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6話 技術の今井

会社によって微妙な差異が出て来るものですが……

京生貿易という会社もまた、普通とは違った会社みたいですね。

 その後、先方に『当たり障りのない返事をしておく』と約束して帰って来た。


「さてと、なんて書くか……」


 自分のデスクに戻って来たので、早速パソコンの電源を入れる。


「鈴屋さん、すずや……あった」


 該当メールを開く。


 内容は、朝届いた寄付額に関して。


「ふぅ、当たり障りなくねぇ……」


 何となく、『自分の分析が間違っていた』と書く気になれずに文章を作っていくと、こんな文章になった。


-----------------------

鈴屋様


お世話になっております。


問い合わせ頂いた件に関してですが、

一先ず例年通りの寄付額となりそうです。


後日何かしら変更が有りましたら、

追ってご連絡いたします。

-----------------------



 うむ。


 良いんじゃないか?


 当たり障りなく、混乱の元になるようなことは書いていない。

 何より、俺の分析が間違っていたとは書いていない。


 ……決して嘘は書いていないし、良いのではないか?


 よし、送信。


「おっし、後はあの先輩の事だし任せておけば、良い感じにまとめてくれるだろう」


 そう思う事にして、他の仕事のリストを確認していく。


「今日中の案件が8件か……」


 どれも急ぎの案件で、今日中に終わるか分からないモノばかりだ。 


「やっぱり仕事辞めて、田舎でのんびりしようかな……」


 少しだけ、弱音を吐きたくなったが、愚痴を言っても仕方ない。


 リストを見比べると、比較的簡単な仕事から片付ける事にした。



 ――数時間後。


 リストに載っている最後の仕事を終えた時には、既に日が落ちてからしばらく経った後だった。


「はぁ〜疲れた……一服して帰るか」


 俺のデスクの一番下の引き出しは、小さい冷蔵庫になっている。


 貿易会社なだけあって、新商品がいち早く社内に出回る……と言うのも、使用感テストも含め、社員が一度試してから国内で販売するのが決まりとなってるので、その試用テスト中なのだ。


 少し調べたところ、この小型冷蔵庫は従来のモノと異なる点が幾つかあった。


 中でも、外壁の内面に二層の塗料を塗る事で冷却性能を向上させ、その内側の真空断熱材と通常の断熱材の間に、干渉断熱材と言う一枚のシートを挟んだのが大きい。


 これ迄は、簡略化した構造をしていた。内側の塗装は一層で、断熱材同士の間にシートも無かったのだ。些細な事だが、これらの"変化"が冷却性能を底上げし、結果的に省電力製品となっている。


 ――と、営業をしていた頃の癖で、その技術について調べる癖がついてしまった。


 ただ、新製品であれば何でも調べるという訳でもない。


 特にプログラムやそれに類する製品には、なるべく触れない様にしている。


 と言うのも、以前調べ始めてからずっと集中してしまい、気が付いた時には丸々二日経っていた事が有ったのだ。


 ……システム関連は沼だ。


 まあ、"沼"はともかくとしても、新製品のテストのお陰で何時でも"冷えたドリンク"を飲む事が出来る様になっている。


 まあ、デスクを離れずに休憩が出来るので、『労働時間が長くなる』という弊害も有るが……もしかすると、上層部はそれ(・・)を狙っているのかも知れない。


「もっと働けってか……」


 まあ、なんだかんだ言っても便利に利用しているに違いはない。

 もし、”返却しますか?”と言われても返す気はない。


 何なら買い取っても良い。


 今はお金に余裕が有るのだ。


 900億円の余裕が。


 ふふっ…………。


「ほんとに、何で働いてるんだか……」


 呟きながら、ひんやりと冷えた缶コーヒーを開けると、一口目は少しすすり、二口目で喉へと注ぎ込んだ。


 ……冷えた液体が、体の奥へと落ちて行くのを感じる。


 疲れた時は、微糖のコーヒーと決めている。

 疲れ切った精神を力づけてくれる気がするのだ。


「ぷは~」


 本当に、長い一日だった。


 濃かった。


 久しぶりに先輩の本気(しせい)を感じたせいで、仕事にも熱が入り全力で仕事をした。普段もきちんと仕事をしてはいるが、気合の入り方が違うと、集中できる時間と処理速度が違う。


