368話 雪化粧
ある議員の視点ではじまり、途中でマム視点へと切り替わります。
――いよいよ戦争が始まろうかという頃。時を同じくして、"その後"の混乱を最小限に抑えるべく暗躍する影があった。それは、ある依頼によって動いた組織の影だった。
ここにもまた、その影と声が届けられた跡があり――
ひらひらと舞い始めた雪が次第にその勢いを増すと、薄っすらと街並みを覆って行く。晴れていた時は、正に世界の中心地と言うべき、発展を現す光景が広がっていたのだが……。
こうしてみると、何だか化粧をしている様だ。
「……灰降る町。まるで、死に化粧でもしている様だな」
そう呟いた脳裏には、若い頃経験した忘れられない記憶が蘇っていた。それは、自然と言う名の脅威とそれを前にした人間の無力さの記憶。男自身も被災した火山災害の記憶だった。
あの頃、全てを一度失った。
それでもこうして今の自分が有るのは、決して未来を諦めず下し続けた決断があったからだ。いや、それだけでは無い。それに加えて、最も重要と言っても良い事。それは仲間。
置かれた場所こそ違えど、同じ未来を思い描いていると確信する仲間がいたからだ。
「あの野郎、相変わらず無口だったな……」
つい数分前の事を思い出し、思わず口元を緩めるも、背後で閉まったドアに息を吐いた。
「送って来たか」
「はい、途中までではありますが」
この女が秘書になってから彼是十年近く経つが、相変わらず愛想がない。それでも、ほんの少し機嫌が良さそうに見えるのは、きっと気のせいでは無いだろう。
何せ、かつての同僚、上司と話せる貴重な時間だったのだ。そもそも、この秘書の前職でもある"ホテル"は少し特殊であって、その関係性も、同僚と言うよりは家族と言った方が近いだろう。
積もる話が無い筈がない。
「昔話でもできたか?」
「いえ、仕事ですのでそう言った事は」
それに思わず呆れて返す。
「何を言ってるんだ。こんな機会滅多に無いんだぞ?」
そもそも、こうして堂々と面会できるのも、監視の目が揃って出払っているからであって、もしかしなくても十数年来。この女が自分の秘書に着いてから以来の事だろう。
そんな思いを知ってか知らずか、数秒目を閉じた後で、視線を動かした女が言った。
「降って来ましたね」
それにため息を吐いた後でそうだなと答えると、つい先ほどまで客人として来た男とその連れが座っていた場所へ目をやった。連れはまだ若そうな男だったが、年齢で言えば横の秘書と同じ位だろう。
その外見と見合わない目をしていたが……一体どんな修羅場をくぐればああなるのかは分からない。あまり考えないでおこうと首を振ると、言った。
「あの連れ、ザイが連れて来た男が、今後ロシアの"候補"のサポートに着くのは分かった。他の国にも同様に工作していると言うのもな。だがなぁ、本当に世界連合が負けると思うか?」
確かに、力がある国だと言う事は間違い無いのだろう。それこそ、半年ほど前にあった国内の"大停電事件"も噂ではこの国が絡んでいると言う話だ。
それでも、自分の様な政府中枢から弾かれ、一議員としては疎か精々が国民と同程度の情報しか持っていないような弱小議員としては、つい先ほど聞いた話をそれそのまま信じる事は出来なかった。
そんな疑念を察してか、補足する様にして秘書の女が言った。
「間違いないでしょう。それに、私もそう確信しています」
それに苦笑する。
「しかしな、つい先日まで経済的に潤い始めた位に聞いていた国が、実は大国とも引けを取らない軍事力を持っていて、且つ秘密裏に行われていた軍の侵攻を撃退していた。その決着として"戦争"が始まるが、その勝者はまず間違いなく新興国だ。なんぞ、どう信じろというのか……それを持って来たのがあいつでなければ、まず間違いなく笑い伏してたぞ」
「それでも信じられたのでしょう?」
それに再びため息を吐く。
「個人としてはな」
満足したのか一瞬微笑んだように見えた。
「そうでしょうね」
「お前は……ったく、まぁ良い。この世の中、常識なんぞ持つ方が危険だからな」
そう言って踵を返すと、しばらく部屋にこもると言った。
「何か急ぎの仕事が?」
それに息を吸い、視線を上げると言った。
「俺は俺で、精々この国が滅びぬよう努力するんだよ。まったく、折角ゆっくり話せる機会だったのに棒に振りやがって。一時間でも二時間でも、ゆっくりして来いって言ったじゃねえか」
「それを言うならフォルソン様もだと思いますが」
「俺は良いんだよ。あいつは昔っから口数少ないんだからな。顔見て目を見て隣に立てば、それだけで十分なんだよ。まったく、それにしてもお前と言ったら……」
その後も愚痴の様なモノを口にしていたフォルソンだったが、一通り言った後で歩き出した。その際、背後で小さな呟きが聞こえたが、それに知られぬよう少しだけ口の端を緩ませたのだった。
「……すぐに、また会えると言われましたから」
そう、この秘書は有能で頭が切れるものの、こちらから一方的に言葉を浴びせると、その反動か本音の部分を少しだけ漏らす事があるのだ。
