352話 十二の部隊
モニターのアブドラに頷く。
「それじゃあ始めるぞ」
「ああ、よろしく頼む」
先程まで「本当に出撃しなくて良いのか」などとと言っていたが、どうやらやっと大人しく委ねる気になったらしい。
確かに普通"協力"と言ったら、戦線にも共同で出るのが普通かも知れない。だが、現在グルハ包する主要戦力は、その大半が都市外の小規模村落とその防衛に充てられている。
その上で協力すると言われても、それこそアブドラの近衛兵に付いて来て貰うとか、それくらいしかないだろう。それにそもそも、付いて来ようにもヘリコプターなど一般的な機体では邪魔になるし、こちらにも貸し出せるような機体は無いので元より不可能だ。
アブドラとの通信が切れた事を確認すると、振り返った。
「そろそろ着くだろう。降下準備をしてくれ」
それに応じた面々が、装備の最終チェックを始めた。
現在正巳達が乗っているのは、超高速で移動する移動専用機体"オロバス"。この後、目標地点に到着次第、順に降下し、各班ごと先に配備していた"浮遊戦車"に乗り込む事になる。
この浮遊戦車は、半永久的に稼働可能な動力についてもそうだが、何より『それぞれの機体に合わせ調整されたマムが搭載されている』という点で、新しい試みを持った機体だった。
調整されたマム――こう言うと、よく分からないと首を傾げるかも知れないが……要するに、マムを母体に生成されたまっさらなマムが、この機体には備わっていると言う事だ。
簡単に言うと、生まれたばかりのマムが搭載されている。
今はまだフラットな状態だが、搭乗する者とその行動、考え方を"自動学習"する事でよりスムーズな操舵が可能となる。それこそ、先読みしたマムにより、指示せず動かす事すら可能となるだろう。
マムは、搭載したマムの事をその機体から名を取って、それぞれ"ヴァラク・マム"と呼んでいるらしい。同じマムであって呼び分けているのは、その方が「都合が良いから」らしかった。
人間で言うような親子の関係とは少し違うだろうが、それに近いものがあるのかも知れない。
「初めの降下地点までカウント六十。降下位置へ移動してください」
それに応じて立ち上がるのはハク爺とその班員。
ハク爺の班は"一"であって、二人の班員も元傭兵のベテランだ。
「フハハハハー! 先に行ってるぞ!!」
そう大声で吠えると、開き始めた降下口が完全に開くのを待たずして飛び出した。それに慌てた班員の二人も続いて飛んで行く。きっと、久々の戦場にアドレナリンが止まらないのだろう。
その後も降下地点に入る毎に、四~五人で構成された班が一つまた一つと飛び出して行った。
二班の班長は"アキラ"で、三班の班長は"ジロウ"。
四班は"サクヤ"で、五班の班長は"ハクエン"だった。
六班は"コウ"、七班は"メイ"、八班は"イン"、九班は"ヨウ"で其々がサナと同じ時期に正巳が保護した子供達だった。今ではすっかり成長して凛々しくなっている。
残りの"十"~"十二"班は、十班が"サミュ"と言う名の元難民の女性。十一班が"ユミル"でなんとその班員には綾香の姿もあった。十二班は言うまでも無く正巳の班だ。
ちなみに、十班の班長であるサミュは、難民として保護した時点で両足欠損。片腕の動かない状態だった。それがハゴロモでの治療によって回復したのだが……
新しい手足を得る代わりに、義手義足を選択していた。何度か目にしたが、この"義手義足"は本人が「最高傑作」と言うだけあって、かなり尖った性能をしている。
それこそ、片腕には大口径の連射式機銃を仕込んでいたり、反対の腕には剣が仕込まれておりその指先からは、用途によって異なる銃弾が発射される――そんな様子だった。
協力したのは今井さんだが、きっとサミュの提案をそのまま実現させてしまったのだろう。サミュの班は、他の二人も義手だったり義足だったりしている。
「貴方に勝利を捧げます」
そう言ってヒラリと背を向けたサミュを「少し力抜け」と止めようとする。しかしそんな間もなく、まるで続きの一歩を踏み出すように落ちて行った。
……いや、正確には落ちた訳ではなく降下したのだが、余りにも自然な一歩だったので、まるで落とし穴に落ちたかのようだったのだ。
顔の端をヒク付かせた正巳だったが、それを見たマムが言った。
「ふふ、順調にファンが増えているみたいですね!」
それに冗談だろと苦笑すると、正巳達を除くと実質最後の班へと顔を向けた。
そこに居るのはユミルを先頭として構成された五人班。班長がユミルで、班員は綾香とまだあどけなさの残る少年"トト"、そして二人のマムだった。
少年トトは、褐色の肌を持つ身体能力に長けた子供だった。サナを始めとした面々の陰に隠れがちではあるが、そのセンスや判断能力には相当なものがある。
二人のマムと言うのは"マム・ベータ"と"マム・ガンマ"であって、一応それぞれが別人格のマムらしかった。ベータが主に近接戦闘、ガンマは遠距離戦闘特化に調整してある様だ。
それぞれの見た目がメイド姿で執事姿なのは、今井さんの趣味なのだろう。
「遂に私たちの番ですね」
「不安か?」
若干緊張気味な横顔に聞くと、両手で自分の頬を揉んだ綾香が言った。
「いいえ、これは武者震いです」
「そうか。俺は別に、無理する必要はないと思うが」
幾ら生まれが特殊だと言っても、流石に戦場に行くような状況はまずあり得ない。綾香に話があると言われた時には何かと思ったが、まさかこうなるとは想定外だった。
正巳の言葉に首を振った綾香が呟く。
「ここで生きるって決めたから。その為に努力だってたくさん……」
綾香のいう事は分かるし、その覚悟はここ数年目に見えて現れている。
それまで何処か一線を引いて、そこから先は踏み込まないようにしていたのだ。それが、その覚悟をした辺りからだろうか、明らかに一歩踏み込むように変わっていた。
その結果、綾香が夜一人で泣いていたり、必死にその傷に寄り添おうとしている事をユミルから相談を受けて知っている。だからこそ、今回はマムの護衛を付けることを条件に許可した。
綾香の後ろで、胸の上に手を置いて視線を向けて来るユミル。きっと、自分の命に代えても守るとでも言いたいのだろう。それに息を吐くと言った。
「そうだな分かった。その覚悟しっかりと見届けるぞ」
カウントが始まったのを確認し、降下口へと向かう二人を見送ると、トトに「何かあったらすぐ連絡を入れてくれ。すぐに駆け付けるからな」と言っておいた。
それに「はいっ!」と答えたトトは緊張して見えた。しかし、問題ないだろう。この少年はこう見えて、どれ程緊張しても冷静に判断の出来る判断力を持っている。
手を振って二人の後ろに付いたトトを見送ると、小さく呟いた。
「三人の護衛を頼むぞ。いざと言う時は、近くのドローンを動員しても良いからな」
それに礼を取った二人のマム――"ベータ"と"ガンマ"は、降下に入った三人の後に続いて消えた。この二人は、中身はどうであれ外見は完全に人間だ。戦場で見られても問題ない。
「さて、最後は俺達だな」
そう言って視線をやると、丸まったまま動かないボス吉とそれを抱えて頷くサナがいる。その横では、マムがゴンに"降下手順"の確認をしているが……まあ、問題ないだろう。
カウントの始まったのを確認した正巳は、仮面を手に取ると言った。
「さて、世界に分からせてやるぞ」