 何に於いてもそうだが、モチベーションが大きな働きをすると思う。


「あアア゛~~!」


 何となく、長い長いマラソンを完走したような気分になり、椅子に座ったまま思いっきり伸びをした。すると――


『"カコンッ"』


 何かを倒した音がした。

 ……嫌な予感がする。


「あ、マジかよ……」


 やってしまった。


 机に置いた缶コーヒーを、倒してしまった。


 ……パソコンのキーボードに、がっつりかかっている。


「これ不味いよな……」


 慌ててハンカチでキーボードを拭くが、中まで入り込んでいて拭きとれない。


 ノートパソコンは会社の"備品"だ。


「……打てるか?」


 さっきまで操作していたので、電源は入れっぱなしだ。

 キーボードの表面が拭き取れたので、文字を打ち込んでみる。


「……やっちまった」


 キーボードが反応しない。


 一応、今日の仕事でパソコンを使う仕事はすべて終えて、提出もした後なのでそちらの心配はない。だが『心配は無い』と言っても、やらかした事に変わりはない。


「総務に持って行くか、直接技術部行くか……」


 うちの会社には"技術部"と言う、機械類を総合的に受け持っている部署がある。


 技術部には、イベントの時に音響機材を始めとして色々とお世話になった。


 対して、総務部だが……一応(・・)面識はある。


「出来れば総務には行きたくないな……」


 総務に持って行けば、始末書を始めとして面倒な事が多い。


 特に、総務部長に小言を言われるのが目に見えている。


 ……何とかして総務に行くのは避けたい。


「よし、技術部に行こう」


 確か、技術部の今井さんは甘い珈琲が好きだったはず。

 そう思い出しながら、引き出しから缶コーヒーを取り出した。


 技術部の今井さんは少し変わっている。


 部長(・・)なのに雑務も含め、ほぼすべての仕事を自分でやっているのだ。しかも、会社に泊まり込んでいて、技術部の一角が今井さんの部屋になっている。


 普通、会社の一部を私物として使うのは許されないが、今井さんの場合は特例だ。今井さんは、その技術力と多岐にわたる知識で、会社のシステム面をほぼ全て一人で扱っている。


 うちの会社では、部長という役職は特別な役職だ。


 普通では、役員――会社法では取締役、会計参与、監査役が役員だ。会社によってはここに執行役、理事、監事が役員として含まれる。


 一般に、役員と部長との違いは、給料が保証されているかいないかにある。部長の場合は、給料を決まった額支払われる。しかし、役員となると契約による成果を達成しないと報酬は疎か首を切られるのだ。


 だからこそ、部長までは『人を動かす事で利益を上げる立場』と言われ、役員になると『会社の仕組みで利益を上げる立場』と区別される。


 これが、うちの会社の部長職と言うのは、少し違う。


 入社して気が付いたのだが、この会社の部長職と言うのは、場合によっては役員をも動かす。正に、『全て(・・)の人を動かして利益を上げる立場』だ。加えて、給与も保証されており突然首を切られたり、任期で辞める様な事も無い。


 立場としては最も良い(・・)地位なのだ。それこそ、社内で『役員』という言葉が出る場合、その中には必ず"部長"が含まれるほどに。


 そんな部長職だが……今井さんはその技術力を以て、一人で計り知れない"益"を会社にもたらしている。だからこそ、部長という役職にある。


 社内で『技術』と言ったら、今井さん個人を指すほど”技術の人”なのだ。


「さて、起きてるかな」


 初めて会った時、今井さんは作業着のまま部屋の隅で寝ていた。


 作業着だったのと、寝ていた場所が場所だったので、”業者の人”が休憩していたのかと思って、差し入れと掛布団をかけてあげた。その後、技術部に呼び出され、自己紹介された時には驚いた。


 まあ、『カメラで見て、見つけるくんで探したよ』と言われたのには驚きを通り過ぎて、色々と質問をしてしまったが。


 今井さんは気さくな人で、質問にも詳しく答えてくれた。


 ”カメラ”は、防犯カメラとパソコンのカメラで、”見つけるくん”は顔認証システムを自作したものらしい。


 技術的な話は殆ど分からなかったが、天才っているんだな、と思った。


 そんな事を思い出していたが、いつの間にか技術部の前に着いていた。


「失礼します!今井さんいまs……」


 言い終わる前にドアが開いたので、中に入る。


「……相変わらず凄い部屋だ」


 ドアを入ると、すぐに機械の山で出来た壁がある。


 文字通り”壁”で、一面機械が上から下まで埋め尽くしている。


 これも説明してもらったが、今井さん曰く『カメラとセンサー類のカモフラージュ』らしい。つまり、技術部の中に入るには2段階あるという事だ。


 最初の段階は、ドアを入る事。

 次の段階は、カメラやセンサーによる検査。


 この二つを通して、問題が無ければ通されるらしい。


「久しぶりだね、プラスくん」

「今井さん、プラスではなくて正巳(まさみ)ですよ」


 今井さんは、俺の情報を調べた際に正巳の()から『+』つまり、プラスと覚えてしまったみたいで、ずっと『プラスくん』と呼んでくる。


「ともかく、入ってよ」


 今井さんが出て来た、”機械の扉”をくぐる。


 どういう仕組みか、機械で出来て居る一部の壁が”扉”として開いているのだ。深く考えても仕方ない事なので、あまり気にしない事にする。


「えっと、今井さん。前に来た時は、別の場所が開いてませんでした……?」

「そりゃあ必要に応じて”部屋”を変えるのが普通だろ?」


「部屋ですか……」


 この機械の壁には幾つかの”部屋”に通じる”扉”が有るらしい。


「それで、持って来たNC9800を貰えるかな?」

「NC9800?」

「ああ、その手に持ってる子」


 一瞬あっけにとられるが、ノートパソコンの事を言っているらしい。


「あ、NC9800……」


 裏の製品番号を見ると、NC9800と書いてあった。


「その子、キー打てなくなってるでしょ?」

「え、何で知って……」


 いや、今井さんの事だから、社内で起きている”機械”の状態を全て把握していても可笑しくない。


「ははは、確かに社内の機器のログは取ってるけど、流石にリアルタイムで全てを把握している訳じゃないよ」


 俺の表情から、何を考えているのか察したらしい。


「じゃあなんで……?」

「それは、僕がそう動作するように少し操作したからだよ」


 ……操作した?


「それはどういう意味で……?」

「あ~つまり、僕が正巳君のNC9800のキーボードが操作できないように、ロックしたって事だよ」


 ……ロックした?


 でも、キーボードが使えなくなったのは俺が珈琲を溢したせいで……そういえば、社内のパソコンは全部防水仕様だったような……?


 って言うか、今井さん、正巳って呼べるじゃないですか!


 疑問と、声に出せない叫びを心の中で叫んでいた。


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