378話 シャフイル山の戦い【九】
合流場所に着くと、そこに散らばっている残骸を見て苦笑する。
「派手にやったな」
一度や二度ではこうはならないだろう。それこそ、楽しくなって連発したりしない限りは。破壊された扉とその残骸を避けながら進むと、奥から戻って来るサナが見えた。
「何人か逃げられたなの」
どうやら、中にいたのは指揮官や将校だったらしい。残念そうにするサナに「生き残りはいるんだろ?」と聞くと、頷いたのを見てそれなら問題ないなと息を吐く。
この戦争が終わった後の証言は、その生き残りにさせれば良い。
それに、逃げられたと言っても、既に全ての対象についてマーキング済みなのだ。当然その中には逃した者たちも入っている。必要になれば、追いかけて行って捕らえる事だって訳ないだろう。
「お兄ちゃんも壊しちゃったなの?」
そう言って聞いてくるサナに首を傾げるも、迷彩の事を言っているらしいと知って苦笑する。
「まあそんなところだな。それより、マムは別行動か?」
マムの操る躯体もサナと共に行動していたはずだが、その姿が見当たらなかった。迷彩を起動させている可能性もない事はないが、それであればそうと言ってくるだろう。
正巳の言葉に頷いたサナが答える。
「用事あるなのって出て行ったけど……あ、戻って来たなの!」
振り返ると、こちらへと歩いてくるマムの姿があった。
何処に行っていたのかも気にはなったが、それより手に持っている物が気になった。見た感じ一つ一つは試験管か何かのような形をしていて、それが十数本まとまり束となっている。
すぐに思いつくのは、敵兵士たちが使っていたアレだったが……。
「それはどうしたんだ?」
そう言って聞くと、満面の笑みを浮かべたマムが、胸の位置まで持ち上げるとそれを見せ、"よくぞ聞いてくれました"と言った風に答えた。
「マスターへのお土産なのです!」
どうやら予想した通りのものだったらしい。その手にあったのは、敵兵士が使用していた注入型薬物そのものだった。半透明な容器に入った状態できっちり、3列6行揃っている。
確かに、今井さんであれば大いに興味を持ちそうなモノではあるが、これがきっかけでハゴロモ内に薬物が流行りでもしたら大変な事だ。「扱いには気をつけてくれよ」と釘を刺すと、元気に返事したマムに苦笑した。
何処からあんな綺麗に揃ったモノを引っ張ってきたか知らないが、きっとこれも前もって考えていた事なのだろう。少し不安は残るものの、研究と対策には必要な事だと割り切った。
「それじゃあ、残党処理をするか」
頷いたサナを確認すると、敵残党兵の捕捉を始めたマムに従い、動き始めた。
■□■□
その後程なくして、残っていた敵戦闘員と非戦闘員の無力化を終えていた。これで、この拠点は完全に制圧した事となる。こうなると気になって来るのは、他の状況だろう。
「他部隊の制圧状況について教えてくれ」
そう言って聞くと、何となく予想していたと言うべきか、(もう少し釘を刺しておくべきだった)と思わせられる答えがあった。それと言うのも、開戦前からやらかしそうな事を口走っていた男がいたからだが……。
「サカマキ隊は現在も戦闘中。制圧状況で言えば68%、七割弱と言った所です。かなり楽しそうに戦っていますね。ジロウ隊については未だ通信が途切れたままですが──あ、少々お待ちください」
途中で言葉を止めたマムだったが、きっと何か新しい情報でも入ったのだろう。
それにしても、楽しそうに戦っているとは……やはり、長年戦場で生きて来た男には、戦場の空気が一番よく合うのだろう。活き活きしている様子を想像し苦笑すると、再び口を開いたマムに視線を戻した。
「通信がつながりました」
「アキラ達か?」
「はい。アキラ、ジロウ隊との通信が回復しました」
「それで、異常は無しか?」
「……二名死亡。一名重症で一名意識不明です」
てっきり「問題ありません」と返ってくると思っていたが、どうやらその考えは甘かったらしい。思わず奥歯に力が入るが、そこで深呼吸すると言った。
「状況はクリアしているのか?」
「はい。観測される脅威は去り、交戦状態にもありません」
「それで、任務は続行可能か?」
「はい。通信基地に配備された兵士は五部隊三十名。十分制圧可能かと」
「そうか……」
必要であれば応援に向かうつもりだったが、問題ないというのであれば任せるべきだろう。それより、気になるのは重傷者に負傷者。死亡した二人についてだ。当然、これが戦争であって犠牲が出る可能性だってあると理解はしている。
しかし、こう言ってはなんだが、負傷こそあれ死者が出るとは思っていなかった。想像するに、何か想定外があったとしか思えないが……いったい、あの峠で何があったというのだろうか。
そんな考えを知ってか知らずか、マムが話し始めた。
「先ず、死亡したのはニーナとアロウドの二人。重症にあるのはショウマですが、こちらは既に治癒薬で対応済み。現在、安定状態にありますが、戻り次第細胞・遺伝子レベルでの精密正常化検査が必要です。最後は負傷者ですが……」
そこで一度言葉を止めたマムだったが、その間正巳の脳裏に描かれていたのは、死亡したというニーナとアロウドとの記憶だった。二人とは訓練を共にした事もあり、ニーナがアロウドに好意を寄せている事もアロウドがそれに応えるつもりなのも知っていた。
小さく「安らかなる最後を」と呟くと、続いた言葉に耳を傾けた。
「負傷したのはジロウ。これは過剰治癒反応による結果ですが、その切っ掛けとなったのは死傷した二人と重傷を負ったショウマ。この三人と同じようです」
