わせた。
「はい!そうなのですよ!実は、注文していた機材の内、最低限必要なものが今朝発送されたのです!これで、マスターがホテルに戻るまでに間に合うのです!」
「フォオオオオ!帰りの飛行機は熟睡決定!けってい!」
ひと様には、決して見せられないような奇声を上げて、ベッドの上で飛び跳ねる。
「マスターに最初に組み立てて貰えれば、後は……ふふっ」
「これでようやく上原君と、ボス吉、兵士君二人がどうにかなるかも知れないね……後は、教授の研究を吸い出せば良いんだけど……」
必要な仕掛けは問題なく動いているはずだ。
後は、マムが吸収するタイミング次第だ。
「マム、今のダウンロード状況はどうなってるかな?」
「はい、現時点で総閲覧数は16億PV、クイズ正解者数は8千万アカウントです」
ニュースに取り上げられた分、拡散するのが早かったのだろう。
想定の100倍以上の数値だ。
「正解者数の内、記憶媒体内にあるシステムを食べ終わっているのが、約5千万アカウントです。クイズ正解者の分を食べ終わり次第、閲覧者に関しても随時食べて行きます」
この、食べる事こそ、未知の技術を得る方法だ。
個々の技術や、アイディアでは価値のないモノでも、適切なものと組み合わせる事で、思ってもいなかった結果を生み出す事が出来る。
「順調みたいだね」
「はい! ただ……」
マムが、ぱぁっと顔を輝かせた後、言いにくそうに口ごもる。
「肝心な技術はまだか」
「はい……」
と言う事は、まだロイス教授はアレを繋いでいないという事だ。ロイス教授のスポンサーをしている、軍や企業なんかに取り上げられない限りは、必ず接続すると思うのだが……
「まぁ、こればっかりは、待つしかないかな」
「そうですね……パパが戻るまでに如何にかなれば、良いんですけど」
◆
その後、沈んでいても仕方ない!と言う事で、二人で初めに造るモノで盛り上がった。
「やっぱり、僕はネコ君と話したいかな~」
「それであれば、マムの一部のシステムを応用できるかと思います!」
「もう少し、金属加工の技術があれば、この曲線を作れるんだけど」
「それでしたら、該当する制御技術があります!」
「既存のイヤホンだと、最上の物でも8時間以上付けると、違和感が出て来るんだよね」
「それでしたら、皮膚に近い素材と、体温の熱で発電する技術を組み合わせて……」
「そう言えば、マムはどうやって作業するんだい?」
「はい! 細かい作業が出来るロボットアームを設計したので、到着した部品を組み立てて欲しいのです! それと、既存の3Dプリンターを改良したモノの部品も発注してあるのです! こっちは、部品数が10万個を超えるので、並べて貰えれば、マムが組み立てるのです!」
……車の部品が2万5千~3万個と言われている中、10万個の部品を使うというのだ。
一体どれほど高度なモノなのか分からない。
今回頼んだのは、各種貴金属類とマムの使うロボットアームのパーツ。3Dプリンターのパーツと基礎薬品等々だ。遠心分離機やその他の基本的な機器は、ホテルの地下に揃っていた。
仕方のない事ではあるが、今回の出費は高くついた。
通常、とてもでは無いが"個人"で支払う額では無いだろう。
「……28億円分か」
まあ、高くついた理由が、全てこちら指定の規格で、ネジ一本からオーダーメイドした為だから仕方がないと言えば仕方がない。部品によっては、ナノ単位で規格を指定したモノもある。
「大丈夫ですマスター!」
「大丈夫?」
マムが指をにぎにぎとしている。
「はい! マムは、世界の中でも成功している人のFX(株取引)を解析し、現在十分な利益を上げています! お金は増えています!」
少し、確認しておいた方が良いかも知れない。
「因みに、どんなトレードの仕方をしているんだい?」
「はい、最大レバレッジ1,000倍で、ウォレ――」
世界一番と言われている投資家の名前が出て来そうになったので、慌てて止める。
恐らく、有名な投資家の手法を取り入れたのだろう。
「わ、分かった! それで、○フェットさんは長期投資の名手だったと思うんだけど、レバレッジを利かせた短期取引にも有効なのかい?」
