56話 ハンバーガー
正巳の二日目(前編)
――
自宅が、鈴屋達の手によって燃やされているのを確認した正巳は、ホテルに戻って来ていた。
今井がフォーラムからホテルへと戻って来た頃、正巳もホテルに着いた処だった。
◆
「今日は部屋で休もう」
車から降りた正巳は、一人呟いていた。
「お運びしましょうか?」
正巳はぐっすりと寝ているサナを抱えながら、運転手に答えた。
「大丈夫だ……。いや、そうだな、部屋のドアを開けてくれれば助かる」
「承知しました」
運転手が頭を下げると、先頭に立って歩き始める。
◇
「ご用命が有れば何でも承りますので」
部屋の扉を開けてくれた運転手が、そう言いながらゆっくりと頭を下げる。
ギリギリまつ毛が見える位の角度だ。
この角度でのお辞儀なら、薄目を開けていれば相手の動きが多少は把握できる。
……勉強になる。
「助かったよ、何かあれば頼む」
「ハッ!」
頭が深々と下がる。
「それじゃあ、お休み」
「お休みなさいませ」
挨拶をして、部屋の中へ入った。
◇
部屋に入ると、子供達が駆け寄って来た。それに苦笑すると言った。
「……あれ? 夕食は、食べていないのか?」
子供達の、何処か飢えたような表情に疑問を覚える。
すると、ミンが教えてくれた。
「その、ココの食事は物凄く美味しいのですが。物凄く高いのではないかなと……」
なるほど、どうやら勝手に頼んではいけないと思って我慢していたらしい。
「それじゃあ、今日も昨日頼んだメニューの続きから頼むか?」
子供達の内、15人は二日後に帰る事になる。
それまではせめて、皆での思い出を作って貰おう。
作れる思い出が、”沢山の料理を食べた”と言うのは少しアレな気もするが。
「うふぅ……ごはんなの?」
「起きたか、サナは何が食べたい?」
車が止まっても、抱き上げても起きなかったのに、ご飯の話で目が覚めるとは……
「うんとねぇ……おいしいの!」
「そうだな。それじゃあ、美味しいのを頼むか!」
そう言って、子供達みんなの事を見回す。
「「「うん!!」」あいっ!」
気合十分!――と言う事で、昨日の続きを順番に頼む事にした。
◇
その後運ばれてきた料理は、中東の料理が半分、欧州の料理が半分だった。
「これ、おいしーのっ!」
サナが、もう3つ目になるだろう”ハンバーガー”を口一杯に頬張っている。
「のっ!」
「こでっ!」
子供達が、サナがハンバーガーを食べる姿を羨ましそうに見ている。
「あの、少しだけで良いのですが……」
声を掛けてきたミンを見ると、子供達に服を引っ張られている。
「あぁそうだな。ハンバーガーを追加するか……」
「有難うございます!」
ミンがすごい勢いで頭を下げている。
「い、いや……何でもない事だよ」
もしかしたら、誰よりもミンが一番食べたかったのかも知れない。
「あっ……」
ミンが恥ずかしそうにしている。
それを見て、隣にいたテンを肘で突くが――
「……?」
これが出来る男であれば、ミンが恥ずかしい思いをしたと気付いて、直ぐにフォローしただろうに。つくづく察しの悪い男だ。
「ミンの事を励ましてこい」
まだ、よく分かってない様子だったが、それでも一応ミンの隣に移動している。
いや、お前……自分の食べてた骨付きチキンを差し出すって……。
あ、殴られてる……。
◇
無事(?)食事を終えた後、今後の事を説明した。
始めは興奮していた子供達だったが、暫くして落ち着いた子供達を寝かしつけた。
子供達が寝付いたところで、俺は自分の寝室へと戻って来ていた。
サナの姿が見当たらなかったが、案の定俺の寝室で寝ていた。
「パパ、マスターから電話です」
パネルに現れたマムが、少し不安げな表情を浮かべている。
「どうした? いや、本人に聞くか……繋いでくれ」
「はいパパ」
マムが答えてから程なくして、パネルに今井さんの姿が映し出される。
等身大のサイズのテレビ電話だ。
「今井さん? ……大丈夫ですか?」
何処か、表情がすぐれない今井さんに声を掛ける。
「大丈夫さ! ちょっと、久しぶりの人前で疲れちゃってね」
確かに、人前に出るよりは籠って研究する事の方が向いている気がする。
「無理はしないで下さいね」
「うん……大丈夫。正巳君の顔を見たら元気が出たよ!」
今井さんの様子が少し心配だったが、その後『二日後に子供達を故郷に送る事』や、『取引相手が何やら怪しい事』、『あいさつ回りをしたら、自宅が燃やされた事』を話した。
始終、俺の事を心配して、自分の話を殆どしなかった今井だったが、『明日の夜、また電話しましょう』と言うと、何やら嬉しそうにしていた。
余程、一人で寂しい思いをしていたのだろう。
電話を終えた後、シャワーを浴びてベッドへ戻った。
相変わらず、サナはベッドに入るとしがみ付いて来たが……その子供特有の高い体温に、少しだけほっとしている自分が居た。
他人の気配が、こんなに心地良いと感じる時が来るなんて思わなかった。
そんな事を考えていたが、程なく眠りの沼へと沈んでいった。
◇
……あつい。
「ウゥ……ん?」
朝起きると、俺の寝ていたベッドに子供達が重なっていた。
……重い。
「お兄ちゃんおきたの!」
「兄さん済みません……」
俺の上にはサナがいて、ベッドの横にはミンが立っている。
そこまでは良いが――
「それで、どういう状況なんだ?」
「はい。実は、起きてから暫くして”お兄ちゃんと寝たい!”って話になりまして」
見た所、7人はベッドに乗っている。
「……はぁ」
「それで、今日の夜か”今”かで二つのグループに分かれまして」
今ベッドに寝ているのが、”今”のチームなのだろう。
「はぁ……」
「それで、お昼寝をしている状況です」
その言葉に、一瞬思考が停止した。
「お昼寝?」
「はい、お昼寝ですが?」
「今何時だ?」
「はいパパ、今の時刻は13時18分です!」
……寝すぎた。
「それで朝ご飯は?」
「はいパパ、昨日と同じものを用意しました!」
マムが胸を張っている。
そして、しっぽがユラユラと…………。
「お兄さん?」
「……あ、いやそうだな良かった。何も食べて無いと悪かったしな」
そう言って笑いかける。
「お兄ちゃん、ご飯食べるの?」
「ああ、そうだな……あ、サナ達も昼はまだなのか」
そう言うとサナの顔が明るくなる。
「ごはんなの! はんばーがーなの!」
「気に入ったのな……」
サナが、"はんばーがー!"と言ったせいか分からないが、寝ていた子供達も起き始めた。
「「「ばーがー!」」なの!」
子供達の声に押される形で、昼食は"ハンバーガー"になった。
本日は、
『正巳の二日目(後編)』をもう一話投稿予定です。
時間は、20時頃を予定です。




