355話 核の傘
「核による最後通告だ」
最終手段とも言うべき手札を切った正巳だったが……それを受けた連合側の反応は、半ば想像通りのものだった。呆気にとられる――と言うよりはきっと、理解が追い付いていなかったのだろう。
中には、ハゴロモが「核保有国だったのか」と驚いたり、「仮にそうだとしても全ての国を標的には出来ないだろう。出まかせだ」等と言って、馬鹿にする者も居た。
その反応を見ながら、まぁそうなるだろうなと苦笑する。
何せ、そもそもハゴロモは核兵器は保有していないし、保有していないのだから当然それを使って全世界を標的にする事など出来ない。ある意味、指摘は最もであって"正しい"とも言えるのだ。
しかし、それは飽くまで何もない平時の話。現状にあっては話が変わって来る。
自国で核兵器を保有してはいないものの現時点では、全世界に存在する核兵器の内実に96%以上の制御を奪い、支配下に置いているのだ。
いつ決断するのかと見ていると、幾つかの国の指揮官に"報告"が入ったらしいと分かった。
ようやくここで"核の喪失"に気付いたのだ。
報告を受けた指揮官は、段々と顔色が悪くなり終いには、何処へともなく連絡を取り始めた。恐らく、核兵器を管理している部門にでも確認しているのだろう。
その様子を見ながら、ここで決着して欲しいと祈る正巳だったが、間に合わなかったようだ。
「こちら白髭、これより戦闘に入る!」
「同じくサクヤ」
「こちらジロウ同じくだ!」
混乱状態に入った連合軍司令官側を横にして、進軍していた軍前線がハゴロモの防衛ラインと衝突していた。聞こえて来る交戦の知らせに耳を傾けつつ、それでも連合指揮官側の対応を待つ。
本来では、この時点で核による本土攻撃を行うのが通達通りだろう。
しかしそれ即ち、大半の国の滅亡と罪のない市民の大量虐殺へと直結する。仮にそうなったとしてその先の未来には、ハゴロモの思い描くような世界は無い。
こちらを見上げたマムが「どうしましょうか」と言うのを聞いて答えた。
「核による攻撃はせず現状維持。頼んだ準備はあとどれぐらいで済む?」
それに頷いたマムが「三十分ほどで完了します」と答える。
マムに頼んでいるのは、普通ではありえない規模のあり得ない事だ。それも、通常であれば年単位で考え工作するような内容であって、もし実行するとしても限られた範囲地域での話だろう。
それをたった三十分そこらで出来てしまうのは"脅威的"と言うより、最早この科学の支配する世界では神がかった事だった。それでも――
「そうか、三十分かかるか」
三十分もあれば、大量の犠牲者が出るには十分すぎる。正巳の呟きに申し訳なさそうにするマムに、「お前は良くやってくれている」と言うと、少し考えて言った。
「それなら主要都市、"百万人都市"に限るとどうだ?」
マムが答える。
「そうですね、対象となる都市は371都市。それであればニ十分弱、十八分ほどで完了するかと思います。完全とは言えませんし、連合の中には百万人都市を持たない小国もありますが……」
それを聞いた正巳は、頷いて言った。
「それでやってくれ。残りの都市や地域に関しては、順に手を付けてくれれば構わない。重要なのは、それと分かる結果を出す事だからな」
そう、重要なのはこのまま進むと、どのような結果になるか目に見えて分かる状況をつくる事だ。すぐに頷いたマムだったが、同時に心配そうに言う。
「ですがそれですと、パパも交戦する事になります……」
マムからすれば、無意味なリスクを冒すように見えているのだろう。何処までも正巳中心に考えるマムに、「そのつもりだ」と答えると、続けて言った。
「何となくではあるが、俺が核を使わないと見透かされてるみたいだしな。少なくとも、十分な力を持っている事だけは示さないと、話にならないだろう」
核を使わないと言っても、まったく考えていないと言う訳ではない。少なくとも、現時点ではそのつもりはないと言うだけの話だ。状況が変わればまた、話は変わって来る。
正巳の言葉を聞いたマムが、不満げな顔をして口をすぼめる。
「ですが……」
「それとも何だ、俺達が負けるとでも思うのか?」
マムには悪いが、この時点で他に選択肢などないのだ。
「いえ、それはあり得ません!」
声を上げて否定するマムに頷くと、これでこの話は終わりだと頷いた。
釈然としない様子のマムだったが、今はそれに構っている場合ではない。目前へと迫る連合軍を確認すると、通信を開いて言った。
「現時点を以って"小さな軍隊"の制限を解除する。時間にしてニ十分。この時間が過ぎるまで、各自、防衛に必要な最大限の努力をしてくれ!」
既に戦闘に入っていた部隊からも応答があったものの、どうやらハク爺を始めとした一部の者たちは、浮遊戦車を降りて戦闘を始めているらしい。
通信の向こうで聞こえる銃声と、それに応ずるように吠える怒号に呟いた。
「血の気の多い奴らだな」
人生の大半を傭兵として生きて来たのだ。
もしかすると、これが本来の彼らなのかも知れない。既に引退を考えても良いはずの年齢にも拘らず、前線へと飛びこんで行く老人の姿に苦笑した。
きっと、その戦場の持つ独特な空気に影響されたのだろう。
「パパ、どうしますか?」
「降りるなの?」
「降りるんだなぁ?」
「にゃぁあ?」
見上げて来る面々に、息を吐くと頷いて言った。
「そうだな、"壁"が追い付くまでは俺達で押し止めるぞ」
壁と言うのは、先程解除した浮遊戦車の能力の一つにして最大の武器。小さな軍隊でつくる"兵器の壁"の事だった。
この小さな軍隊は、敵の持つ兵器の内近代兵器の殆どを奪取して、自陣側の戦力として操る事が出来る。この壁さえ追い付いてしまえば、簡単に破られる事は無いだろう。
「お供します!」
「ヤルなの!」
「なんだなぁ?」
「にゃー!」
声を上げる面々に頷くと言った。
「期限付きの戦闘だ。短い時間で恐怖の底に落としてやれ!」
――戦場へと続くハッチが開いた。