原因が同じで結果が異なると言うのは、往々にして起こりうる事ではある。例えば、同じ二メートルからの落下でも擦り傷で済む場合もあれば、打ち所が悪く死亡する場合だってあるのだ。
ただ、何となくではあるが、そう言った種の同じきっかけとはまた少し違う気がした。
「そのきっかけ──原因はなんだったんだ?」
もしこれが敵との交戦や仕掛けられていた罠による被害であれば、もう少し明瞭な報告なはずだ。少なくとも、マムが「きっかけは同じようです」などといった曖昧な表現をする筈がない。
正巳の問いに頷いたマムだったが、話し始めたその内容は、予想していたよりも根深く闇に包まれたものだった。
「今回の原因は、端的に言えば未知の物質。そしてこの物質は、敵兵士の使用する”強化薬物”と深い関係がありました。これは、ロシアの軍事研究施設の中でも特級に類する極秘施設、通称宵の明星から入手した資料ですが──」
話を聞きながら、頭の片隅にあった記憶を辿る。
ヴィネーラと言うのはロシア語で金星と言う意味だ。金星は夕方から宵にかけ、一際明るく輝くことから”宵の明星”とも呼ばれているが……月と同じで、自身単体で輝くわけではない。光を放つ太陽があってこそ輝き、この光が強ければ強いほどより明るく輝くと言うわけだ。
コード名を聞いただけでも、危ない香りが漂ってくる。
”輝く星”を国と捉えるか、兵士と捉えるかでだいぶ印象が変わってくるが、恐らく輝くべき星は国。その星が輝くため燃えるのは、そこに仕える兵士たちなのだろう。
小さく「命を燃やし輝く、か」と呟くと、それに反応したマムが「マムはパパを照らします!」と言った。それに苦笑して「お前は容赦なさそうだな」と応えると、楽しそうに笑っていた。
そのうち、浴びるだけで干からびるような”とんでも機械”を作って来そうだが……その時は先輩にでも、犠牲となってもらう事にしよう。小さく頬を緩めると続きを促した。
「それで、その入手した資料には何と書いてあったんだ?」
頷いたマムが本題に戻る。
「この辺りには昔、軍の研究施設があったと」
これほど碌でもない予感はないだろう。
「どう言った研究をしてたんだ?」
そう聞くと、やはり予想した通りだったらしい。
「様々な研究がされていたようですが、ここに集められた研究は、どれも軍内部で極秘中の極秘扱い。表には決して出せない内容のものが多かったみたいです。中には新生児を用いた実験であったり、特定の年齢や血液型。特徴を持った人間を対象にした実験も多く行われていたみたいですね」
予想通り過ぎてため息が出てくる。
「なるほどな。まぁ、それほど珍しい話でもないだろう」
事の大小こそあれ、どの国にもこの類の闇はあったりする。それが自国民か他国の捕虜や奴隷かなど多少の違いこそあれ、大義名分を掲げた集団を前にすれば、人の良心など掻き消えてしまう。
「そんな中、この研究施設の存在が表に出てしまいそうになるある事件が起き、それをきっかけにこの辺りは封鎖。情報の完全遮断が行われました」
「完全遮断?」
「はい。関係者は、研究者から一定の期間警備を務めた軍人に至るまで、そのほとんどが口封じの対象となったようです。中には生き残りもいたようですが……まあ、二度と口にしないでしょうね」
それに「だろうな」と頷くと、思い至った事があって聞いた。
「もしかしてその事件が……」
頷いたマムが答える。
「この事件を起こした研究が『細胞に働きかける”物質”の研究』であり、その趣旨は『生物の持つ細胞のリミッターを外す』ことだったんです。この物質はどんな容器にも留める事ができず、漏れ出た物質が作用し研究者を変異させました」
どんな容器にも留める事が出来ないとは……いったいどんな迷惑物質なのだろう。まあ、それ自体は珍しくもないが、及ぼす影響がひどく迷惑で大きいと思う。
「それでどうなったんだ?」
「この変異した人々の変容ぶりは凄まじかったようで、最終的にはその一帯に爆撃をし、鎮圧したようです。そしてこの事件の原因でもあるこの物質……便宜上”始源物質”と呼ばせてもらいますが、このヴィネッドは今でも研究所のあった一帯に漂っているみたいなのです」
これが今回の結論だろう。
「つまり、それが今回の原因にして、犠牲を出した物の正体だったわけか」
「そう言う事になります。特に、”赤い壁”と呼ばれる辺りは未だに汚染が酷いみたいです。今回峠越えをした際、ジロウ隊は運悪く──いえ、誘導的にこのデッドゾーンを通る事になったのでしょう」
「なるほどな、話はよく分かった。それで”強化薬物”と関係があると言うのは、どう言う意味なんだ? この様子では、まさかそのヴィネッドをどうこうできた訳でもないんだろう?」
もしそんな事が可能となっていれば、それこそ世界の勢力図が変わっていた可能性もある。頷いたマムが始源物質と強化薬物の関係を話すのを聞いてほっとした。
「強化薬物は飽くまで効力を抑えた劣化版。事件後に、回収しておいた変異体(研究者の遺体など)を調べ、そこから新たに生み出した物です」
「そうか、それは良かったと言うべきか何と言うべきか……」
「そもそも、細胞のコントロールすら出来ない只の人間は、禁忌の研究に手を出すべきではないんです。細胞のコントロールすら出来なければ、その変異を思うように操る事などできないのですから!」
そう言って何故か楽しげにしているマムに、そっと呟いた。
「そもそもそれは人間なのか?」




