357話 疑念、分析、企み【連合side】
『交渉の席に着き事態を改善する事。これが最善で、これ以外に手段はない』
一度結論を出したべレコフだったが、何処か引っ掛かりを感じ呟いた。
「……本当にそうか?」
そもそも宣告通りであれば、進軍を止めなかった時点で終わりが来ていた筈だ。
実際、こう言っては何だがそれが"可能"だった筈だ。
宣言通りであれば、我々は言葉通り「帰るべき国を失っていた」事になる。それこそ、指令本部のあるこの場所も綺麗さっぱり無くなっていただろう。
それが今こうして無事であって、前線で戦闘が起きていると言うのは何故なのだろうか。
少し考えたべレコフは、もしかしてと呟いた。
「指揮官の問題か?」
経験則ではあるが、作戦、状況、物資に問題が無い場合、一番のリスクは指揮を執る人間となるのだ。その為、指揮を執る将校は、そう言った問題が起きないよう経験を積む訳だが……。
「おい貴様、急ぎ資料を持ってこい!」
持って来るよう命じたのは、敵指揮官に関する資料だった。
予め調べまとめていたものではあったが、この中には敵勢力の内、主要人物を分析した情報があった。中でも有名なのは、中心人物とみられる三人と合流したとみられる傭兵集団だ。
今回対象となるのは、中心人物の内の一人で実質的な"王"であろう男。そして、傭兵集団の中で指揮を執っていた三人。一応三人分調べさせたが、今回気にするのは一人で十分だろう。
その一人と言うのは、傭兵のまとめ役でべレコフ自身名前を聞いた事がある程の有名人だ。
この男で十分と言ったのは、男が他の傭兵達を育てたと言う話であって、男を抑えれば他も抑えられる。"大は小を兼ねる"と言う理屈から来たものだった。
『本名、逆巻善次郎。青年期から紛争地帯を中心に傭兵として活動。その緻密な計画と下準備によって、数々の戦場で"不可能"と言われた状況を覆す。
傭兵としてのキャリアの途中から、戦争孤児の保護活動を始め、一時当局より少年兵育成組織の"危険分子"としてマークされる。数年前より姿を消し、新興国ハゴロモと行動を共にしているのが確認された。』
普通に考えた時、指揮役となるのはこの男だろう。
しかし、厄介な事に状況含めた様々な情報がそれを否定している。それに、傭兵と言うのは任務の達成こそが全てな"脳筋"な者達だ。そこに政治的な判断は介在しないだろう。
もし、この男が指揮を執っていたのであれば、今頃母国は焦土と化していた筈だ。
……となると次に挙がるのは、幾ら探しても顔写真一つ入手できなかった男。
本名と僅かな情報が得られており、以前は一般企業に勤めていた事も分かっている。この男は、その経歴から戦場で指揮を執るとは考えづらい……が、その一方で興味深い情報もあった。
それは、あの"ホテル"で戦闘訓練を受けたのではないかと言う情報だ。もしこれが事実であれば、訓練の年数や実戦経験の有無に関わらず警戒に値する事となる。
『本名、国岡正巳。世界屈指の商社へと入社しその後、ガムルス国大使館襲撃の容疑者として指名手配される。数年後、ガムルス国内のクーデターが勃発。政変後と共に手配の解除がされる。
その後数年間身元不明となっていたが、つい最近協力国からの情報提供により、新興国"ハゴロモ"の代表者がこの男と同一人物である事が確認された。』
手元の資料では三十代前半とあるが、確認できたのは背格好だけだ。消去法的にではあるが、現在敵の指揮を執っているのはこの男と見るのが良いだろう。
ただ、例え指揮官が誰かを確認したとして、何の役にも立たない。重要なのは、その内面を理解する手助けになる資料だったのだ。こんなものでは――
「クソの役にも……うん?」
役に立たないではないかと投げそうになった処で、後ろに添えられた資料に気が付いた。
その資料には"人物評価報告書"とあったが、どうやらこの謎に満ちた男を分析し、まとめた報告書らしかった。時間が無かったので斜め読みにはなったが、大まかな内容は理解できた。
「つまり、この男は『大量殺戮の出来るような人間ではない』と言う事か?」
結論からすれば、凡そ軍人に向いたタイプではないと言った内容が書かれていた。その根拠に"出身国"やその国の"歴史"があった事には呆れたが、それでも現状に於いて、すがりたくなる様な内容だった。
分析官の部分には"ファムパウルム博士"とある。聞いた事の無い名前だが、きっと知らないだけで名前の通った研究者なのだろう。何せ状況だけ見れば、この分析通りの結果となっているのだから。
「なるほど、行使する"力"はあるが"勇気"はないのだな」
