362話 代理戦争
防衛戦から約一ヶ月が経過した。
一週間経過する毎に"制限"と言う名の攻撃を加えていたが、どうやら黙っているにも限界が来たらしい。正直もっと早い段階で動きがあると思ったが、それ処ではないような"問題"があったのだろう。
……例えば、国民への物資供給の対応など。
「それで、どういった内容なんだ?」
実はこの前にも一度、正式な書簡として通知を受け取っていた。その内容は、それこそ予想した通りのもので、口調こそ丁寧であれハゴロモへの非難と圧力を強めるとの内容だった。
マムに促しつつ、もしまた同じような内容だったら、今度こそ手を出さないでいた部分にも手を付けようと心に決めた。それで国が国として機能しなくなったとしても、そんなこと知った事ではない。
頷いたマムが、連合側から届いたメッセージを読み始める。
「まず簡単な挨拶があって……これは前回寄こして来たメッセージが、こちらへ届いていなかったのではないかと言う確認ですね。その後にあるのは、これは……何と言うかまぁ呆れますね」
正巳に知らせるまで、中身を確認していなかったらしい。確認したマムが「こんな事なら譲歩する必要などなかったのではないですかね」とため息を吐いている。
その様子におおよその見当を付けながら、何が書いてあったのかと聞くと、全文を表示させたマムが言った。
「どうやら、この期に及んで"対話"を望んでいるようです」
そこに表示された文章は、正式な書簡と言うだけあって、相変わらず堅苦しくて読みにくい内容だった。それでもざっと目を通してみる。
初めの方は形式的な挨拶だろう。読み飛ばして、そのあとに続く単語を拾って行く。
「ええと、『先の書簡』『確認』『重ねて検討をし』……ここか『我らが連合諸国と貴国との間に生じた齟齬に関して、今一度正しい認識を共有したくここに議会への参加を要請する』……ううむ、これは下手に出てるのか上からなのかよく分からないな」
そもそも、齟齬とか共有とか要請とか、状況を理解して言っているのだろうか。読み返している内に段々と腹が立って来た。
「こんな状況になってまで利益を求めるか」
それに相槌を打ったマムが、少し嬉しそうに言う。
「それだけこちらに価値があると言う事でしょう」
「まぁ、確かにそれに間違いはないな」
それに恐らく、この時点で負けを認めないのには理由がある。
「抗議デモや暴動の状況はどうだ?」
「そうですね、少しづつ兆候が起こり始めてはいますが、まだまだ本格的になるには時間が掛かりそうです。国民としても、まさか政府が原因でこの状況に陥っているとは思っていないでしょうし、政府側が支援に力を入れている間はしばらく持つんじゃないでしょうか」
そう、これは現代版の"水攻め"なのだ。
昔であれば統治者がいて、権力による統制を以って水攻めに耐えた事だろう。しかし、現代における半数近くの国は民主国家。つまり主権者は国民であって、政治を執り行う政治家は飽くまでその代表にしか過ぎないのだ。
国の主権者たる国民が暴動を起こせば、その上に立つ為政者は、その座から下りなければならない。全ての国がそうではないが、少なくとも過半数の国はこれで収める事が出来るだろう。
もし途中で大規模な軍部による粛清と圧政が始まれば、それはその時。それこそ大手を振るって正義を掲げれば良い。その時は"正義の使者"として、各国の国民を味方に付けられるはずだ。
マムの「どうしましょうか?」という言葉に頷く。
「そうだな、各国に情報を流して"煽って"も良いが、その場合それこそ収集が付かなくなる。それに、少なくない血が流れる可能性だって高いだろう。しゃくではあるが応じるほかないな」
それに頷いたマムが「分かりました」と答えた。
そもそも、連合側が負けを認めないのは、中心国である列強諸国が未だに余力を持っているからだろう。それこそ、先日の防衛戦に関しても大量の兵器は奪ったものの、犠牲者はそれほど出てはいない。
一部では"無血戦争"とまで言われているほどだ。
その原因は、圧倒的なまでの実力差にあるのだが、きっとそんな事は認めない。
「自信の源を砕く外ないだろうな……」
