47話 未来への誓い
キメラ”ゴン”視点で始まります。
――
おりゃは、”ゴン”この名前は主に貰った。
おりゃのご主人は、とっても恐い生き物。
でも、おりゃの事を食べないでいてくれた。
おりゃの主は、確か”カンザキ”って呼ばれてた……
”カンザキ”……おりゃの主で怖い生き物。
でもやっぱり、主の事を考えるだけで何かが満たされて行くんだなぁ。
そんなおりゃは、今”外”に出ていた。
正確には、”外に出されて、任務を与えられた”んだなぁ。
あの、恐い生き物が、おりゃを頼ってくれるなんて、嬉しいんだなぁ。
ただ、しっかり”任務”をやらないと、後で齧られちゃうかも知れない……
おりゃ、頑張ろう……
一歩、また一歩と”外”に出る。
始めて出る”外”の空気は、少し湿った臭いを感じる。
……そう云えば、おりゃが前まで楽しみにしていた”水浴び”は何時からしていないんだろ……
確か、おりゃが楽しくて、泳ぎまわっていたら、透明の板を壊しちゃって……目の前に人間がいたもんだから、一口だけ味見しちゃったんだっけ……
それ以降は、”水浴び”してないなぁ……
でも、さっき主におりゃが言いつけられたのは、”海で好きにして良い”って任務。
確か、”人間は食べちゃダメ”で”人間に見つかってもダメ”なんだっけ……?
人間、ちょっと美味しいのになぁ……
でも、おりゃの主に後で怒られたりしたらいやだなぁ……
……あ、人間だ!
おりゃの!
一歩、一歩と近づいて……よおぉし、気が付いてないんだなぁ……
おりゃが人間齧ったら、主もおりゃの事かじるかなぁ……
それは嫌だなぁ
海に行こうぉ
一歩、もう一歩……これで人間を追い越した……人間がおりゃの事を見て、逃げ出したみたいだ……美味しそうな恐怖だけど……仕方ないんだなぁ
……何だか、人間の気配を沢山感じる気がするけれど……
あ……主から”人間に見つかっちゃダメ”って言われているんだった……
い、急がないとぉ!
一歩一歩の踏み出すスピードを上げて、”水の匂い”が強い方に歩いて行く。
確か、主が言っていたのは『水が沢山ある場所が”海”だから、そこで力を蓄えていろ』だったっけ……あの声は、完璧に主だったんだけど、雰囲気や気配を何処にも感じなかったんだなぁ
おりゃの主はやっぱり恐い生き物だなぁ……
あ、ここが海なんだなぁ!
水の匂いがするんだなぁ!
『おりゃ、主の為に頑張るんだなぁ!』
そう声を上げたところで、おりゃの全身を”水”が包むのを感じた……
『たのしぃ~んだなぁ~』
水中に入ったキメラの体表を、薄い粘膜が覆う。
『もっと、もっと遠くに行くんだなぁ~』
滑るようにして泳ぎ始めたキメラに、周囲の魚が恐慌状態に陥り、慌てて逃げ始めるが、その大半は気が付いた時には体の一部を失っていた。
そうしてキメラは、不気味なハウリングを残しながら潜って行った。
自らの任務を思い出すまで、海を満喫しながら……
◆
今井さんが、女の子達をお風呂に入れている間、俺はテレビを見ていた。
”謎の生物に迫る! 住民へのインタビュー!”
映し出されているのは、キメラであるゴンの姿だ。
あのうしろ姿……間違えようがない。
「あノ、このイキモノ……」
テンが遠慮がちに話しかけて来る。
「ああ、俺の事はマサミで良い」
……そう言えば、名乗っていなかった気がする。
「マサミニイ……」
「あぁ、お前達も俺の事は”マサミ”って呼んでくれな」
そう言って、子供達にジェスチャーする。
「……マサミぃ?」
「……マーサ?」
そんな風に其々が首をかしげながら呼んでいる。
「好きに呼んでくれていいぞ?」
俺の言葉に首をかしげていたが、テンが訳してくれた。
何だかんだと子供達で話していたが、結局一番年長であるテンの発音を真似る事にしたらしく、声をそろえて呼んで来た。
「「マサニイ!!」」
反射的に親指を立てる。
このジェスチャーは世界共通らしい。子供達がニコニコとして、親指を立てて返してくる。
近づいて来る子供達の頭を一人ひとり撫でながら、”一先ず大丈夫そうだな”と息をつく。
場合によっては精神的に病んでいる場合なども考えられたが、今の所そう言った心配は無いようだ。
「マサニイ、あノイキモノ、”研究所”でタタカッテタ」
……?
「戦っているのを”見た”って事か?」
しかし、テンは”違う”と首を振る。
「オレたち、タタカッテタ」
……?
「子供達が?」
「そう。Lv2イジョウノくすりウタレタあと、死ななければ、タタカウ」
……つまり、実験と戦闘?