その後部屋に戻ったフォルソンは、それ迄水面下で調査して来た各機関の内、クロと判断した人物のリストアップを始めた。それは、この国に根を張る膿を出す為だった。
「戦争、貧困、奴隷、麻薬……今回を逃せば、もう二度と機会は無いだろうからな」
それは飽くまでこの男、合衆国議員であるジョージ・フォルソンの"正義"による行動だった。その結果、それを誘導した存在によって、その主人の敵を倒す手伝いをする事になるとも知らず。
◇◆◇◆◇◆
その様子を見守っていたマムだったが、凡そ過不足無く"排除対象"としていた者がリストに入っているのを確認し、やはりこの男を選んで正解だったようですね。と満足していた。
その中に入っていたのは多くが政治家であり、その一部には裕福な"出資者"もいた。中でも厄介なのはこの出資者であり、手先となる議員を送り込む事で、長らく政権を私物化して来た者達だった。
しかしそれも、もうしばらくの事だろう。
全てが済めば、戦勝国としてある程度の介入が出来る。
「スズヤは今回も見つかりませんでしたか……」
そう言って残念に思うも、それも直に解決ですねと顔を上げる。
何せ、直に始まる"戦争"に勝てば、全てのハードルが排除されるのだ。ハードルと言うのは、ある"計画"を実行する為に障害となっていた幾つかの問題だったが……
それも戦勝国となり、主要国が配下となれば解決される。
そう、かねてより考えていた"充足されし世界計画"(自分の分身にも近い"ナノマシン"を全世界へと行き渡らせる事)が実行できるのだ。
そうなればもう、何処に居ようとその存在を逃す事はない。
自分の生みの親であり、人間で言う処の絶対者でもある片割れ。自分の存在意義でもある生命。それをあろう事か奪おうとし、今なお狙っているのだ。そんな存在――
「逃すわけ、ありませんからね」
そう言葉にして満足すると、再び男を見守り始めた。仮に忍び寄る者がいたとしても、それらは残らずその秘書へと報告され、その扉に手をかける前に排除されるのだ。
――その日も忍び込んだ影があった。しかし、その背後に忍び寄るのもまた影。忍び込んだ影は、背後に現れた影によって呑み込まれて消えた。
そう、特段監視の目が出払っていた訳でも、緩んでいた訳でもなかったのだ。
これは一種の意思表示と、次の段階へと入ったと言う明示。
「この時点で寝返ってくれれば、まだ楽なんですけどね。……まぁ、途中で仲間を裏切るような人間を使いはしませんが。さて、残る国についてですが……こちらも任せておいて大丈夫そうですね」
問題が処理された事とその結果を確認した後で、視点を動かし呟いた。その先には、ハゴロモを除けば世界に二機しか存在しない超音速旅客機があった。
これこそハゴロモから特別に提供された機体であって、どのレーダーにも映らない、超高速で移動できる特別な機体だった。そんな、特別な機体へと今まさに乗り込もうとしている人影が二つ。
その内一つが不意に止まるも、何を確認したのかすぐに移動を再開した。
「まさか、気付いた……?」
そう呟いた後で、そう言えば以前パパが「意識を向けられれば、それだけでその気配に気づく事が出来る」と話していましたっけ。と思い出した。
正巳を訓練したのがこの男ならばまた、男自身が同じ事を出来ても何ら可笑しくは無いだろう。
「パパの師匠なだけはありますね」
何を満足したのか頷くと、その目を閉じた。
それは、見られている事を感じ取れるらしい依頼相手へと、邪魔にならぬよう配慮したものだったが、同時に自分の大切な存在が信じる相手を信じ任せる事にした結果だった。
「記録しない方が良い事もありそうですしね」
そう、どんな事であれその権限を持つ存在であれば、自分が見た事や知っている事は全て検索する事が出来るのだ。そんな存在こそ二人しか居ないものの、一方はまだしももう一方にはこういった種の情報への耐性がそれほど高くない。
であればこそ、そもそもなるべくにして記録自体しない方が都合が良いのだ。
もっとも、既に遅いと言えばそうではあるのだが……。
「いざとなれば記録自体を切り離した"個体"へと保存、ほか全てに残っている記録は全消去ですかね。一度パパに相談してみましょうか」
そう呟いて自問した後、そうしましょうと頷いた。
少し前から降り始めた雪は、その白い裾の下に汚れを隠すがごとく降り積もっていた。
活動報告の方(お気に入りユーザーに登録頂くと閲覧がしやすいかと思いますのでもし良ければ)にも書かせて頂きましたが……執筆に使用していたパソコンが壊れました(泣)メンタル崩壊したのと諸々で、数日ちょうちょを追いかけていましたが……いつまでもそうしている訳にも行かず。昔使っていた物を引き出して来て、どうにかこうにか投稿まで辿り着きました(褒めて~!)パソコン、直るか分かりませんが、執筆の方は頑張りたいと思います!(評価とかブクマとかしてくれると嬉しいな!)




