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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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374話 シャフイル山の戦い【五】

『戦場での一瞬は永遠にもなりうる』──そう言ったのは師匠だった。目の前で倒れ行くジロウを見ながらそんな事を思い出すも、ショウマのうめき声で我に返る。


「ドウマはジロウ、カオルはショウマを保護。ウェンとキョウヘイは二人の装備を、俺が先頭を進むからタゴはしんがりを頼む。一刻も早くここを離れるぞ!」


 ジロウが行動不能となった今、この隊の指揮を取るのは自分なのだ。例え動揺していても、それを表に出すわけには行かない。小さく呼吸を繰り返し息を整えると、焦った様子でやって来たドウマに言った。


「どうした?」


 それに頷いたドウマが答える。


「スーツに空いた穴から冷気が入り込んでいる。このままでは命が持たない」


 先程の一連の流れの中で、破損していたのだろう。


 ジロウを抱えたドウマはその首元を押さえているが、その抱えられた当人──ジロウは、その視界部分が変色して見えなくなっていた。空いた穴から吹き込んだ冷気とその温度差によって、内部の水分が氷結したのだ。


 冷気遮断機能のお陰で全く寒さを感じないが、外の気温は氷点下20℃は下らないだろう。口を開けばたちまちその喉奥まで凍りつく世界なのだ。改めてスーツの性能の高さに驚くと共に、呟かざるを得なかった。


「修復機能はないのか……」


 これほど高性能でかつこのフィールドでは必須装備──にも関わらず耐久性が低いと言う、条件という条件が揃っているのだ。それこそ他の機能を削いででも、自動修復できるようにするべきだった。


 愚痴とすら呼べないような八つ当たりの感情が浮かんでくるも、どうやらそれを察知したメンバーがいたらしい。


「アキラ?」


 疑問系ではあるが、明らかに注意を孕んだ声色。


 それにハッと我に返ると「大丈夫だ」と、意識して明るく(・・・)返した。


 カオルは普段口数が多いわけではないのだがその代わり、よく周囲を見ている。必要に応じて口を開く事があるが、そう言った場合そのほとんどが助言となる事が多いのだ。


 そして、今回もまたそうだったのだろう。


 弱くなりかけていた心に気合を入れると言った。


「このエリアから離脱する!」


 これが最優先事項。そして、それに必要なのは対処で──


「隊長のスーツに空いた穴は手で塞げるサイズだな、よし。それじゃあ、隊長の方は穴のある部分をなるべく塞がるように運んでくれ。ショウマについては意識が落ちないよう、常に話しかけてくれ!」


 それに頷いたドウマが「了解した」と言って、気を失ったジロウを背負ってみせる。カオルも、頷くと同時に早速ショウマへ話しかけ始めた。ウェンとキョウヘイも既に準備はできていると頷いた。


 そうだ、この瞬間もまた『永遠たり得る一瞬』なのだ。


 後方についたタゴに頷くと、合図と共に出発した。



 ■□■□



 どれくらい離れられただろうか。


 途中、駆け足にも近い速さで移動していたが、そろそろ限界(・・)も近そうだった。


「ショウマ、しっかりしろ!」


 カオルの声が響く。


 先ほどまで弱々しくも反応があったのだが、それさえも聞こえなくなりつつあった。


「目を覚ませ!」

「……」


「ダメだ反応がない……」

「もっと別の呼びかけ方を試してみるんだ」


 ショウマの場合、隊長と比べ破損が大きい。その分外気に触れる部分も広くなり、体温が奪われるスピードも早いのだ。意識がなくなると言うのは、それすなわち死にも直結する。


 アキラの声に思い付いたのだろう。


 息を吸い込む音がして、次の瞬間キョウヘイの声がした。


「おい、お前がミューちゃん推しなのバラすぞ!」

「ぅあ……」


 一瞬微かに反応があるも、すぐに消えてしまう。


「続けてくれ!」


 カオルの言葉にキョウヘイが頷く。


「おいショウマ、お前、普段貴婦人(ひんにゅう)サークルに加わっているけどな……実は巨乳好きでそれを隠してるって俺は知ってんだぞ! それになぁ、ミューちゃんは意外にあるんだぞ隠れ巨乳なんだ! 知ってたか! いや、知ってたんだよな!? 俺は前々から言っているが、やはり"正統派"なサクヤたんを推していく──」


 一体何を言い始めたのかと思ったが、どうやらかなりプライベートな部分の"暴露"を始めたらしい。断続的な呻き声のようなものが聞こえて来るが、それは何処か呪怨のようにも聞こえる。


 何となく、最後の力を振り絞らせているような気さえしてきたアキラだったが、しばらく続いていた下り斜面の終わりが見えて言った。


「下に着いたら、俺のスーツをショウマの物と取り替える。それでショウマは大丈夫なはずだ。あとな、俺はミカ姉さんを推したい。姉さんはアニキと一緒で俺たちを救ってくれたんだ。それこそ女神と言っても──」