そう、同じ株に関わるとは言っても、長期投資と短期取引の考え方は全く異なる。
長期投資の場合、その会社の事業内容や将来性、経営者を見る目が必要とされる。対して、短期取引の場合は、リアルタイムでの社会情勢や、ニュース、トレンドを把握し敏感に反応できる"瞬発力"が必要となる。
レバレッジ――手持ちの金額よりも多く取引できるシステムだが、1000倍と言うと、元手10万円で一億円分の取引が出来ると言う事になる。
恐ろしいほどの、ハイリスクハイリターンだ。
「はい、実はニュースになりそうな会社をある程度前から知る事が出来るので……粉飾決算されていたり、不祥事を隠ぺいしていたり、経営者周辺に異変があったり……過去のデータを分析して、一番下がりそうなタイミングと、上がりそうなタイミングを算出するんです」
確かに、長期的なデータを取って短期取引の準備をするというのは、長期視点とも言えなくはない。しかし、余りに扱う情報量が多く、正確に情報を得る為の手段、分析できるだけの能力があまりに高すぎる為、人間向きではない。
マムならではの取引手法と言えるだろう。
「そうか……。ふむ、あまり考えない事にするよ。それで、幾ら運用しているんだい?」
預かっているのは、150億円だ。その内、100億円でイベント、28億円で研究に使用する機械と資材を購入した。ホテルや、その他の支払いを除くと、20億円程が使えるはずだが……
「えっとですね、150億から差引いた残りの分で考えると、毎日利益率+0.8%の運用利益が出ています。レバレッジ1,000倍なので、20億円の運用では、160億円の利益が出ていますね」
「うん? ……うん」
これがリアルな『何も言えねぇ』状態だ。
「ただ、そろそろ取引所から締め出されそうなので、少しペースを上げてる所なのです!」
そう言って、力拳のポーズを取る。
「締め出される?」
「はい、少しやり過ぎたかもですね」
嫌な予感を覚えながらも言う。
「でも、まだ始めて2,3日だろう?」
多いとは言っても、まだ2,3日しか経っていない。世界の何処かでは、一日で数百億を手にしている者もいるだろう。コンスタントにでは無いとしても。
「得た利益も全て運用に回してるのです」
何でもない様に言ったマムに、納得と同時に絶句した。
「………………そっか」
一瞬計算できなったが、一度深呼吸をして落ち着くと、3日で得た利益をざっと計算した。
――元金:20億円(レバレッジ1,000倍、利益率0.8%)
1日目:160億円の利益
2日目:1,280億円の利益
3日目:1兆240億円の利益
利益を運用して行くだけで、毎日8倍の倍々ゲームだ。
「あ、本日で今後一切の取引が禁止だそうです。市場に多大な影響があると警告付きですね」
市場に影響があるレベルか……。
「そ、そっか、まあ沢山稼いだみたいだし、良いんじゃないかな?」
十分とかそういう次元の話でないのは確かだが、足りないよりはずっと良いだろう。
「はい、今日の市場が閉じるまでは頑張ります!」
「……程々にね? 本当に、程々にしておいてね?」
その後、『分かりました、程々にしておきます!』と行ったマムに微妙な顔をしながら、再び明日作るモノの話に戻った。
◆
その日、証券取引所及び、世界中のトレーダー、企業に至るまで影響を及ぼす事になった『金融界の化け物』は、ホテルの一室で”マスター”と呼ぶ作り主と明日作るモノで盛り上がっていた。
その"マスター"でさえ、まさか任されている資産が900億丸々だったとは、まさか想像もしていなかったが。
後日"運用の結果"を聞いた正巳は、何度も指を折って、現実に置き換えて考えようとする事になった。しかし、結局現実の価値に置き換えて考える事が出来なかったので、諦めて『沢山のお金になった』とシンプルに考える事にしたのだった。
お金持ちにならないと、『世の中お金じゃない』とは気が付かないものです。
お金を持ってから、その人の真価が問われるとも言われる程です。
……先ずは、実感する為にもお金が欲しいですね(( ´∀` ))
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