54話 ”非”日常
正巳の一日(後編)
――
その後も、一団体づつ回って謝って行ったが、最初の孤児院の様なトラブルが起こる事も無かった。そうして、最後の団体、鈴屋さんが代表をしている”NPO法人にちじょう”の番へとなった。
”にちじょう”の本部は、少し離れた場所にある。
ただ、”離れている”とは言っても、町から徒歩7,8分ほど森の中に入った場所だ。
以前鈴屋さんに、『何故こんな場所に事務所を設置しているんですか?』と聞いたところ、鈴屋さんから、『ありのままの、日常、自然な姿を一番感じられるからです』と言っていた。
「『ありのままの、日常』か……」
俺が、近づいて来る森を前に、そんな事を呟くと、運転手さんが反応した。
「時に、ありのままでいる事は、隠す事がありのまま。隠されているのが、自然。と言う事もあります……」
「は、はぁ。そうかも知れないですね」
確かに、隠されているのが、”自然”であれば、ありのままの定義が変わってくるかも知れない。……やはり、確かめる事が必要かもしれないな。
再び思考の中に入りそうになったところで、サナが腕を揺すって来た。
「お兄ちゃん、難しい顔してるの!」
「サナ……実はな、――」
「こちらが目的地となります」
……ここは、見覚えがある。
”にちじょう”まで行くための道だ。
しかし……
「あの、この道を入ってすぐの所に建物が有るんですけど……」
随分手前に停まっている気がする。
「はい、この地点より先は、私有地となっている為、入る事が出来ないのです」
私有地……”にちじょう”の土地なのだろうか?
「分かりました。それじゃあ、直ぐ戻って来るので」
そう言うと、車を出た。
そして、数歩歩いたところで、道を外れ、森の中へと入る。
「マム?」
「はい、パパ!」
電波は問題ないようだ。
「俺がこれから口頭で言う文書で、メールを送って貰えるか?」
本当なら、自分でメールを送るのだが、今スマフォはサナに渡している。
「はい、パパ! ……それで、宛先は”鈴屋”ですか?」
「え……?」
驚いた。
「あれ? 違っていましたか……マムの分析では、”鈴屋”にメールだと思ったのですが」
「……いや、あってるぞ。鈴屋さんにメールをして欲しい」
正直、驚いたが、俺がデータを並べて見比べながらやる統計分析……解析、予測をマムは一瞬でこなしてしまう。だから、ある意味当然なのかも知れない。
「はい! なんて送りましょう?パパ!」
「ああ、内容はだな……」
――
マムに、送ってほしいメールの本文を伝え終わったので、俺は止まっていた足を動かし始める。森の中を歩いて行くと、建物が見えた。
俺は一度来たことが有るので、家の間取りや配置を覚えている。
記憶に従い、玄関を通り過ぎ、壁伝いに歩いて行き………
「ここに、”線”が有るな……」
電柱から家に繋がっている線を見つけたので、それをセッティングする。
「…………よし、これで良い。後は……マム、サナに繋いで貰えるか?」
「はい、パパ!」
一瞬間が開くが、直ぐにサナが出る。
「おにいちゃ?」
「ああ、そうだ。それで、サナに頼みが――」
「すごい、コレ、すごいなの~おにいちゃの声が聞こえるなの!」
「……あ、ああ、今度買ってやるさ。それで――」
「くれるの? おにいちゃと話せるなの?」
……微妙に日本語が崩れて来ている。
「サナ、手伝ってくれないと、あげられないぞ?」
このまま強引に言う事を聞かせるよりは、”物で釣る”作戦だ。
「はいなの!」
どうやら、作戦が効いたらしい。
「さな、運転手さんに、『今すぐ車を移動して、森に入る前の分かれ道を真っすぐ』来てもらように言ってくれるか?」
「ハイなの!」
……少し長文だったが、大丈夫だろうか。
……大丈夫だとは思うが、心配だ。
そんな風に考えていると、
”にちじょう”の前に、一台の車が止まった。
「……荒っぽい運転だな」
スピードを出して来たのだろう、止まる際、結構な距離を滑っていた。
車が止まった直後、慌ただしく出入りする音が聞こえ、直ぐに車が走り去って行った。
「……仕込みは上々、後は仕上げ……この場合は、”確認”かな」
正巳は、車が完全に走り去ったのを確認して、そのまま、来たのと反対側へと森の中を歩いて行った。
――
「おにいちゃ、くれるの?」
森を抜けて直ぐに止まっていた、黒塗りの車へと乗り込むと、サナが飛びついて来た。
「ああ、そうだな……サナにあげるか……」
俺がそう言うと、車の中で器用に、飛び跳ねて喜んでいる。
「この後は、予定通りに致しますか?」
「はい……予定通りで」
そう、ここからが重要だ。
さて、どうなるか……
――
その後、車で40分程移動して来た。
今来ているのは……
「ほら、サナ、あそこが俺が住んでいた家だったんだ」
「……おにいちゃ、もえてるよ?」
サナの言う通り、燃えていた。
そして……
「いた、か……」
「パパ、これでほぼ決まりですね」
イヤホンから入って来たマムの言葉に、奥歯をかみ合わせる事で肯定を返す。
俺の視線の先には、180cm近い身長でヒョロヒョロした男の子がいる。
そして、その両脇にはガタイの良い男二人。
……ヒョロヒョロした男が、”NPO法人にちじょう”代表の鈴屋だ。
「……まさか燃やすとは思わなかったが、これでハッキリした」
「……目的は済んだようですが、帰宅されますか?」
住民達が野次馬として集まっていて、これ以上車で近づくと、抜けるのに時間がかかりそうだ。それに、目的は全て果たした。これ以上ここに留まっている理由が無い。
「ああ、帰ろう……」
「……おうちは、いいなの?」
スマフォを抱えているサナの頭を撫でながら、『良いんだ』と答える。
車が動き出したので、少し休もうとサナに伝えた。
程なくしてサナが寝息を立て始めたので、俺はもう一度、今日の出来事を振り返っていた。
「『日常では無い事が、日常になっている』か……」
「パパ、”鈴屋”に送った、メールは成功でした!」
成功……特に大した内容は送っていない。
送ったのは、こんな内容だ。
――――――――――――――――――――――
NPO法人にちじょう
代表 鈴屋様
お世話になっております。
先日メールを頂いた”分配額の間違い”
に関して、ご連絡させて頂きました。
実は、
公表する事で社会的に影響ある内容が、
今回の一件に関係しています。
本日お伺いしてお話をと思ったのですが、
明日改めてお邪魔させて頂きます。
国岡正巳
追伸
今日は何だか体調が悪いので、
家に戻って早く休むことにします。
鈴屋様も、
お体にはお気をつけ下さいますよう。
――――――――――――――――――――――
まあ、まとめると、『ヤバい内容の相談がしたいです。今日は疲れたので明日話しましょう。因みに、今日は家で寝ています』こんな内容だ。
それでもって、今の現状。
間違いなく、俺の部屋に火を点けたのは、鈴屋さんだ。
一緒に居た男達も、堅気とは思えない。
「マム、鈴屋さんのパソコンからも関係性を洗い出しておいて貰えるか」
「はい、パパ!」
マムの返事を聞いて安心した俺は、ホテルまでの時間を少し休むことにした。
「燃えてる、燃えてるわっ!」
「……もーえろよ、もえろーよ~」
「いや、それは不味いだろ!マム、119番だ!」
「はい、パパ!……因みに、救急車を呼ぶか迷ったら”#7119”ですよ!」
「今回は完全に”火事”だから119番だな……」