 きっと緊張と疲労とでおかしくなっていたのだろう。自身も余計な事を口走らせた所で、思わぬ介入があった。


『面白そうな話をしていますね』


 それは待ち望んだ声、聞いた瞬間不安の晴れる天からの声だった。



 ■□■□



 通信が途切れたのはやはり、山頂付近に存在する何らかの物質が影響していたらしい。オンラインになって確認してきたのは、被害状況と山頂付近であった一連の出来事とその考察に関してだった。


 通常であれば、そんな悠長なことしている場合ではない──となる所だろう。しかし、ことハゴロモにおいてはそこが異なる。重要なのは収集できない情報の補完をする事、これが優先される。


 何せ、オンライン状態にある隊員の状況は全てリアルタイムで把握でき、任務の進行度合いについてもその把握具合でマムに勝ることはないのだから。つまり……


 今すべきは聞かれた事について答え、続いて必要としている支援について伝えることなのだ。


「なるほど、二人死傷一人重症一人意識不明と言うわけですね。スーツの破損具合からして、ショウマの方は内部からの破損のようですが、これはどう言うことでしょうか?」


 その問いに、思い出しながらも見たままを伝える。


「アロウドの身体を見つけた時、その側にいたショウマの足が突然膨張し始めたんだ。すぐに隊長──ジロウが治癒薬を射って足は戻ったんだけど、意識までは戻らなくて」


「ふむふむなるほど……やはり、何かあると考えて間違い無いでしょうね。その壁に関わる事に関しても、一切資料に残ってはいませんでしたが、少し深い処(・・・)まで調べる必要がありそうですね。なに、大丈夫ですよ、すぐに結果は出ます。それと、ジロウの方は過剰治癒反応(オーバーヒーリング)ですね。こちらも安心して大丈夫です」


 何を言っているのかまでは分からないものの、整理されてゆく状況に安堵が広がる。


「ジロウのスーツが!」


 声を上げたのはキョウヘイだった。それに答えるのはマム。


「ええ、このくらいの穴であれば塞ぐ事は可能ですよ。残念ながらデリケートな部分、迷彩機能などは失われてしまいますけどね」


 どうやら、ジロウのスーツに空いていた穴が塞がったらしい。


 期待のこもった視線をキョウヘイが向ける。


「それじゃあ、ショウマの方も──」


 しかし、どうやらそう全てがうまくいくわけでも無いらしい。


 申し訳なさそうにマムが言う。


「すみませんがそちらは間に合いません。このレベルの破損を直すとなると、それこそこの周囲一帯のナノマシンを全て使うことになり、その場合任務に支障が出てきますから」


 キョウヘイの心配は分かる。


 何せ、このままではショウマの命が危ないのだ。


 肩を落とすキョウヘイを横目に、マムに聞いた。


「ショウマのスーツ、壊れたと言っても雪の上を歩く事はできるんだよな?」


「ええ、それはスーツ本体の機能とは分かれている部分ですから。それと、スーツの修復については周囲のナノマシンを活用する点から、予めそう決めていない限りオフラインでは使用できないんです。こんな事態、想定していませんでしたので……」


 まさか聞いていたわけではないだろう。


 それでも、思わず苦笑すると「さっきは悪かった八つ当たりした!」と謝った。実際に口にしたわけではなかったが、それでも心に思ったら同じことだ。


 謝るアキラに、「何のことだか分かりませんがマスターへの謝罪として受け取っておきます」と答えがあった。どうやらマム自身は謝罪を受ける気はないらしい。それでも、それで良いと頷くと少し心が晴れた気がした。


「なあ、他の部隊(みんな)の状況を聞いても良いかな?」


 通信が途切れてから二時間も経っていないはずだが、面子が面子だ。それこそ全て終わっていて、残るはこちらだけなんて事すらあり得るだろう。緊張しながら答えを待つと、予想通りかつ苦笑する他ない答えがあった。


「まず、パパ達は前衛基地及び目標本拠地を全て占拠、対象の全滅及び捕虜化しています。サカマキ隊は、少し派手に動いたのもあってまだ戦闘中ですね。敵全戦闘員が薬物による強化状態にあり、効果が切れるのを待つにせよ制圧するにせよもう少し時間がかかりそうです。とても楽しそうにしていますね」


 ……どうやら、おおよそ予想通りの展開となったようだ。


「それはまずいな、俺たちも急がないと」

「大丈夫ですよ?」


「大丈夫?」

「ええ、目標までもうすぐですから」


 そう言われて確認すると、確かに目標である通信基地まですぐだった。方向を確認せずひたすら降りて来たが、どうやら運が良かったらしい。着ていたスーツに手をかけると言った。


「準備が出来次第占拠に動く!」


貴婦人サークル、その存在は一部の男子におけるトップシークレット。触れるの厳禁。話すの許容。飽くまで距離取り割り切って。紳士たるもの振る舞い清く、いつでも待ちますその時を。「Yes,ロリータ! No,タッチ!」

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