354話 メトロノーム
どうやら、嫌な予感が的中したらしい。
こちらの映像は既に切断しているが、向こうの映像は音声と共にリアルタイムで確認できている。
その中で、べレコフ大将が『戦車部隊及び車両にて進軍中の全部隊は、それら車両を捨て歩合進軍を開始せよ!』と命令するのが確認できた。
きっと、こちらの戦力と連合側の総戦力を比較して、問題なく制圧できると考えたのだろう。
その様子を見ていたマムが聞いて来る。
「通信を切断しましょうか?」
それに首を振ると答えた。
「いや、それは止めておけ。この状態で指揮官と切り離されれば、現場部隊の小隊長クラスが指揮を執るだろう。そうなれば最早、押しとどめる手段は無くなってしまう」
「ではどうしましょう。戦車やミサイルのような高威力兵器は封じていますが、このままでは携行している銃火器によって大変な事態になり兼ねません。流石に原始武器は制御できませんので」
マムが言う原始武器と言うのは、電子制御の加わらない武器や兵器の事だ。
「そうだな……」
選択肢としては二つあるだろう。
一つ目の選択肢は、『攻めて来る敵との交戦』だ。
もしこの手段を選んだ場合、鍵となるのは現在制御を奪った敵の兵器となる。
浮遊戦車内にはモニターが複数存在するが、これらは制御を奪った機器をこちらで制御する為の制御盤にもなるのだ。結果的にではあるが、向こうが強い兵器を持って来ていればいるほど、こちらの戦力も相対的に増強される事になる。
そして、二つ目の選択肢だが、これは『人質を取っての脅迫』だ。
脅迫と言っては聞こえが悪いが、ある意味こちらの方が効果的だとも言える。
断っておくが、これは人質になりそうな数人を選んで脅す――とかではない。人質にするのは変わらないが、その規模が違う。対象となる人質とその規模は、連合側の国家そのもの。つまり、連合に参加している全ての国とその国民がこちら側の人質となるのだ。
一つ目はまだしも、二つ目の選択肢で首を傾げたかもしれない。
しかし、ここではっきりさせておくが、これは比喩でも冗談でもないのだ。言葉通り、敵である連合軍、全ての国と国民が丸々人質となる。もしこれを実行すれば、敵側にはなすすべも無いだろう。
なにせ、国が人質なのだ。
国の為に戦う兵士が、その国を人質にされてはその時点で詰みだ。
きっと敵からすれば、はらわたが煮えくり返る処の話ではないだろう。しかしだ。それでも、一つ目の選択肢を選んだ結果――奪った兵器で虐殺に近い行為――に比べれば、まだマシだろう。こちらを選べば間違いなく、戦争を終わらすまでに浴びて浴びて溺れるほど、血を流す事になる。
では、この二つ目の『人質を取る』を選ぶのだろうか。そうだ。その方が良い事は確かだ。何せ、相手を怒らせはすれど、身内を殺された時の呪怨にも近い憎しみは生まないのだから。
「どうするべきか……」
それでも正巳が悩むには、一つの理由があった。
それは、全てが終わった後、ハゴロモが受けるであろう"評価"に関する事だった。
ここで血を流さず終戦を迎えれば、今回の戦争は"脅し"によって終結した事になる。となれば、間違いなく"実力"よりも先行して、"印象"が世界に刻まれる事になるだろう。
それも、人質を取って脅した"卑怯な国"という印象が。
例え、その中身が高度なテクノロジーによるモノだとしても、そんな事は些細な事。先々の未来まで"卑怯な国"とレッテルが貼られ、戦争に勝っても結果として負けたのと同じになってしまう。
そんな事は看過できない。
「お悩みですか?」
覗き込んで来るマムに頷くも、その顔を見てふと思いついた。
「なあマム、この状況で分かりやすく力を示す方法はあるか?」
「どういう事でしょう?」
首を傾げるマムに、二つの選択肢と自分の考え、そして悩んでいる理由について話した。
「――と言う事で、俺は二つ目の手段を取りたいんだが……この場合、終戦後もこちらに『付け入る隙がある』とか『卑怯なだけの国』とかそう言った印象が強いと思うんだ」
それに頷いたマムが言う。
「なるほどですね、つまりパパは『舐められる可能性がある』と言いたいわけですか。それであれば、いっその事初めの選択肢――敵対の意思がある限り緩まぬ殲滅――をすれば良いのではないでしょうか?」
無垢な顔で言うが、きっとマムからしてみれば、電脳世界の"バグ"や"侵入者"を撃退するのと変わらない事なのだろう。そういう意味ではマムがいう事は確かに正しい。だが……
「それでは丸々悪魔か何かになってしまうな」
苦笑する正巳に、再び考える姿勢を取ったマムが言った。
「今回"脅し"に使用する予定の物は、例の兵器ですよね?」
「例のと言うか、まぁそうだな。人類が生み出した中で最厄な兵器だ」
「ふむ。それで、パパが悩んでいるのは『こちら側の実力が正確に伝わらない事』であって、それは敵側に何らかの"痛み"が伴わずに終わるから問題なのですよね?」
仕草が何処となく今井さんに重なって見えるが、自然と学習して身に付いたのだろう。若干今井さんと話しているような気分になりつつ答える。
「そうだな。痛みが伴わなければ、すぐに忘れる。人は過ちを繰り返すからな。そう言った面では、痛みを以って歴史に刻まれなければ、それが問題だとも言えるな」
忘れるのは人に許された特権でもある。しかし、時に決して忘れてはならない、忘れては困る事もあるのだ。そして、それは痛みを伴ったものでなければ、歴史からも忘れ去られてしまう。
マムの質問で、現状に於いてネックになっている事が分かった気がした。
「その為には、全世界の人間に知らしめる必要がありますが……この手段の場合、人質にするのが敵国の"全国民"であっても、それを知っているのは首脳陣のみですよね?」
「そうだな。となると、今回力を示すのは首脳陣のみでは足らない訳だな」
答えが出た。
「パパ、最初の戦闘が起こるまで十分を切りました」
見れば、歩兵と化した敵連合軍が迫る光景が確認できる。
その光景を見ながら頷いた正巳は言った。
「敵指令室、及び連合国の全首脳へと繋いでくれ」
「宜しいのですか?」
「ああ、これで行く。マムは現在掌握している全核兵器と、その制御システムの起動を始めてくれ。加えてこれは急いで進めて欲しいんだが……」
そこで伝えた言葉に「さすがパパです!」と頷いたマムは、全力で用意しますと頷いていた。幾らマムと言えど、伝えた事を完全に準備するまで流石に時間が掛かるだろう。
(となると、若干の時間稼ぎも必要になるか)
心の中でそう呟いた正巳は、次々に表示されて行くモニターと首脳陣を前に深呼吸をすると、最後に中心へと表示された連合軍司令官とその背後の者達へと言った。
「進軍を停止せよ。もしこの命令が聞き入れられなければ、お前達は疎かこの戦場へとやって来た愚かな兵士たちは帰るべき国を失う事になる。これは脅しではない――核による最後通告だ」