グルハで交戦した"強化兵士"とその部隊を思い出して息を吐くと、落とし処を考えておく事にした。
◆◇◆◇◆◇
夕食の席、夕日が沈み始めた景色を眺めながらため息を吐く。
「やはりこうなったか……」
すると、同じテーブルに着いていた先輩が苦笑して言う。
「あれは仕方ないだろう。強引と言うかなんと言うか。俺にも似たような経験があるけどな……ああいった連中は、前もって自分達で結論を出していて、それ以外に持って行くつもりなど無いんだ」
先輩が言っているのはきっと、遥か昔まだ勤め人だった頃、営業マンとして働いていた頃の経験だ。それに(それと同じにしちゃうんですか)と苦笑を返しながら、今井さんに言った。
「今井さんはあれで良かったんですか?」
数時間前に行った連合側との話し合いだが、その場にいて尚、初めから終わりまで一度も口を出さなかった。それが気になって確認をしたくなったのだ。
正巳の言葉に、触れていたグラスを持ち上げ、今井が答える。
「そっちは任せているからね。僕の出る幕などないさ」
そのままグラスの中のドリンクを口に含むと「ふはっ、思った通りの酸味! これは成功だね」と笑顔を見せている。心配がないと言う事は無いだろうが、その様子から信頼の程が感じられた。
そんなどちらかと言うとリラックスした様子の今井に対して、目の前に座ったハク爺は対照的だ。
居ても立ってもいられないと言った様子で、ここまで来る途中は疎か、話し合いの場ですら興奮が抑えられない様子だった。先の戦闘でもそうだったが、少しも自重する様子が無い。
「そんなに焦らなくても直ぐに出番は来ますから」
それに目を輝かせて腕をまくっている。
「フハッ! まさかこういう形で腕っぷしを比べられる日が来るとはな! 超大国そろい踏みじゃぞ、きっと特殊部隊てんこ盛りで来るに違いないんじゃ。どんな奴らとやり合えるか楽しみじゃな!」
それに呆れて返す。
「きっと特殊部隊どころじゃ無くて、もっとヤバいと思いますけどね」
正巳の言葉に身を乗り出したハク爺が、興奮気味に迫って来る。
「もしや話していた"強化兵士"の事か?!」
前回の戦闘で連合側、ロシアの特殊部隊と戦闘した正巳だったが、あの時の相手は特殊部隊の域を超えた"戦略的秘匿部隊"だった。誰から聞いたか、あれ以来ずっと「自分も手合わせしたかった」と言って来るのだ。
テーブルにこぼれた水やら何やらを拭きながら、嫌でも死合う事になりますよとだけ返す。それに満足そうに席にドカッと着いたハク爺だったが、落ち着いたかと思った次の瞬間言った。
「それで、それはいつなんじゃ!」
まるで我慢の出来ない子供みたいだ。
「さっき決まったばかりで、細かい決め事がまだですからね。これから"場所"、"日時"、"参加者"など含めた事を決めていく予定です。今回譲歩した分、決め事で一切妥協する気はありませんがね」
実を言えば、連合側から今回の話を聞いた時心の中ではホッとしていた。
それと言うのも、その内容が正巳が考えていたものと"大枠"では同じ方向性の事だったから。正巳が考えたのは、連合において中心となっている国が自信の源としている物を打ち砕く事。
そして連合側は、そんな正巳の考えを知ってか知らずか、その"自信"をぶつけてくる形で迫って来た。提示されたのは、限定的でかつ総力戦となる"戦争"。
ここで相手を打ち破れば、これ以上の決着は無いだろう。
何せお互いの納得した形で、わざわざ決着をつける場を用意したのだから。
正巳の答えに「そうか、楽しみじゃのう!」と返したハク爺だったが、そう言えばと思い出した様子で続けた。
「それで、あ奴らが言っていた"代理戦争"と言うのはどういう事なんじゃ?」
それにため息を吐いた正巳は、視界の端に現れたサナやユミル達を見ながら言った。
「連合側は人数で言えば圧倒的ですからね。今回の戦争にはごく一部が参加する事になるでしょう。その一部の参加者は、言ってみれば世界の代表として戦う"代理人"。向こうからしてみれば、これは代表者たる"代理人"によって行う"戦争"という事です」
それになるほどなと頷いていたハク爺だったが、何を考えたのかニヤリとして呟いた。
「今度こそ、下手な手加減せず戦えそうじゃな」