そうとなれば、下手に考える時間を与えず、ここは直接戦闘によって打ち破れば良いだろう。まとめて捕虜にでもしてしまえば、それから後でどうにでもなる。
それこそ、核の支配が可能となれば全世界の覇権を取る事だって可能だろう。初めは国を潤す為と思っていたが、これはもしかするともしかするかも知れない。
「遂に我らが祖国、数世紀にわたる悲願が叶うやも知れず!」
その頭の中では既に、目の前の状況を通り越した先――互いに共闘している連合国をすら出し抜く未来――世界をその統治下におく様子が、思い描かれていた。
それは破滅的な考えではあったが、最早その妄想が止まる事は無かった。
「敵指揮官とみられる仮面の男が、自ら戦場に立ったとの報告が!」
響く報告にざわめく指令室。
それに、最早構う必要なしと向き直ると、戦況を確認し始めた。
◆◇◆◇
戦闘が始まってから既に十数分が経過していた。
状況からして、やはり核による本土攻撃はブラフだったらしい。
初めの内は、戦闘を停止しないのかと幾つかの国から抗議があった。しかしそれも、状況を見て心配無さそうだと知ると、順に引っこんで行った。
今問題なのはその事ではない。
現状で問題となっているのは、交戦状態に入ってからの状況の停滞だ。
数で言えば圧倒的に勝っている筈なのに、一向に攻めきれないのだ。敵が核による攻撃を行わないと分かった以上、その気が変わらない内に迅速に制圧する必要があると言うのに。
攻めきれない原因は恐らく二つ。
その内の一つは、兵士の純粋な練度の差だろう。
練度の差と言っても、別段連合側の兵士の質が悪い訳ではない。単に敵側の練度が異様に高かっただけだ。それこそ、一人一人がまるで歴戦の兵士の様な動きをしている。
だがこれだけでは、どう転んでも問題になるほど大きな問題とはならなかっただろう。何せ、数では比べる必要が無いほどに勝っていたのだ。数で押せばいずれは制圧し切れてしまう。
では何が問題の原因となっていたのか。
それはやはり、近代兵器の有無だった。
音もなく襲い来るのは、戦闘機の様な兵器。それは空を飛び、まるで空飛ぶ戦車とでも言うかのようにその銃弾を降り注いでくる。純粋な火力としては、大砲と豆鉄砲ほどの差があるだろう。
いつかは弾切れになるだろうが、その頃にはきっと連合軍の死体の山で覆いつくされている。
「このままでは埒が明かないな……」
現状を打開する方法は一つあるが、それをするには上からの許可が必要だ。少し悩むも決断すると、手元の受話器を取り、自分の上司――すなわち軍のトップであり国のトップへと繋いだ。
「どうした?」
「大統領、例の部隊の稼働許可を頂きたいのですが」
前置きをせず本題を言うと、一拍あって答えがあった。
「許可する」
それに間を置かずに「感謝します」と答えると、通信が切れるのも確認せず手を伸ばした。
その先にあったのは、一つの無線。
無線を手に取ったべレコフは、それを繋ぐと言った。
「お前ら出番だ。これが初めてのお披露目となるからな、しっかりとその力示して来い!」
それに短く返事のあったのを確認すると、深く椅子に座った。
ここまで進展の無かった前線も、これで一気に動くだろう。
心配なのは、生かしておかなくてはならない者まで、誤って殺してしまわないかだが……まぁその辺りは、敵の悪運にでも賭けるほかない。
「確かに、あの"空の兵器"は脅威だがな。それでも、地上の兵士が消えてしまえば幾らでも隙は出来る。地か空か、空への対抗手段が無い以上、手を打つのは全力でもって"地"へだ!」
そう、確かに空を飛んでいる兵器は脅威だ。しかしそれは、飽くまで地上の兵士ありきな事。幾ら空からの攻撃が激しいとは言っても、地上からのカバーがあってこその事なのだ。
地上の兵士を倒してしまえば、幾らでも空をかわして進軍が出来る。
元々そのつもりでいたが、思ったより敵兵の練度が高くて苦戦していた。そこで、この問題を解決すべく動かしたのが先程の部隊だった訳だが……これで間違いなく地上の敵兵士は皆殺しだろう。
何せ、用意したのは人間の限界を超えた兵士なのだから。
人外の力を持つ彼らにとってみれば、多少の練度の差など関係ないのだ。そんなものは、その力でもって捻りつけてくれるだろう。何せ彼らは"超人兵士"、究極の人間兵器なのだから。
口角が上がりそうになるのを抑えつつ、飽くまで平静を装い、命令を下した。
「連合軍兵士に告ぐ。順次後退し、合図があるまで交戦域へと出るな。これは命令である」
男の眼には早くも、栄光ある未来が映って見えていた。
誤字脱字等ありましたらすみません。




