382話 棺番
四度に分け開かれる代理戦争──その初戦を二名の死者を出すも勝利で終えた正巳達は、最後のちょっとしたイレギュラーを除けばその後特に大きな問題もなく、帰還の途についていた。
戦闘の終了宣言についても即日行った。その反応は、各国それぞれ多少の差こそあったものの、大まかに”驚いた”と言う点では一致していた。
特に、中東諸国やアジア圏、旧ソ連の権力圏にあった諸国への衝撃は大きいようだった。それに比べ対照的だったのは、事の良し悪し関わらず多少なり接点のあった国とその反応だろう。
例を挙げれば、日本やグルハ、ガムルス等は同様に驚きこそすれ、ざっくりと想定の範囲内という様子だった。友好国である日本やグルハはともかくとして、敵対国であるアメリカもこちらが勝つと予想していた事には驚いたが──これも一種、連合自体が協力こそすれ”仲間”ではないという事の表れなのだろう。
きっと、各国各々が勝った時の利益しか見ていないのだ。
次戦は、中東を中心にした連合諸国と戦う事になる。そのフィールド含めどのような策を巡らせて来るのか、多少の留意材料は残るものの、どのような状況であっても最善を尽くすという点では変わりはない。
「もう一週間か」
早かったと言えばそうだが、同時にまだ一週間かという気もする。腰掛けた小岩から、視界いっぱいに広がる雪景色に目を細めつつ眺めていると、サクサクと足音を立てながら歩いてくる影があった。
「お待たせしたね!」
そう言ってひょっこりと顔を出したのは、満足げな表情を浮かべ幸せオーラ全開な今井さん。それに首を振って「早かったですね」と応じると、少し罰が悪そうに頬をかいて言った。
「今日はこれがメインで来た訳じゃないからね、流石に自重はするさ」
そう、今いる場所は、つい先日戦闘を行った雪山であり、必ず迎えに来ると約束しつつも残して来た場所だった。今回は事情が事情だったのもあり、今井と正巳の二人で来ていた。
乗って来た機体と、その奥に収納された二つの棺に視線をチラリと向けると答える。
「らしくないですね。あいつらも笑ってますよ」
それに「そうかもね」と笑った今井だったが、小さく「無駄になどしないさ」と呟いたのが聞こえた。
時間にしたら数分、いや数十秒だったかも知れない。
沈黙が黙祷へと変わり、別れの挨拶が済んだ時その頬には一雫の涙が流れていた。
「ふへへへ、そうそう気になってたんだけどさ」
その跡を誤魔化すように拭った今井が、今度は正巳越しに視線を動かして言った。
「あの子は連れて帰るのかい?」
それに苦笑して答える。
「いえ、あいつに向こうの環境は厳しいでしょう」
そう言って振り返ると、その先で大人しく座り込んでいる大男もとい雪男へ視線をやる。その見た目からしてそうだが、どうやっても暑さに強そうには見えない。
「……知性は高そうなんですけどね」
視線に気が付いたのか、体を倒しお腹を仰向けにして見せてくる。ここに着いてからずっとあんな調子だが、そもそもここに止まっていた事自体驚きだった。
「きっと動物的習性のせいだろうね」
「習性ですか?」
「そう、きっと前回あの子は君を群の長と認めたんだろう。だから、帰りを待っていた」
「……あんな怖い思いをして、尚ですか?」
怖い思い──と言っても、別にそれをしたのは正巳ではない。そもそもトラウマとなっている可能性があるとすれば、”降参状態”になったあいつに対してマムがとった行動がそうだったはずだ。
「ああ、怖い思いと言うのは、マムの”捕獲作戦”の事だね?」
捕獲作戦と言うのは、マムが付けていたらしい作戦名だ。どうやら、連れて帰れば今井さんが喜ぶだろうと考えて、密かに”捕獲”して行くつもりだったらしい。
今井さんの言葉に「知ってたんですか」と答えると、頷いて言う。
「報告が来たからね」
どうやら今井さんには連絡を入れていたらしい。
「大変だったんですよ。ワイヤーに縛られながら悲痛に吼えるあいつと、それに構わず作業を続けるマムは……それをやめさせるのも一苦労でしたし」
そう言ってため息をつくと、想像したのか少し笑って言った。
「ふふ、吊り下げて運んで来ようとしたんだろ?」
「そうです。それがダメだと言ったら『小さくして詰めましょう』ですから……」
続けて「誰の影響でしょうかね」と、マムの狂気振りを嘆こうとも思ったが、その横顔を見てやめた。
「どうしたんですか?」
「いやね、あの子の閉じた目はどうしたのかと思ってね」
それに頷き答える。
「ああ、それでしたら戦闘で負わせた傷ですね。治癒薬を使ったので元通り治っているはずですが、ずっとああして閉じているんですよ」
「ふむ、それは興味深いね」
再び研究者の顔になった今井に「もう少し調べますか」と聞くと、首を振って答えがあった。
「いや、興味深い事はそうだけど、今日は早々に帰る事にする。また来れば良いしね、今度は皆んなと」
それに頷いた正巳は、少し考えた後で歩き出すと座り込んだままの雪男に話しかけた。
「戻るまでの間ここを守っていてくれて助かった。お前はもう自由だが……もし良ければ、今度また来た時見かけたら少しばかりあの人に付き合ってくれると助かる」
どこまで理解しているかは分からないが、これで良いだろう。
前回はマムが「通訳しますので」と言ったので「墓守」を頼んだ。もし本当に、今回の行動が理解しての事であれば、また同じように”協力”してくれる事だろう。
踵を返し歩き出そうとした正巳だったが、ふと引っ張られる感覚があって見ると、服の裾を大きな指が控えめにつかんでいる事に気が付いた。
「ん、なんだ?」
頭を地面につけ突き出してくる。
「……いったいどうしろと」
少し困った正巳だったが、近づいてきた今井が言った。
「何らかの”儀式”じゃないかな。ほら、高度な知能を持つ生物には、固有の決まり事や儀式があるって言うじゃないか。近いところで言えば、オラウータンのボスが、成人したオスを認める時その頭に手を乗せるって言うけどね。それに近いんじゃないかな」
なるほど。そもそも、別にこいつのボスになったつもりはないのだが……まあ、この状況でこのまま捨て置いては却って変な事になりそうでもある。少し悩んだのち、天を仰ぐとため息まじりに手を挙げた。
そして、そのまま手の平を目の前の大きな頭の上に乗せると、言った。
「まあ、なんだ、これも縁といえば縁だからな。お前が敵対しない以上はどうこうするつもりは無いし、こちらから傷つけるつもりも無い。それと、ここは俺たちにとっても少し特別な意味を持つ場所になったからな。守っていてくれると助かる」
言い終えて手を離した正巳だったが、直後の動きに少し驚く事になった。
「グウぅェン」
顔を上げた雪男がそう言って頷いたのだ。
「ほらね、やっぱりこの子は賢いのさ」
その後、急に元気になった雪男が、立ち上がると手の平を出して来た。
どうしたのかと思ったが、どうやら上に乗れという事らしかった。その大きくて、丈夫な毛に覆われた腕で運ばれ機体へと乗り込んだが、始終優しい手付きだった。
「ふふ、次来た時も協力してくれそうだね」
そう言って嬉しそうにする今井さんに苦笑すると言った。
「お手柔らかに頼みますよ、もう仲間なんですから」
それに笑って「もちろんさ!」と答えた今井に、本当に大丈夫かなと思いながらも、閉まり始めたハッチに視線を向けた。その隙間から見える景色は来た時と変わらず、太陽の光を反射させ輝いていた。




