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『インパルス』~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~  作者: 時雲仁


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369話 英雄と言うより…。

 空がそのカーテンを下すかのように、降り始めた雪が見渡す限り広がっている。


 予報では明日の朝まで降り続くようだが、この調子でいけば、日が昇る頃には腰の丈ほどまで積もっている事だろう。もっとも、自分達はこれから別の場所へと移動する訳だが……。


(きっと、向こうも同じような天気でしょうね)


 移動先の事を思い浮かべてそんな事を呟くも、不意に感じた気配に足を止めた。


(見られている……)


 視線にも種類があるが、これは問題なさそうだ。


 森で歩いていれば自然と生き物の視線を感じるように、それに似た気配がある。


 言うなれば観察。近づいてくるつもりは無いし、何か意図をもって見ている訳では無いものの、その行動に興味を持っているかのような。そんな気配だ。


(大方依頼主と言った処でしょう)


 そう結論付けると、小さく頷いて再び昇り始めた。


 目を向けるとステップを登った先、搭乗先の機内に控えていた男が、こちらの様子を察して予備動作に入っていた。流石に先日まで現場に居ただけある。


 それに、問題無いと首を振ると自分も乗り込んだ。


「……任せて頂いたと言う事でしょうか」


 直後消えた気配にそう呟くも、不思議そうに目を向ける男に言った。


「さて、次はアラン。これから貴方の任務先へ向かいますが、その前に貴方の"認識"について確認しておきましょうか。貴方含め数名には正確に(・・・)、共有しておく必要がありますからね」


 そうしてシートに腰を下ろしたザイは、やがて動き始めた機体の中、話し始めた。


 ◇◆◇◆


 ――出発してから十数分。


 吹雪の中飛ぶ機体は、荒れる天候とは切り離すがごとく安定した飛行を見せていた。それもそのはず。飛んでいる機体自体雲よりも上、星の下を飛んでいたのだから。


 そんな様子とは反対に、そこには張り詰めた緊張感と空気感があった。


「アラン、お前は何故私がアレが本物だと確信しているか分かるか?」


 そう言って聞くと、一瞬何か言いたげに口を開きかけた男が首を振った。


「いえ、私はその決定に従うのみですから」


 それに頷きながらも答える。


「そうだな。だが、お前はこう思っているはずだ――」


 そう言って一つ息を吸い込むと続けた。


「ぬるい、敵でさえ殺さずに済ますような者に務まるのか。とな」


 それにハッとして否定し始める男に首を振る。


「いいや、お前の考えは間違いでは無い。何せ人類史を見れば、英雄と呼ばれた者達は、一人残らずそれに見合うだけの残虐性、容赦のなさを持っていたからな。中には悪魔とさえ呼ばれるような者も居たほどだ」


 殆どの事について言える事ではあるが、一つの出来事であってもそれを見る立ち位置によって、その受け取り方は全く異なって来るのだ。一方で英雄であっても、他方でそうとは限らない様に。


 英雄であるには、そう在る為の強さが必要な訳だ。


「力が無くては未来の選択権すらありません」


 そう言って頷いた男だったが、なにも残虐性を持つべきだと言いたい訳では無いだろう。この男もまた戦災孤児の一人ではあるが、引き取るまでの間地獄を見て来た。


 きっと誰よりも平和で穏やかな日々を望んでいる事だろう。それでもこうした仕事に就いているのは、その想いに、強く抱く願いと感情があると言う事だ。


 それに頷きながら続ける。


「しかしどうだ。私が決めた事ではあるが、それに関連して上がって来るのは、どれもそこに足らない。何処か甘さの残る、危うさを感じる情報ばかりだ。違うか?」


 頷く代わりに強い眼差しを向けて来るので、それに思わず口元を緩ませる。


「ふふ、分かっている。私でさえ、あの三年が無ければそう誤っていた事だろう。あの三年、あそこで私はその()を見た。表面に育まれた仮面を排した先にある、その根幹をな」


 戦場と言うのは、平和な国に住んでいれば非日常。常ならず事だろう。しかし、その戦場と言うのもまた人間という生き物が生み出した一つの日常。場合によっては身近になりうることなのだ。


 そして、この戦場はまた人間の根の部分をよく明らかにする。


 生物として生きるか死ぬかなのだから当然ではあるが、この究極の状況にあってこそ、その個としての性質がより濃く表れるのだ。


 これは依頼を受けた際に得た、依頼主の個人情報の一部。極秘情報だ。外部に漏らす事は決してあり得ず、本来その内部であっても共有する事などあり得ない。が……今回ばかりは例外だろう。


 そこで一呼吸吐くと言った。


「殺すとなれば殺し、その芽さえも徹底的に摘み取った。中には、自分の死ぬ理由さえ知らずに死んだものだっているだろう。そこにその善悪の基準があったとは言えない。いや、ありはしたのだろうが、少なくともそうあるべき(・・・・)として排されたのだ」


 あの時受けた依頼は"戦闘訓練"だったが、今思えば初めから兵士としての適性があった。それは、命を片手で扱える胆力。言葉を選ばずに言えば、命を命として認識していない異常者。


 命を命として見ていないと言うのは少し語弊があるものの、大枠では外れていないだろう。何せ、命がそれとして大切な訳では無く、命と紐づいたその存在があってこそ大切だと認識しているのだから。


 だからこそ、自分の命でさえも一つの単位として数えられてしまう。


 死への恐怖と言う物が無いのだ。もっとも、自分の命に紐づいた周囲の人間。その関係性によって、認識が多少は改まってはいるようではあるが。


「それは同一人物ですか? それとも、何十年も前の話とか……」


 信じられないと言った顔の男に苦笑する。


 確かに極端なのだ。一方で虫も殺さむ様な行動を取っているかと思えば、もう一方ではその真逆の事をしているのだ。これも、この男の成り立ちと経験が生んだ複雑性なのだろう。


「そうだな、少なくともあの時私は隣に死を感じていた。"死"そのものだ」


 死と言うと少しニュアンスが異なるが、ここでは敢えて感じた事そのままを言葉にした方が良いだろう。理解した訳では無いだろうが、頷いたのを見て続ける。


「知っているだろうが、"死"とセットに有るのは"生"だ。強い毒ほど良い薬になるように、死もまた命を守りまた生み出すのだ。我々が誤りさえしなければ、死もまたこちらを守るだろう」


 言い終えて(もっとも、娘を預けている以上これも後付ではあるが)と苦笑した。


 何はともあれ、これまで自分はその判断を誤らなかった事で、ここまでやって来たのだ。ここに来て大きく舵を切ったこの判断も間違いでは無いだろう。


 自分の中で結論が出たのか、顔を上げた男が言った。


「私もその未来を信じます」


 その後少しして「初めからついて行くと決めていますが……それに、英雄と言うより最早魔王な気も……」と聞こえて来た。


 それに答えることもできたが、一先ず漏れ出る苦笑を抑えるに留めておいた。

 次回、本編へと戻ります。

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