そう言えば、今井さんがチラッとそんな話をしてた様な……?
「それは、この子達が?」
「そう。……キラウか?」
……嫌うか?か。
「あり得ないだろ!」
そう言って、テンを含めて、近くの子供達を抱きしめる。
俺自身、子供の頃不安になった時にこうして貰った記憶がある。
抱きしめていると、手に収まりきらなかった子供達が、ピタッとくっ付いて来る。
子供達の体温が高いからか……流石に、くっ付いていると少し暑い。
「そ、それで、無事だったのか?その、実験とか戦闘とか……」
すると、テンが首を振る。
「イイエ、みんなシニマシタ……くすりでイキテモ、こいつにクワレテ」
つまり、投薬で沢山の子供達が死に、戦闘訓練でも沢山……
「……そうか、それじゃあお前たちはまだ”ゴン”と戦っていないのか?」
一瞬、首をかしげたが、答えてくれた。
「イエ、オレとナンニンかは、Lv4……コイツからイキノコッテル……サナはベツ」
……キメラから”生き残ってる?”それって凄い事じゃないんだろうか。
「サナは別?」
俺がそう聞いたところで、今井さんが戻って来た。
「ふ~良いお湯だった~……あれ?この空気は如何したんだい?」
俺とテンが、結構シリアスな内容の話をしていたせいだろう。
空気が、少し張り詰めたものになっていた様だ。
「いえ、何でもないですが……今井さんも、お風呂入ったんですね」
「そうなんだ! 何だか皆が気持ちよさそうにしているのを見たらね!」
今井さんの後ろを見ると、女の子たちは全員新しい服に着替えている。
「あれ? その服は?」
服を注文した覚えは無いのだが……
「あ、それはマムが注文しておきました! ……このホテルのセキュリティは、大使館のセキュリティの数十倍厳しいですが、何とかこうして操作端末には入れているので!」
……大使館のセキュリティよりも厳しいホテル……とんでもないな。
「お兄ちゃん! 匂い、良い匂い!」
サナがそう言って飛びついて来る。
……確かにいい匂いだ。
そう言えば、サナについてテンから、何か聞こうとしていた途中だったが……また今度聞く事にするか。そう思いながら、サナの頭を撫でる。
「むぅ……マムだってもう直ぐぅ~」
「……マム?」
マムがパネルの向こうでそっぽを向いているが、声を掛けると振り向いて満面の笑みを浮かべる。
「はい、パパ!」
「それで今後の事何だけど、今井さんのチケットと俺が移動する手段を用意出来るかな?」
今井さんは、シンガポールへ行き、俺は取引先を回る必要がある。
「はい、既にマスターのチケットは取得済みです。パパの移動手段は、このホテルのサービスを使うのが良いかと思います!」
仕事が早い。
「ああ、有難う……今井さんのフライトは何時だ?」
「はい、マスターのフライト時刻は明日の朝2時発です!」
マムの言葉を聞いた今井さんが答える。
「それで僕は大丈夫だよ。でも、僕たちが出払っている時子供達はどうするんだい?」
「はい。俺達が出ている間、子供達にはある事を話し合って、決めて置いて貰います」
これは、俺が大使館から子供達を助け出してから、決めていた事だ。
「お兄ちゃん?」
サナが、不安げな表情を浮かべている。
「国に……故郷に戻るか、このまま俺達と来るか決めておいて貰いたいんだ」
「……サナはお兄ちゃんと一緒にいる!」
サナがそう言ってしがみ付いた力を強める……
「……ああ、その結論でも良いが、もう一度”みんな”で話してみてくれ」
一時の感情で決めるには、余りにも大きい事だ。
その後、ミンとテンに子供達へ伝えておくように頼んで、俺はシャワーを浴びに行った。
……サナを剥がすには少し苦労した。
……サナ、力強すぎないか?
――
シャワーへは一人で入ったのだが、途中で男の子達が入って来て、一人ひとり綺麗に洗う事になった。その後、子供達が綺麗になったので、皆で隣に備え付けられている風呂に入った。
……やっぱり、賑やかだと楽しい。
俺個人的には、子供達に一緒にいて欲しい。
しかし、本人にとっての幸せや考えが優先されるべきだと思う。
少なくとも、今はそれが許される。
だからこそ、子供たち自身で自分の道を選んで欲しい。
俺の考えが分かった訳では無いと思うが、テンがそっと近くに寄り添ってくれた。
……近くに誰かが居るだけで、こんなに幸せな気分になれるのだ。
もし、俺と『一緒に居る』と、言ってくれた子供が居たら、全力で守ろう。
ただ、今はまだ完璧に守り切れる力が無い。
だからこそ、力を蓄えなくてはいけない。
今を守る為、近くの存在を守る為、未来を守る為。
守るための力を付けて行く。
俺は、風呂に入っている子供達の顔を眺めながら、そんな事を心に誓っていた。




